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第23話 天才少年策士からの求愛(狂愛)。……「僕を選べば、兄たちからも合法的に逃げられますよ?」という甘い罠

 

 イグニス殿下とテオ殿下からの、怒涛のようなプロポーズを受けた翌日。


 私の前に現れたのは、第四王子、ウィル殿下。


「レイラさん。僕とも出かけましょうか」


 彼はいつも通りの天使の笑顔で、しかし逃げ場のないタイミングで私を捕まえた。


 連れてこられたのは、王宮の離れにある彼の私室兼、研究室だった。


 そこは、他の二人の場所とは全く違う空気が流れていた。


 壁一面の本棚。乱雑に積まれた魔道具のパーツ。そして、実験器具のガラスが触れ合う微かな音。


 静かで、知的で、そしてどこか閉鎖的な空間。


「座ってください。……紅茶を淹れますね」


 ウィル殿下は慣れた手つきでティーセットを用意した。


 華奢な背中。


 兄たちのような威圧感はない。


 だが、その背中には、彼らとは違う種類の「得体の知れなさ」が漂っている。


「……レイラさん。兄上たちの話、聞きましたよ」


 彼は私の向かいに座ると、静かに切り出した。


「イグニス兄上は『王妃として共に働こう』。テオ兄上は『妻として俺が守る』。……どちらも魅力的な提案ですね」


「ええ、まあ。……身に余る光栄です」


「でも、貴女の本心は違う」


「えっ?」


 彼はカップを置き、私の目を真っ直ぐに見つめた。


 その碧眼は、私の心を透視するように深く澄んでいる。


「貴女は、働きたいわけでも、守られたいわけでもない。……ただ『静かに暮らしたい』だけでしょう?」


 ドキリとした。


 図星だ。


 イグニス殿下の提案は魅力的だが、王太子妃の激務は避けられない。


 テオ殿下の提案は安心できるが、騎士団の騒がしさからは逃げられない。


 私の望む「スローライフ」とは、どちらも少しズレているのだ。


「そこで、僕からの提案です」


 ウィル殿下は、一枚の羊皮紙をテーブルに滑らせた。


 それは、法的な効力を持つ「契約書」だった。


「僕と、形式上の婚約を結びませんか?」


「……形式上、ですか?」


「はい。僕は第四王子。王位継承権は低いですし、騎士団のような武力も持ちません。……僕の妻になっても、王妃教育も、軍の慰問も必要ありません」


 彼は悪魔のように微笑んだ。


「僕を選べば、貴女は『王族の婚約者』という絶対的な地位を手に入れつつ、面倒な公務からは解放されます」


 抜け道。


 それは、私が喉から手が出るほど欲しかった「第三の選択肢」だった。


「僕の研究室は静かです。……貴女はここで、好きな本を読み、好きな時間に起きればいい。貴女は完全に自由です」


「……本当に、それだけでいいのですか?」


「ええ。僕が望むのは、貴女という『愛しい人』が側にいてくれることだけですから」


 彼は立ち上がり、私の隣に跪いた。


 そして、私の手を取り、そっと頬を寄せた。


 ひんやりとした肌の感触。


 甘い花の香り。


「僕は、貴女の邪魔をしません。……貴女の声を聞き、知性に触れ、たまにこうして触れて、好きなだけ貴女の全身の匂いを嗅がせていただければ、それで満足なんです」


 少し気になる部分はあるけど、控えめで、献身的な言葉。


 そして彼の、まるで、雨宿りをする子猫のような、無害で愛らしい瞳。


 これなら。


 この子となら、私の望む「静かな生活」が手に入るかもしれない。


 そう思った、瞬間。


 カチリ。


 微かな音が聞こえた。


 ウィル殿下のポケットからだ。


「……殿下? 今、何の音が?」


「ん? ああ、これですか」


 彼は悪びれもせず、ポケットから小型の魔道具を取り出した。


 録音機だ。


「今の会話、録音させていただきました。……貴女の心が揺らいだ瞬間の『吐息』、最高に色っぽかったので」


「は……?」


 私は固まった。


「ああ、安心してください。……この契約が成立したら、貴女の寝室にもこれを設置させていただきますから」


 ウィル殿下の瞳が、とろりと濁った。


 訂正。


 ここにあるのは、無害な子猫の目ではない。


 獲物を網にかけた蜘蛛の、粘着質で、逃げ場のない執着の目だ。


「僕の研究室は完全防音です。……貴女がどんな声を出しても、誰にも聞こえませんよ?」


 意味深な言葉。


 彼は私の手を握る力を強めた。


「イグニス兄上のように国を背負わせたりもしない。テオ兄上のように外へ連れ回したりもしない。……僕は、貴女をこの部屋に閉じ込めて、一生、僕だけのものとして愛でたいんです。貴女に触れて、心ゆくまで、貴女の()()を補充したいんです。いやらしい事はしません。僕はまだ、14ですから。でも、全身で触れ合って、貴女の匂いを余すところなく僕の全身に記憶したいんです」


 彼は息継ぎもせず、そう言い切った。


 背筋が凍った。


 この提案は、救済ではない。


「自由」という餌で釣って、私を誰の目にも触れない場所に幽閉するための、甘い罠だ。


 3人の中で、やはり、この子が一番危険だ。レベルが違う。


 本能がそう警鐘を鳴らしていた。


「か、考えさせてください!」


 私は反射的に手を振りほどいた。


「ですが……私は、籠の中の鳥になるつもりはありません!」


「ふふっ。……今は、そう思うだけですよ」


 ウィル殿下は楽しそうに笑った。


「僕のすべてを知ってしまえば、全身で触れ合ってしまえば……貴女はもう、僕以外の事は考えられなくなってしまいますよ。……忘れないでくださいね。……兄上たちの重圧に耐えられなくなった時、僕という『逃げ道』があることを」


 彼は私の髪を一房すくい、匂いを嗅いでから口付けた。


「いつでも待っていますよ。……()の可愛いレイラさん」


「し、失礼しますっ!」


 私は逃げるように部屋を出た。


 背後で、彼がクスクスと笑う声が聞こえる。


 心臓が早鐘を打っている。


 イグニス殿下の王道。


 テオ殿下の覇道。


 そして、ウィル殿下の邪道。


 三者三様の求愛が出揃った。


 期限まで、あと三週間。


 私が選ぶべき「未来」は、一体どこにあるのだろうか。


 迷宮に入り込んだような気持ちで、私は王宮の廊下を歩き続けた。




 ◇◆◇




 レイラが去った後、薄暗い私室で、ウィルはベッドに寝転びながら先程録音したレイラの吐息を繰り返し再生し、恍惚な表情を浮かべていた。


「はぁ……彼女は本当に……。どうしてこんなに僕を狂わせるのだろう……。彼女の全てが愛おしい……。声も……。顔も……。冷たいところも……。優しいところも……。匂いも……。全てが……。ああ……早く、成人したい。そうすれば……彼女をもっと()()()()()()()()のに……」


 ウィルの視線の先には、額縁に入ったハンカチが飾られていた。

 

【補足情報】

この世界の成人は18歳で、一般的には男性も女性も18から結婚が可能です。

しかし、王族に関しては14歳から結婚することが可能になっています。

ですので、ウィルは今すぐにでも結婚できる年齢です。


ウィルが早く成人したいと言った理由は、結婚とは無関係ですが、彼なりの美学によるものか、はたまた……。


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