第28話 心配性の義兄様が来訪。……「妹に悪い虫がつかないよう監視に来た」って、王太子殿下たちを虫扱いできるのは貴方だけです
夕刻の王太子執務室。
私が作成した「スケジュール表」のおかげで、日中の奪い合いは沈静化していたが、代わりに「全員集合」となるこの時間が、一番騒がしくなっていた。
「レイラ、疲れただろう。私の肩を貸してやろうか?」
「いや、俺がマッサージをしてやる。……ほら、力を抜け」
「ずるいですよ。僕が特製ハーブティーを淹れたのに」
3人が私のデスク周りに集結し、過剰なケア合戦を繰り広げている。
ありがたいけれど、少し暑苦しい。
コンコン。
その時、礼儀正しいノックの音が響いた。
「……誰だ?」
イグニス殿下が不機嫌そうに顔を上げる。
「失礼いたします」
扉が開き、入ってきたのは一人の青年だった。
ダークブラウンの髪をきっちりと撫で付け、銀縁の眼鏡をかけた知的な美青年。
仕立ての良いフロックコートを着こなし、その手には革の鞄を持っている。
私はその姿を見て、思わず椅子から立ち上がった。
「セドリック……義兄様……!?」
「……久しぶりだね、レイラ」
彼は、セドリック・ウェリントン。
義母の連れ子であり、私の義理の兄だ。
義兄様は私を見ると、眼鏡の奥の瞳を和らげて微笑んだ。
「元気そうでよかった。……少し、痩せたんじゃないか?」
「そ、そうですか? 王宮のご飯は美味しいので、むしろ太ったかと……」
「いや、やつれている。……やはり、こんな伏魔殿に置いておくべきではなかったか」
彼は心配そうに私の頬に手を伸ばそうとし――。
ガシッ。
その手を、テオ殿下が空中で掴んだ。
「……おい。誰だ、貴様」
テオ殿下の目が据わっている。
イグニス殿下とウィル殿下も、瞬時に警戒態勢に入り、私を背後に隠すように陣取った。
「レイラに気安く触れるな。……部外者は即刻立ち去れ」
イグニス殿下が冷徹に告げる。
しかし、セドリック義兄様は怯むことなく、懐から一通の書状を取り出した。
「お初にお目にかかります、殿下。……本日付で『王宮外部特別顧問』として着任いたしました、セドリック・ウェリントンです」
「ウェリントン……? レイラの兄か?」
「はい。義理ではありますが」
セドリック義兄様は、恭しく、しかし毅然と一礼した。
「妹が『王室総括補佐官』という激務に就いたと聞き、居ても立ってもいられず駆けつけました。……今後は、彼女の業務環境の監査と、身辺の安全管理を担当させていただきます」
「監査だと?」
「ええ。……妹を見るに、相当ギリギリの働かせ方をしているようですし」
彼はチラリと、私のデスクに積まれた書類の山を見た。
「それに、何より……悪い虫がつかないよう、兄として目を光らせておく必要がありますので」
彼は眼鏡をクイと押し上げ、3人の王子を真っ直ぐに見据えた。
その瞳は笑っていなかった。
明確な敵意――いや、「保護者としての警戒心」がむき出しになっている。
「……悪い虫とは、誰のことだ?」
イグニス殿下が低い声で問う。
「さあ? ……心当たりのある方がいらっしゃるのでは?」
バチバチと火花が散る。
国のトップ3と、私の義兄。
一触即発の空気に、私は慌てて割って入った。
「待ってください! お父様は反対されていたはずじゃ……」
父は、セドリック義兄様を次期当主として領地に縛り付けておきたがっていた。
義兄様の有能さから、これまで何度も声が掛かっていたが、彼が王宮勤めをすることは父から許されていなかったはずだ。
「ああ。……父上を説得するのに、少々骨が折れたよ」
彼は涼しい顔で言った。
「『レイラが心配で夜も眠れない。許可しないなら家督を放棄して出奔する』と伝えたら、渋々認めてくれた」
「ええ……」
脅迫じゃないですか、それ。
「それに、王宮への顧問就任の手続きも煩雑でね。……実力でねじ伏せるのに時間がかかってしまった。すまない、遅くなって」
彼は本当に申し訳なさそうに、私の頭を撫でた。
相変わらずだ。
この人は、昔から私のことになると過保護すぎる。
血は繋がっていないけれど、誰よりも私を大切にしてくれる、自慢の兄だ。
「……なるほどな。レイラを溺愛してるわけか」
テオ殿下が、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「まあいい。レイラの身内なら邪険にはできん。……だが、邪魔はするなよ?」
「それはこちらの台詞です」
セドリック義兄様は、眼鏡の位置を人差し指で直した。
「妹は、真面目で責任感が強い。……それをいいことに、無理な要求を押し付けたり、公私混同したりすることは、断じて許しません。王子と言えどね」
「……随分と偉そうな口を利くな」
ウィル殿下が、目を細めて笑った。
「でも、面白いですね。……僕たちの『管理下』にある彼女を、外から守ろうとするなんて」
「守りますよ。……私は、彼女の兄ですから」
【補足情報】
セドリックはイグニスと同い年の24歳です。




