第17話 休日にはしゃぎすぎて熱を出したら、王宮が「医療崩壊」の危機に瀕しました。……頼むから、風邪ごときで非常事態宣言を出さないでください
3人の王子と共に部屋でお茶会をして過ごした翌朝、私は最悪の目覚めを迎えた。
「……頭が、重い」
体が鉛のように重く、喉が焼けるように熱い。
鏡を見ると、顔は真っ赤で、目は虚ろ。
完全に熱を出していた。
ここ数日の激務と、昨日の「騒がしすぎる休日」で、張り詰めていた気が緩んだのだろう。
私はふらつく足取りでベッドに戻り、ベルを鳴らした。
「……すみません、誰か……」
駆けつけた侍女が、私の顔を見るなり悲鳴を上げた。
「レイラ様!? 大変、お顔が真っ赤です!」
「少し、熱があるみたいで……。イグニス殿下に、今日はお休みをいただくと……」
私が言い終わる前に、侍女は血相を変えて部屋を飛び出していった。
そして、数分後。
ドタドタドタッ!
廊下を軍隊が行進するような、けたたましい足音が近づいてきた。
バンッ!
扉が勢いよく開かれる。
「レイラ!!」
飛び込んできたのは、顔面蒼白のイグニス殿下だった。
後ろには、ウィル殿下も続いている。
「無事か!? 意識はあるか!? 私の名前が言えるか!?」
「……おはようございます、殿下。ただの風邪ですので、大声を出さないでください。頭に響きます……」
「風邪だと!? そんな生易しいものではないかもしれん!」
イグニス殿下は私の額に手を当て、「熱い! 異常発熱だ!」と叫んだ。
そして、控えていた侍従長に向かって怒鳴った。
「直ちに『国家非常事態宣言』を発令しろ! 王都中の医師と治癒術師を総動員だ! 薬師ギルドの在庫を全て買い占めろ!」
「い、イグニス殿下!? たかが風邪で非常事態宣言は……!」
「うるさい! レイラの命に関わる事態だぞ! お前が死ねば、この国の行政は停止するんだ! それに私も……」
公私混同も甚だしい。
私が止めようと口を開くより早く、今度はテオ殿下が部屋に入ってきた。
その手には、湯気を立てる巨大な皿が乗っている。
「レイラ。俺が特効薬を持ってきた」
「……それは?」
「『地竜の生レバー』と『マンドラゴラの丸焼き』だ。滋養強壮にはこれが一番効く。噛まずに飲み込め。楽になるぞ」
「無理です! 病人にとどめを刺す気ですか!」
血の滴るレバーを見て、私は吐き気を催した。
すると、ウィル殿下がにこやかに割り込んできた。
「テオ兄上、野蛮ですよ。病人にそんなゲテモノを食べさせては」
「なんだと? じゃあお前は何を持ってきたんだ」
「これですよ」
ウィル殿下は、怪しげな光を放つ魔法陣を展開した。
「僕の魔力を直接、レイラさんの体内に注入する儀式です。……方法は簡単。こうして添い寝をして、粘膜接触を……」
「却下です! どさくさに紛れて何をしようとしているんですか!」
私は残った体力を振り絞って叫んだ。
もう駄目だ。
熱よりも、この人たちの相手をする方が体力を消耗する。
私の安眠は、この国のトップ3によって完全に破壊されようとしていた。
その時。
「――いい加減になさいませ!!」
雷のような一喝が響いた。
部屋の入り口に立っていたのは、王宮のメイド長、マーサさんだった。
彼女は御年60歳を超えるベテランで、現国王陛下が歴戦の友と呼ぶ伝説のメイドだ。
ここに居る王子たちは三人とも、彼女におしめを替えられていたらしい。
第二の母のようなものだろう。
その彼女が、鬼の形相で仁王立ちしていた。
「イグニス殿下! 風邪ごときで国の医療機関を麻痺させるおつもりですか! 民への迷惑を考えなさい!」
「うっ……」
「テオ殿下! そんな生臭いものを寝室に持ち込まないでください! 不衛生です!」
「す、すまん……」
「ウィル殿下! セクハラは言語道断です! 出て行きなさい!」
「……はーい」
最強のメイド長の一喝に、さしもの猛獣たちもシュンと小さくなった。
「皆様、レイラ様には『静養』が必要なのです。騒ぐだけの見舞客なら、今すぐお引き取りください」
マーサさんは扉を指差した。
「……だが、心配なんだ。側にいさせてくれ」
イグニス殿下が、縋るような目で見つめてきた。
テオ殿下も、ウィル殿下も、捨てられた子犬のような顔をしている。
マーサさんは深いため息をつき、私を見た。
「レイラ様、いかがなさいますか?」
「……そうですね」
私は苦笑した。
彼らが暴走するのは、それだけ私を心配してくれているからだ。その気持ち自体は、嬉しくないわけではない。
「静かにしてくれるなら、いてくださっても構いません」
私が許可を出すと、3人の顔がパァっと輝いた。
そして。
数分後。
私のベッドの脇には、椅子に座って借りてきた猫のように大人しくなった3人の王子の姿があった。
イグニス殿下は、氷枕がぬるくなるたびに秒速で交換してくれる。
テオ殿下は、私の汗を甲斐甲斐しく拭いてくれる。
ウィル殿下は、読み聞かせと言って優しい声で本を読んでくれている(内容は古代の愛の呪術書だが、声が可愛いので許す)。
静かで、温かい時間。
彼らの不器用な献身が、弱った心と体に染み渡る。
「……ありがとうございます」
私は小さく呟いた。
「ん? 何か言ったか?」
「いえ。……皆様が側にいてくれて、良かったです」
私が素直に伝えると、3人は顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。
その笑顔を見ながら、私は深い眠りに落ちていった。
熱に浮かされた頭の片隅で、彼らの手がとても温かかったことだけを、心地よく覚えていた。




