第32話 最強のリレーダンス。……私のパートナーは、この国の「全て」です
会場に、ワルツの調べが流れ始めた。
ファーストダンスの時間だ。
通常なら、特定のパートナーと手を取り合ってフロアへ向かう場面。
だが、私の目の前には、3人の王子が並んで手を差し出していた。
「さあ、レイラ。私の手を取れ。ファーストダンスは王太子である私の特権だ」
「いや、俺だろ。今日の警備責任者として、一番近くで守らなきゃならん」
「順序から言えば僕ですよ。まだ一度もダンスの相手をしてもらっていませんから」
3方向からの同時アプローチ。
周囲の令嬢たちが羨望のため息を漏らし、貴族たちが固唾を飲んで見守っている。
誰を選んでも角が立つ。
私が困り果てていると、背後から義兄様の手がスッと伸びてきた。
「……お待たせいたしました、お嬢様」
彼は執事のように恭しく礼をすると、私の手を取った。
「えっ、義兄様?」
「安心しろ。踊るのは俺じゃない」
義兄様は私の耳元でそう囁くと、私をエスコートし、フロアの中央――3人の王子の前まで連れて行った。
そして、イグニス殿下の前で足を止める。
「王太子殿下。……お嬢様のエスコート、引き継いでいただけますか?」
「……ああ。任せろ」
イグニス殿下は満足げに笑い、私の手を受け取った。
義兄様は一歩下がり、壁際へと退く。
その顔は「あとは若い者同士で」と言わんばかりの、保護者の表情だ。
「行くぞ、レイラ」
イグニス殿下の腕が、私の腰に回る。
音楽が高まり、私たちはステップを踏み出した。
彼のリードは完璧だった。
力強く、それでいて優雅。
王太子としての気品と自信に満ち溢れており、私はただ身を任せているだけで、まるで自分が舞踏の名手になったかのような錯覚に陥る。
心地いい。踊ることが、踊らされることが、こんなにもいいものだったなんて。
「……美しいぞ、レイラ」
耳元で、彼が囁いた。
「この会場の誰よりも。……やはり、お前を誰にも渡したくない」
その独占欲に、胸が高鳴る。
しかし、曲が第一楽章を終える頃、スッとパートナーが入れ替わった。
「交代ですよ」
割り込んできたのは、ウィル殿下だ。
てっきり次はテオ殿下だとばかり思っていたけど。
決まった順番じゃなく、こういうのも新鮮でいい。
彼は軽やかに私の手を取り、クルリとターンさせた。
「ここからは僕の時間です。……楽しみましょうね、レイラさん」
ウィル殿下のダンスは、変幻自在だった。
妖精のように軽やかで、予測不能なステップ。
目が回るような回転の連続に、私は息を弾ませる。
「ふふっ、顔が赤いですよ? ……もっと近づいてもいいですか?」
彼は悪戯っぽく笑い、必要以上に密着してくる。
甘い花の香りと、少年特有の体温。
翻弄されているうちに、また曲調が変わった。
「次は俺だな」
テオ殿下の力強い腕に引かれ、私は宙に浮いたかのように錯覚するほど、高いリフトを決められた。
「捕まえたぞ。お姫様」
彼のダンスは、ダイナミックで情熱的だ。
長身を生かした大きなステップは、フロア中の視線を独占する。
私の足がもつれないよう、しっかりと支えてくれる腕。
その安心感に、私は自然と笑顔になった。
「楽しそうだな、レイラ」
「はい! とっても!」
目が回るような「リレーダンス」。
けれど、不思議と疲れはなかった。
イグニス殿下の気品、ウィル殿下の遊び心、テオ殿下の包容力。
それぞれの愛の形が、ダンスを通じて伝わってくる。
曲のクライマックス。
最後にもう一度、イグニス殿下が私の手を取った。
3人が私を囲み、最後のポーズを決める。
ジャーン、と音楽が鳴り止んだ瞬間。
ワァァァッ……!!
会場中から、割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。
「素晴らしい!」
「なんて息の合ったダンスだ!」
「あれが、王家を支える『総括補佐官』の姿か……」
称賛の嵐。
誰か一人のものではなく、3人全員に愛され、支えられている。
その事実を、これ以上ない形で証明してしまったようだ。
「……ふぅ」
私は息を整え、3人を見渡した。
彼らもまた、満足そうに汗を拭い、私を見て微笑んでいる。
壁際では、義兄様が微笑みながら小さく拍手を送ってくれていた。
こうして、社交シーズンの幕開けとなる夜会は、私たちの「最強の関係性」を見せつける形で、大成功のうちに幕を閉じた。
……翌日の新聞で、『麗しの補佐官、王国のトップ3を侍らせる』というゴシップ記事が一面を飾ることになるのは、また別の話である。




