第2話 脳筋騎士団長に補給計画を褒められたのですが、お姫様抱っこで連行されるのは困ります。え、私のことを「女神」って呼びました?
ウィル殿下との遭遇から、数日が過ぎた。
私の日常は相変わらず、無能な婚約者の尻拭いに費やされている。
「おい、レイラ。第二騎士団から緊急要請が来ているぞ」
昼下がりの執務室。
オラントが面倒くさそうに1枚の羊皮紙を放り投げてきた。
「南部国境付近で、想定外の魔獣が発生したらしい。『毒』を持つタイプの魔獣だそうだ。至急、解毒ポーションを前線に送れと言ってきた」
「……毒、ですか?」
私は書類を拾い上げた。
第二騎士団は現在、南部で大規模な討伐遠征中だ。
率いるのは、第二王子テオ殿下。
彼は無敗の指揮官だ。当然、毒への対策もしているはずだが、予備が尽きるほどの大量発生ということだろう。
「それで、手配は?」
「知らん。お前がやっとけ。……と言いたいところだが、輸送部隊に聞いたら『正規ルートだと到着まで1週間はかかる』と言われた。そんなに待っていたら全滅するだろうし、まあ、運が悪かったと諦めてもらうしかないな」
「……は?」
私は耳を疑った。
「諦める? 騎士たちが毒に侵されているかもしれないのですよ? 見殺しにするおつもりですか?」
「だって物理的に間に合わないんだから仕方ないだろう! 俺が飛んで行って届けるわけにもいかないしな!」
オラントは不機嫌そうに吐き捨てた。
「どうせテオ兄上のことだ。気合いで毒くらい無効化するさ。……それと、今日はリリナと出かける約束があるんだ。じゃあな」
彼はそそくさと部屋を出て行った。
残されたのは、私と、見捨てられた要請書だけ。
「……最低ね」
私は静かに呟いた。
1週間かかる?
それは、重い荷馬車で、舗装された正規の街道をのんびり進めばの話だ。
このままでは、国の守り手である騎士たちが、くだらない理由で命を落とすことになる。
私は拳を握りしめた。
やるしかない。
私は執務机に向かい、王宮の物流マップと、裏帳簿を広げた。
正規の手続きでは間に合わない。
だが、私には「抜け道」が見えていた。
「……以前在庫管理の際に、第三倉庫で先代の王が備蓄していた古い薬草を見つけた。まだあれが残っていれば、効果は落ちているけれど、濃縮すれば解毒剤として使える」
ペンを走らせる。
「問題は輸送時間。街道を使うと1週間。……でも、商隊が使う『山越えの裏ルート』を使い、中継地点で馬を乗り換える『リレー方式』を取れば……。……2日で届く、か」
私はオラントの筆跡を完璧に模倣し、偽造の命令書を書き上げた。
さらに、彼がリリナのために宝石店に支払う予定だった小切手をこっそりと差し替え、特別輸送費に充填する。
これは横領であり、公文書偽造に当たる。
こんな事、前世の日本でやったら、大問題だろう。
こっちの世界でもバレれば処刑は免れないかもしれない。
でも、数百人の騎士の命には代えられない。
「……さあ、行って。私の『兵隊』たち」
私はベルを鳴らし、信頼できる下級事務官に書類を託した。
これは、王宮という盤上で行う、私だけの戦争だ。
◇◆◇
それから、数日後の夕方。
私は大量の書類仕事を抱え、王宮の回廊を歩いていた。
騎士団への補給は、無事に完了したという報告が入っている。
計算通り、2日で届いた。
安堵のため息をつきながら角を曲がろうとした、その時だった。
ドサッ。
前方から歩いてきた人物とぶつかりそうになり、私は体勢を崩した。
「あ……っ」
抱えていた書類の山が宙に舞う。
散らばる……と思った瞬間。
スッ、と伸びてきた大きな手が、空中の書類を掴み取った。
それも、1枚や2枚ではない。束ごと、驚異的な反射神経でキャッチしたのだ。
「……っと。悪いな、よそ見をしていた」
頭上から、腹の底に響くような低い声が降ってきた。
見上げると、そこには赤い髪の青年が立っていた。
あまりにもラフなシャツ姿。
しかし、その下にある鋼のような筋肉は隠しきれていない。
引き締まった長身に、厚い胸板。
無駄な脂肪の一切ない、研ぎ澄まされた肉体美だ。
第二王子、テオドール殿下。通称、テオ殿下。
遠征から帰還したばかりなのだろうか。髪は少し乱れ、野性味溢れる色気を漂わせている。
「テ、テオ殿下……!? 申し訳ございません!」
私は慌てて頭を下げた。
「いい。俺の方こそ悪かったな。……怪我はないか?」
彼は書類を片手で軽々と持ちながら、もう片方の手で私の腕を支えてくれた。
その手は大きく、熱い。
剣ダコのある武人の手だ。
「は、はい。ありがとうございます……」
私が書類を受け取ろうとすると、テオ殿下の手が止まった。
彼の視線が、一番上の書類に釘付けになっている。
それは、私が先ほど作成した『事後処理報告書』だった。
そこには、今回の補給作戦の詳細と、私の筆跡が残っている。
「……この字」
テオ殿下の目が、スッと細められた。
琥珀色の瞳が、書類と、私の顔を交互に見る。
「お前か?」
「え?」
「南部への緊急輸送。……あれを手配したのは、お前か?」
心臓が跳ねた。
なんで、バレた?
オラントの名前で出したはずだ。なぜ私だと?
「……オラント殿下の……指示ですが」
「嘘をつけ」
テオ殿下は鼻で笑った。
「あいつの字はもっと汚い。それに、あんな完璧なパズルみたいな輸送計画、あいつの脳みそじゃ一生かかっても組めやしない」
彼は一歩、私に近づいた。
圧倒的な体格差。
私は壁際に追い詰められる形になった。
「あの時、現場の指揮官だった俺が要請した『増援物資』が、どれだけの速さで届いたか知ってるか?」
「……いえ」
「通常なら1週間はかかる距離を、2日で物資が届いた」
テオ殿下の顔が近づく。
威圧感の中に、隠しきれない熱情が混じっている。
「補給部隊の連中が言ってたぞ。『指示書の筆跡が、第三王子のものではない』とな」
逃げられない。
彼は確信している。
「しかも、中身はただの解毒剤じゃなかった。……疲労回復のための栄養剤と、俺たちが欲しがっていた矢の補充まで入っていた。俺たちが現場で『矢が足りない』と気づく前に、お前はそれを予見して送ってきた」
テオ殿下の目が、獲物を見つけた猛獣のように輝く。
「まるで戦場が見えているかのような采配だった。……データの推測値から算出したのか?」
「……はい」
私が観念して答えると、テオ殿下はニカっと笑った。
猛獣が獲物を見つけたような、それでいて少年のように無邪気な笑顔だ。
「やっぱりお前か。……すごいな。俺は感動したんだぜ」
彼は書類を私に返すと、そのまま私の肩をガシッと掴んだ。
「俺の部下を救ってくれたこと、礼を言う。……お前は俺の『女神』だ」
「め、女神……?」
騎士団長に女神呼ばわりされるとは。
困惑する私をよそに、彼は私の体を上から下までジロジロと見た。
「それにしても……細いな」
彼の眉間に皺が寄った。
「ちゃんと食ってるのか? 腰なんて折れそうだぞ」
「……昼はサンドイッチを」
「それだけか? ダメだダメだ。一流の仕事を支えるのは身体だぞ」
彼は呆れたように首を振った。
そして、次の瞬間。
ふわっ、と私の体が浮いた。
「きゃっ!?」
気がつくと、私はテオ殿下の腕の中にいた。
いわゆる、お姫様抱っこだ。
「て、テオ殿下!? 何を!?」
「これから俺の執務室で晩飯だ。最高級の肉がある。お前も付き合え」
「ええっ!? 仕事がまだ残って……」
「道具の手入れも大事だが、使い手のメンテナンスはもっと大事だ。……お前みたいな優秀な奴を過労で倒れさせるわけにはいかん」
彼は問答無用で歩き出した。
すれ違う侍女や兵士たちが、ギョッとして道を開ける。
当然だ。騎士団長が、地味な事務官をお姫様抱っこして歩いているのだから。
「殿下、降ろしてください! 人が見ています!」
「見せとけばいい。……お前は俺が守るって、周知させるのに丁度いいだろ」
彼は楽しそうに笑った。
その腕は鋼のように硬く、絶対に逃がさないという意志が込められていた。
この後のディナーで、テオ殿下からの私への質問が2時間も止まらなかったのはまた別の話……。




