第27話 新役職「共有財産」の弊害。……分刻みのスケジュールで奪い合われるのは、さすがに過労死案件です
私が「王室総括補佐官」という名の「共有財産」になってから、一週間が過ぎた。
私は、自分が提案した「全員を支える」という言葉の意味を、身をもって知ることになった。
「おはよう、レイラ。時間だ」
朝7時。
私の寝室に、爽やかな笑顔のイグニス殿下が現れた。
「……おはようございます、殿下。まだ朝食前ですが?」
「朝の時間は脳が最も活性化する。重要な決裁はこの時間に行うのが効率的だ」
彼は有無を言わさず私をダイニングへ連行し、トーストを齧りながら外交文書のレビューを開始した。
コーヒーを飲む暇もない。
私の口元についたパン屑を、彼が自然な動作で拭ってくれたことだけが、唯一の甘いひとときだった。
――10時。
「交代だ、兄上!」
執務室のドアが開き、テオ殿下が乱入してきた。
「レイラ、行くぞ! 騎士団の演習視察だ!」
「ま、まだこの書類が……!」
「そんなもの後回しだ。お前には太陽光が必要だろ?」
私は連れ去られ、演習場でお姫様抱っこをされながら、兵士たちの配置転換について指示を出した。
揺れる視界の中、テオ殿下の逞しい腕に掴まりながらの業務は、ある意味でスリル満点だった。
――14時。
「はい、時間ですよ〜」
昼食後の眠気に襲われていた私を、ウィル殿下が回収しにきた。
「午後は僕の時間です。……新しい魔道具の実験台、いえ、被験者になってくださいね」
研究室のソファに座らされ、怪しげな光を放つ宝石を握らされる。
「レイラさんの魔力波形、綺麗ですねぇ……。もっと近くで計測させてください」
彼はずっと私の手を握り、首筋に顔を寄せてクンクンと匂いを嗅いでいる。
実験というより、ただのスキンシップタイムだ。
そして――18時。
夕食の時間になると、3人が一堂に会する。
「今日のメインディッシュは俺が切り分けてやる。ほら、あーん」
「おい! テオ! 子供じゃないんだぞ! レイラ、ワインのお代わりはどうだ? 私のグラスから飲むか?」
「食後のデザートは僕の膝の上でどうですか? 嫌なら、僕が膝の上に乗ります」
右から肉、左から酒、正面から甘味。
3方向からの過剰な接待攻撃に、私は休まる暇もない。
夜、自室のベッドに倒れ込んだ時には、泥のように眠るしかなかった。
「……死ぬ」
3日目にして、私は悟った。
これは「共有」ではない。「酷使」だ。
彼らは「自分だけの時間」を確保しようと必死になるあまり、私の休憩時間を完全に無視している。
このままでは、過労で倒れるか、愛されすぎて溶けるかの二択だ。
翌朝。
私は執務室に3人を呼び出し、一枚の大きな紙を貼り出した。
「……なんだ、これは?」
イグニス殿下が怪訝な顔をする。
「『レイラ・ウェリントン使用計画表』です」
私は指示棒で紙を叩いた。
「皆様、私の体力には限界があります。このまま無秩序に奪い合われると、私が壊れます。よって、これからはこの時間割に従っていただきます!」
そこには、1時間単位で細かく区切られたスケジュールが記されていた。
09:00〜11:00 イグニス殿下(執務)
11:00〜12:00 休憩(※接触禁止)
12:00〜14:00 テオ殿下(視察・昼食)
14:00〜15:00 休憩(※接触禁止)
15:00〜17:00 ウィル殿下(研究)
「休憩時間への立ち入り、および時間外の拘束は、ペナルティとして『翌日の持ち時間没収』とします」
「なっ……!?」
3人が絶望の声を上げた。
「休憩中の接触禁止だと? いくらなんでもそれは……!」
「1日たった2時間? 足りません、夜の時間も組み込んでください!」
「却下です。……文句があるなら、全員まとめて契約破棄しますよ?」
私が睨むと、3人はシュンと小さくなった。
「……分かった。守ろう」
イグニス殿下が、渋々頷いた。
「だが、レイラ。……このスケジュールだと、我々3人が揃って『お前を愛でる時間』がないな」
「へ?」
「夕食後はフリータイムだろう? ……なら、その時間は『全員』で過ごすことにしよう」
彼らは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
嫌な予感がする。
「決定だ。夜は4人で『反省会』という名のお茶会をするぞ」
「いいですね! 僕、新しいボードゲーム作ったんです!」
「負けた奴がマッサージ係だな!」
結局、私の労働時間は短縮されたものの、「密度」は変わらなかった。
昼間は個別にプロフェッショナルな顔を見せ、夜は3人まとめて甘えてくる猛獣たち。
結局、なんだかんだと理由をつけて、私と一緒にいる時間を一分でも長く引き延ばそうとする。
この逃げ場のない「幸せな過労」の日々は、当分続きそうだった。
◇◆◇
そんなある日の夕暮れ。
王宮の正門に、一台の豪奢な馬車が到着した。
扉に刻まれているのは、獅子と剣をあしらった格式高い紋章――ウェリントン公爵家のものだ。
降り立ったのは、一人の青年だった。
ダークブラウンの髪に、凍てつくような青い瞳。
神経質そうな美貌を持つ彼は、公爵家の紋章が入ったコートを翻し、威圧的な巨大な王宮を見上げた。
「…………」
彼は無言のまま、懐から一通の書状を取り出した。
『外部特別顧問 就任要請書』。
彼はそれを守衛に示し、迷うことなく門をくぐる。
その瞳には、隠しきれない強い決意が宿っていた。
「……レイラ。お兄ちゃんが来たぞ」




