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第22話 騎士団長からの求愛(プレゼン)。……「俺の背中に隠れていれば、世界中の敵から守ってやる」という物理的かつ絶対的な安心感

 

 イグニス殿下の情熱的なプロポーズから一夜が明けた。


 今日は、テオ殿下の番だ。


「よっ。レイラ。顔色が悪いぞ。……昨日は兄上に詰められて眠れなかったか?」


 夕刻。執務室に現れたテオ殿下は、ラフな革のジャケットを羽織り、大人の色気を漂わせていた。


 彼は私のデスクに近づくと、無造作に私の手を取り、立ち上がらせた。


「行くぞ。今日はここじゃ話にならん」


「……どちらへ?」


「俺のテリトリーだ。……安心しろ、馬は用意してある。歩かせるつもりはない」


 彼はニカっと笑うと、私をエスコートして部屋を出た。



 ◇◆◇



 連れてこられたのは、王都の郊外、小高い丘の上にある砦だった。


 そこは第二騎士団の本部とは別の、彼が個人的に管理している離宮のような場所だった。


 眼下には王都の全景が見渡せ、背後には堅牢な城壁がそびえ立っている。


 風が心地よい。


「……いい場所ですね」


「だろ? ここは風の通り道でな。戦術的にも要所だが、何より静かだ」


 テオ殿下は、見晴らしの良いテラスに私を座らせると、自らバスケットを開いた。


 中から出てきたのは、分厚いサンドイッチと、温かいスープ。


 どれも、彼の手作りだという。


「食ってくれ! 自信作だ!」


「いただきます」


「……イグニス兄上は『共に働こう』と言ってきたろ? だが、俺が思うに、今のレイラに必要なのは仕事じゃない。栄養と休息だ」


 彼は私の隣に腰掛け、自分もコーヒーを飲み始めた。


 夕陽を帯びたその横顔は、いつもの豪快な笑顔ではなく、穏やかで、そして美しかった。


「……レイラ。俺は兄上ほど賢くはないし、ウィルのように小賢しい計算もできない」


 謙遜しているが、テオ殿下は決して馬鹿じゃない。


 イグニス殿下とウィル殿下がずば抜けているだけで、彼もそこらの男たちよりは頭一つ抜けて優秀な頭脳を持っている。


 彼は、遠くに見える王都の街並みを指差した。


「だが、守ることはできる」


「守る……?」


「ああ。俺の妃になれば、お前を煩わせる全ての雑音を、俺が物理的に遮断してやる」


 テオ殿下は、私に向き直った。


 琥珀色の瞳が、夕陽を反射して強く輝く。


「面倒な貴族の付き合いも、社交界の腹の探り合いも、全部俺が引き受ける。……お前はただ、俺の背中で好きな本を読んでいればいい」


 それは、イグニス殿下の提案とは対極にあるものだった。


 イグニス殿下は「共に戦おう」と言った。


 けれど、テオ殿下は「俺が戦うから、お前は笑っていろ」と言っているのだ。


「俺は騎士団長だ。数千の部下の命を預かり、国の防衛線を設計している。……状況判断と危機管理能力なら、兄上にも負けはしない」


 彼は自信に満ちた声で言った。


「お前が『スローライフ』とやらを望んでいることは知っている。……だが、完全に社会から切り離された孤独は、お前には耐えられないんじゃないか?」


 ドキリとした。


 図星だった。


 私は静寂を愛しているが、孤独は怖い。


 あの休日や図書館での一日で、それを痛感したばかりだ。


「俺のところに来れば、『安全な居場所』と『適度な刺激』の両方をやる」


 彼は私の手を握りしめた。


 大きく、分厚く、傷だらけの手。


 剣を振り続け、国を守り続けてきた男の手だ。


「俺の騎士団の『寮母』……いや、『女主人』になってくれ。兵站管理や作戦立案の手伝いは頼むかもしれないが、それ以外は自由だ」


 彼は、少し照れくさそうに笑った。


「俺の部下たちは、すでに全員お前のファンだ。……お前が来れば、騎士団の士気は倍増する。それに、俺自身が……」


 彼は言葉を切り、真剣な眼差しで私を射抜いた。


「お前が安心して帰って来られる場所になりたいんだ」


「テオ殿下……」


「兄上のように、国をどうこうするなんて大きな話はしない。……だが、お前一人の幸せなら、俺の命に代えても保証する」


 グイッ、と腕を引かれる。


 私は彼の広い胸板に抱き寄せられた。


 硬い筋肉の感触と、包み込むような体温。


 圧倒的な「安心感」が、そこにあった。


「どうだ、レイラ。……俺に賭けてみないか? 絶対に損はさせないぞ」


 耳元で囁かれる、低く甘い声。


 ワイルドさと知性を兼ね備えた彼の、計算された大人の口説き文句。


 私は、彼の胸の中で目を閉じた。


 イグニス殿下の「共に歩む未来」も魅力的だ。


 けれど、テオ殿下の提示する「守られ、愛される未来」もまた、疲れ切った私の心には甘美な毒のように染み渡る。


「……ずるいです、殿下」


「ははっ、勝つためには手段を選ばないのが俺の流儀だ」


 彼は嬉しそうに笑い、私の髪に口づけた。


 そのキスは、戦場の猛獣とは思えないほど、優しく、繊細だった。


 心臓の音がうるさい。


 このまま彼の腕の中にいれば、何もかも忘れて安らげるかもしれない。


 そんな甘い誘惑に、私の理性は再び大きく揺さぶられていた。


 私は……どうしたらいいんだろう?


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