第21話 王太子からの求愛(プレゼン)。……「王妃教育は免除する。お前がルールブックだからだ」って、プロポーズの仕方が重すぎませんか?
国王陛下から「一ヶ月以内に婚約者を選べ」という無理難題を突きつけられた翌日。
王太子執務室の空気は、いつもとは違っていた。
テオ殿下とウィル殿下が「公務がある」と言って部屋を出て行き、珍しくイグニス殿下と二人きりになったのだ。
私は知っている。
これは3人の間で結ばれた協定だ。
『抜け駆けはなし。順番に公平に口説く』という。
昨晩、3人がその順番のことで食堂で揉めていたので、作戦は全て筒抜けだ。
そしてその順番は、結局、年功序列という事になった。
「……レイラ」
最後の書類にサインを終えたイグニス殿下が、ペンを置いて私を呼んだ。
「少し、場所を変えようか」
「場所、ですか? まだ未決裁の案件が……」
「仕事の話だ。……だが、ここよりも相応しい場所がある」
彼は立ち上がり、私に手を差し出した。
その紅の瞳は、いつになく真剣で、熱を孕んでいた。
私は覚悟を決めて、その手を取った。
◇◆◇
連れてこられたのは、王宮の最上階にある「玉座の間」のバルコニーだった。
眼下には王都の街並みが広がり、その先には豊かな国土が続いている。
風が吹き抜け、イグニス殿下の銀髪を揺らす。
「……絶景ですね」
「ああ。ここから見るこの国が、私は好きだ」
彼は手すりに手をつき、遠くを見つめた。
「だが、この国を治めるには、私一人の力では足りない。……優秀な『片翼』が必要だ」
彼はゆっくりと私に向き直った。
「レイラ。単刀直入に言う。……私の妃になれ」
ドキン、と心臓が跳ねた。
予想はしていた。けれど、いざ言葉にされると、その重みに足がすくむ。
「……恐れながら、殿下。私には荷が重すぎます」
私は震える声を抑えて答えた。
「王妃の務めは激務です。外交、社交、慈善事業……。それに、厳しい王妃教育も必要でしょう。私のような者には……」
「教育? そんなもの、必要ない」
イグニス殿下は、私の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「え?」
「お前はすでに、この国の『頭脳』だ。……先日の条約改正案、あれはお前が書いたな? あの条文一つで、我が国の魔導産業は今後10年は安泰だ」
彼は一歩、私に近づいた。
「予算編成もそうだ。お前が組んだロジックのおかげで、無駄な歳出が2割も削減された。……お前はもう、実質的にこの国を動かしているのだ」
彼は私の手を取り、その甲に口付けた。
「マナー? 伝統? くだらん。……お前が法であり、お前がルールブックだ。誰が文句を言う?」
「で、殿下……」
「私が求めているのは、着飾って微笑むだけの人形ではない。……私の隣で、共に悩み、議論し、この国を設計してくれる『パートナー』だ」
彼の瞳が、私を射抜く。
そこにあるのは、甘い恋情だけではない。
私の能力、私の仕事、私の存在そのものへの、絶対的な信頼と敬意。
それは、仕事人間である私にとって、どんな甘い言葉よりも強烈な殺し文句だった。
「お前となら……もっと良い国が作れる」
イグニス殿下の声が、熱を帯びる。
「効率的で、無駄がなく、誰もが豊かに暮らせる国を」
「……豊かな国……」
「それに……私個人としても、お前が必要だ」
彼は私の手を引き寄せ、抱きしめた。
ふわっと香る、甘いムスクの香り。
「お前がいない執務室など、ただの箱だ。……お前のペンが走る音、的確なツッコミ、呆れたような溜息……。それらがなければ、私は息をするのも苦痛だ」
「……大袈裟ですよ」
「事実だ。……レイラ、私を選べ」
耳元で、切実な声が響く。
「テオやウィルもいい男だ。それは認める。……だが、お前の『知性』を一番愛し、活かせるのは私だ。……違うか?」
私は言葉に詰まった。
否定できない。
彼との仕事は楽しい。
私の思考を理解し、さらに高い次元へと引き上げてくれるのは、世界で彼だけだ。
彼の手を取れば、私はこの国の歴史に名を残すような、大きな仕事ができるだろう。
それは、私が前世から求めていた「充実感」そのものだ。
けれど。
「……少しだけ、時間をください」
私は彼の胸に顔を埋めたまま言った。
「貴方の提案は、とても魅力的です。……でも、私はまだ、テオ殿下とウィル殿下の話を聞いていません」
「……分かっている」
イグニス殿下は苦笑し、私の頭を優しく撫でた。
「……だが、忘れるな。私が一番、お前を高く評価していることを」
彼は名残惜しそうに私を離した。
その瞳には、余裕と、そして隠しきれない焦燥が見え隠れしていた。
王宮のトップからの、あまりに重く、そして魅力的な「王妃への永久就職のオファー」。
私の心は、大きく揺れ動いていた。




