表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/33

第19話 約束の「王立図書館」貸切デート。……静寂をプレゼントしてくれる貴方たちが、一番の宝物かもしれません


 私が全快してから数日後。


 私はイグニス殿下に連れられ、王宮の敷地内にある巨大な石造りの建物の前に立っていた。


 「王立図書館」。


 国内最大規模を誇る知識の殿堂であり、古今東西のあらゆる書物が収められている場所だ。


 普段は多くの学者や貴族で賑わっているはずのそこは、今日に限ってひっそりと静まり返っていた。


「……殿下。これは?」


「約束しただろう。『週に一日は、完全に業務から離れる休日』だと」


 イグニス殿下は、守衛に目配せをして重厚な扉を開けさせた。


「今日は全館貸切にしてある。……誰も入ってこない。存分に楽しめ」


「貸切……!? 王立図書館を、ですか?」


 私は絶句した。


 これだけの施設を、私一人のために閉鎖するなど、権力の濫用も甚だしい。


 しかし、その濫用がこんなにも嬉しいと感じてしまう自分もいる。


 中に入ると、天井まで届く書架が迷宮のように広がり、古書と革の懐かしい匂いが私を包み込んだ。


 静寂。


 ページをめくる音さえ響きそうなほどの、完璧な静けさだ。


 それはかつて、ギリアム宰相が私に提示した「理想の条件」そのものだった。


「……ありがとうございます、殿下」


 私が礼を言うと、イグニス殿下は少し気まずそうに視線を逸らした。


「礼には及ばん。……ギリアムごときに『静寂』をエサにされるのは癪だっただけだ。我が国でもこれくらいの環境は用意できると証明したかった」


 対抗心だ。


 彼はまだ、あの時の引き抜き騒動を気にしていたのだ。


 その不器用な負けず嫌いが、なんだかとても愛おしい。


「では、お言葉に甘えて」


 私は早速、目当ての歴史書の棚へと向かった。




 ◇◆◇




 それから数時間。


 私は時の経つのも忘れて、本の海に溺れていた。


 誰にも邪魔されない。


 急な呼び出しもない。


 まさに至福の時間だ。


 ふと、喉が渇いて顔を上げると、閲覧席の隅にいるイグニス殿下に気付いた。


 彼は一番奥のテーブルで、静かに書類仕事をしている。


 そして、その向かいにはテオ殿下がいて、無言で戦術書を読んでいる。


 さらに窓辺にはウィル殿下がいて、魔術の論文を書き連ねている。


(……皆様、いらしたのね)


 彼らは約束通り、私には一切話しかけてこない。


 ただそこにいて、それぞれの時間を過ごしている。


 私が読書に集中できるように。


 私の「一人の時間」を守るために。


 かつての休日で、我慢できずにドアの前に集まっていた彼らが、今はこうして「同じ空間での沈黙」を共有してくれている。


 その成長と配慮が、胸に染みた。


 私は本を置き、彼らの元へ歩み寄った。


「……お疲れ様です」


 私が声をかけると、3人がバッと顔を上げた。


「レイラ! 邪魔をしたか?」


 イグニス殿下が慌ててペンを置く。


「いいえ。……皆様がいらっしゃるのに、私だけ楽しんでいて申し訳なくて」


「何を言う。俺たちは空気だと思えばいい」


 テオ殿下が苦笑する。


「そうですよ。僕たちはただ、レイラさんが幸せそうにページをめくる音をBGMに仕事をしているだけですから。……最高に捗りますよ」


 ウィル殿下が、うっとりとした顔で付け加えた。


 彼らにとっては、私が側にいること自体が「癒やし」になっているらしい。


「……少し、休憩しませんか?」


 私は提案した。


「お茶の用意をしてあります。ランチの時に飲もうと思って。……以前、ウィル殿下に淹れていただいたお茶が美味しかったので、真似してみたんです」


 私がバスケットから魔法瓶とカップを取り出すと、3人の目が輝いた。


「レイラの手作りか!?」


「手作りというか、淹れただけですが」


「頂こう。毒が入っていても飲み干すぞ」


「入っていませんよ!」


 静寂だった図書館に、笑い声が響く。


 私たちは円卓を囲み、温かい紅茶とクッキーを楽しんだ。


 テオ殿下が戦術書の内容について熱く語り、ウィル殿下がそれに皮肉を返し、イグニス殿下が呆れながらまとめる。


 いつもの光景だ。


 でも、王宮の執務室とは違う、ゆったりとした時間が流れている。


 私はカップを両手で包み込みながら、彼らの会話を眺めた。


 かつて私が望んだのは、誰にも邪魔されない「孤独なスローライフ」だった。


 ギリアム宰相が提示した条件は、まさにそれだった。


 けれど、今、こうして彼らと過ごす時間の中で、私は気づいてしまった。


 ただ静かなだけの時間は、どこか寂しい。


 この騒がしくて、温かくて、私を必要としてくれる彼らの声があるからこそ、静寂もまた心地よく感じられるのだと。


「……レイラ? どうした、急に黙り込んで」


 イグニス殿下が心配そうに顔を覗き込んでくる。


 私は首を振って、微笑んだ。


「いいえ。……ただ、幸せだなと思いまして」


「……っ」


 私の不意打ちの言葉に、3人が硬直した。


 イグニス殿下は耳まで赤くし、テオ殿下はカップを取り落としそうになり、ウィル殿下は口元を手で覆って身悶えしている。


「……反則だ」


 イグニス殿下が呻くように言った。


「そんな顔で言われたら……このまま図書館ごと買い取ってしまいたくなる」


「やめてください。税金の無駄遣いです」


 私は笑って諌めた。


 窓の外では、夕日が王都を茜色に染め始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ