第25話 「貴女は彼らに相応しくない」と断言したら、天才策士が彼女を「ゴミを見る目」で見下ろしていました
「で、出て行ってくださいですって……!?」
マリー王女は、金魚のように口をパクパクさせた後、ヒステリックに叫んだ。
「無礼者! たかが一介の補佐官が、一国の王女に向かってなんて口を!」
彼女は顔を真っ赤にして、イグニス殿下に泣きついた。
「イグニス様ぁ! 聞いてくださいまし! この女、私が善意でしたことを『迷惑』だなんて! こんな生意気な使用人、今すぐクビにしてください!」
イグニス殿下は、冷ややかな視線を彼女に向けた。
「……レイラの言う通りだ」
「……え?」
「私の執務室の管理権限は、全て彼女にある。……彼女が『出て行け』と言うなら、お前はここに来るべきではない」
「そ、そんな……! 私は貴方様のために、お部屋を可愛く……」
「必要ない」
イグニス殿下は一刀両断した。
「私が求めているのは、可愛らしい部屋でも、クッキーでもない。……正確な情報管理と、私の思考を阻害しない環境だ。お前がやったことは、ただの破壊工作だ」
マリー王女が呆然とする中、私は静かに告げた。
「ご理解いただけましたか? 王女殿下」
「う、うるさいっ! 貴女なんて、ただ書類を整理しているだけじゃない!」
彼女は逆上し、私を睨みつけた。
「私は王族よ! 彼らのパートナーになるということは、隣に立って微笑み、彼らを癒やすことよ! 貴女みたいな地味で可愛げのない女に、彼らの何が分かるっていうの!」
「微笑むだけで務まるなら、人形でも置いておけばよろしいのでは? あ、それとも貴女がそのお人形さんという事でしたか?」
「なっ……!!?」
私は淡々と返した。
「彼らのパートナーに必要なのは、『癒やし』ではありません。『覚悟』と『能力』です」
私は、部屋にいる3人の王子を見渡した。
「イグニス殿下は、常に国の未来を背負い、膨大な決断を迫られています。その隣に立つなら、同じ視座で議論し、時に諫める知性が必要です」
「テオ殿下は、数千の命を預かる戦場の指揮官です。その隣に立つなら、彼が安心して背中を預けられるだけの、揺るがない胆力が必要です」
そして、私は窓辺にいるウィル殿下を見た。
彼は無表情で、事の成り行きを見守っている。
「ウィル殿下は、誰も理解できない未知の領域を探求する天才です。その隣に立つなら……彼の研究を理解し、その危険性を管理できるだけの知識が必要です」
私はマリー王女に向き直った。
「貴女に、それができますか? ……可愛いだけの『お姫様』に、この猛獣たちの手綱が握れるのですか?」
「っ……!」
彼女は言葉に詰まり、そして悔し紛れに叫んだ。
「な、なによ! 偉そうに! どうせ貴女も、彼らの地位や顔が目当てなんでしょ!?」
彼女はウィル殿下の元へ駆け寄った。
「ウィル様! こんな生意気な女、やめておきましょう? 私の国にはもっと優秀な魔術師がいますわ。魔術にご興味がおありなのでしょう!? 私が紹介して……」
彼女が、ウィル殿下の腕に触れようとした、その時。
「──うるさいな」
部屋の温度が、一瞬で氷点下まで下がった気がした。
ウィル殿下の声がいつものような甘い声ではない。
地獄の底から響くような、低く、冷たい拒絶の声。
「ひっ……?」
マリー王女が動きを止める。
ウィル殿下は、彼女を見下ろしていた。
その碧眼には、光がない。
怒りすら通り越した、ただの『汚物』を見るような、無機質で冷徹な瞳。
「僕に触れていいのも、僕の時間を奪っていいのも……この世でレイラさんだけです」
「ウ、ウィル様……?」
「貴女ごときが、キャンキャン喚いて僕らの時間を無駄に消費しないでくれませんか?」
彼は静かに、しかし吐き捨てるように言った。
「彼女の足元にも及ばない無能が、同じ空気を吸っているだけで不愉快です。……貴女からは、何の良い匂いもしない。臭いんですよ。貴女」
その言葉は、刃物のように鋭く、マリー王女の心を抉ったようだった。
「ぁ……あぁ……」
彼女は恐怖に顔を歪め、ガタガタと震え出した。
天使だと思っていた少年が、一瞬で悪魔に変わったのだ。無理もない。
「ひ、ひぃぃぃっ!!」
マリー王女は悲鳴を上げ、転がるようにして執務室から逃げ出していった。
嵐が去り、静寂が戻る。
ウィル殿下はフゥと息を吐くと、一瞬でいつもの「天使の笑顔」に戻り、私に駆け寄ってきた。
「……レイラさん、大丈夫でしたか? 不快な思いをさせてすみません」
彼は私の手を握り、匂いを嗅ぐ。
そして、心配そうに潤んだ瞳で覗き込んでくる。
さっきの冷酷さが嘘のようだ。
「い、いえ……。私こそ、出過ぎた真似を……」
「いや、最高だった」
イグニス殿下が、満足げに頷きながら近づいてきた。
「『彼らの手綱を握れるのは私だけ』……か。よく言った」
「そうだな! 聞いていて惚れ直したぞ。やはり、俺の背中を任せられるのはお前しかいない」
テオ殿下も、ニカっと笑って私の頭を撫でる。
3人とも、私が怒ったことに対して、怒るどころか歓喜している。
「……あ」
私は遅れて、自分が口走った言葉の意味を理解した。
『手綱を握れるのは私だけ』。
それはつまり、彼らのパートナーになることを、公言してしまったも同然ではないか。
カッと顔が熱くなる。
「ち、違います! あれは、その場の勢いで……!」
「言質は取りましたよ」
ウィル殿下が、懐から録音機を取り出して再生ボタンを押した。
『この猛獣たちの手綱が握れるのですか?』
私の怒声が、クリアな音質で再生される。
「……っ! いつの間に!」
「これ、家宝にしますね。……ふふっ、レイラさんが僕たちを『猛獣』だと思っていることも分かって、むしろ……ゾクゾクしました」
ウィル殿下は、録音機に頬擦りしている。
……ダメだ。
この人たちには、何を言っても勝てない。
私は顔を覆ってしゃがみ込んだ。
けれど、指の隙間から見える彼らの表情は、かつてないほど幸せそうで、そして優しかった。
選定の期限まで、あとわずか。




