第31話 夜会本番。嫉妬に狂った令嬢たちが私に「ワイン」をかけようとしていますが、なぜか全員自爆しています
社交シーズンの幕開けを告げる夜会当日。
会場となる大広間は、着飾った貴族たちで埋め尽くされていた。
私はセドリック義兄様が用意してくれた、淡いブルーグレーのドレスを身に纏い、会場の隅でグラスを傾けていた。
露出は控えめだが、上品なレースと真珠があしらわれたデザインは、私の好みドンピシャだ。
さすが我が兄、分かっていらっしゃる。
「……ふぅ。平和ね」
私は小さく息を吐いた。
3人の王子は、それぞれ国王陛下や他国の要人の相手で忙しく、私の周りにはいない。
「王室総括補佐官」という異例の立場、そして3人の王子に囲われているという噂のせいで、私は貴族令嬢たちからの嫉妬の的のはず。
本来なら、陰湿な嫌がらせの一つや二つ、飛んできてもおかしくないのだが。
「……おかしいわね。誰も寄ってこない」
私の周囲には、なぜか見えない結界があるかのように、誰も近づいてこないのだ。
……何で?
◇◆◇
その頃、会場の影では。
一人の令嬢が、なみなみと注がれた赤ワインのグラスを手に、レイラの背後へと忍び寄っていた。
(ふん、生意気な女! そのドレス、ワインで染めてやるわ!)
彼女はタイミングを見計らい、わざとつまずくフリをして、レイラにぶつかろうとした。
その瞬間。
ヒュッ。
どこからともなく飛んできた小さな氷の礫が、彼女の足元に着弾した。
「きゃっ!?」
令嬢は体勢を崩し、盛大にその場で転倒した。
バシャッ!
手にした赤ワインは放物線を描き、あろうことか彼女自身の純白のドレスに降り注いだ。
「いやぁぁぁ! 私のドレスがぁぁ!」
彼女の悲鳴が響く中、遠くの柱の陰で、ウィルが指先をひらひらと振って微笑んでいた。
「ふふふっ。彼女を汚そうなんて生意気な人ですね。彼女を汚してもいいのは僕だけなのに。ふふっ」
◇◆◇
一方、別の場所では。
数人の令嬢グループが、ヒソヒソと悪巧みをしていた。
「あの女が一人になったら囲んで、ヒールで足を踏んでやりましょう」
「ええ、ついでに『身の程知らず』と罵って髪を引っ張ってやるわ」
彼女たちが意気込んでレイラに近づこうとした、その時。
彼女たちの前に、巨大な影が立ちはだかった。
テオだ。
彼はワイングラスを片手に、わざとらしく彼女たちの進路を塞いだ。
「……ん? なんだお前ら。俺の行く手を遮るのか?」
見下ろされる威圧感。
戦場の猛獣のような眼光に射抜かれ、令嬢たちは凍りついた。
「い、いえ! 滅相もございません! テオドール殿下!」
「なら消えろ。……目障りだ」
彼は低い声で言い放った。
令嬢たちは「ひぃぃ!」と悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
テオは満足げに鼻を鳴らし、遠くにいるレイラに手を振った。
◇◆◇
さらに、会場のバルコニーでは。
ある伯爵家の令息たちが、レイラを誘惑しようと企んでいた。
「おい、あの子が噂の補佐官か。……ちょっと強引に誘えば落ちるんじゃないか?」
「ああ。今がチャンスだ。既成事実を作ってしまえば……」
彼らが下卑た笑みを浮かべて一歩踏み出した瞬間。
コツ、コツ、コツ。
冷ややかな足音と共に、イグニスが冷たい表情で男たちを見下ろした。
「……貴様ら」
背筋が凍るような声。
「なっ……!? お、おおおっ、王太子……!?」
「失せろ」
たった一言で、男たちの顔色が土色に変わる。
「し、失礼しましたぁぁぁ!」
彼らは脱兎のごとく逃げ出した。
「……やれやれ。害虫駆除も楽ではないな」
彼は遠くで暢気に料理を食べているレイラを見て、呆れたように、しかし愛おしそうに目を細めた。
◇◆◇
「……ん? なんだか会場が騒がしいような」
私は皿に取ったローストビーフを頬張りながら、首を傾げた。
遠くで誰かが転んだり、悲鳴を上げて走っていったりしているようだが、私の周りだけは凪のように静かだ。
「まあ、いいか。……このローストビーフ、美味しい」
私は平和な夜会を満喫していた。
まさか、私の見えないところで、最強の布陣による「鉄壁の防衛戦」が繰り広げられているとは露知らず。
そして、会場に音楽が流れ始める。
ダンスの時間だ。
私の元へ、3人の王子と1人の義兄が、申し合わせたように同時に近づいてくるのが見えた。
どうやら、私の「休憩時間」は終わりのようだ。
「さて……本番ですか」




