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第14話 隣国の宰相から提示された条件は「完全週休二日」と「図書館の鍵」。……あ、今の職場よりホワイトすぎて心が揺れます


 晩餐会の喧騒から離れた、王宮の一室。


 私はギリアム宰相に招かれ、応接室のソファに腰掛けていた。


 イグニス殿下たちは「俺たちも同席する」と殺気立っていたが、ギリアム宰相が「外交儀礼上、個人的な話し合いの場を設ける権利がある」と正論で跳ね除けたのだ。


 結果、部屋の外には3人の王子が鬼の形相で仁王立ちしているという、異常な状況での密談となった。


「……さて、レイラ嬢」


 ギリアム宰相は、優雅な手つきで自ら紅茶を淹れた。


 その所作には無駄がなく、その美貌と相まって絵画のようだ。


「先ほどの話の続きをしましょうか。我が国への移籍についてです」


「……光栄なお話ですが、私は王太子殿下の筆頭補佐官です。そう簡単には……」


「簡単ですよ。貴女はまだ正式な契約を結んでいないはずだ」


 彼は私の目を真っ直ぐに見た。


 その灰色の瞳は、私の心の奥底まで見透かしているようで、背筋が寒くなる。


「貴女の『前職』……オラント殿下の尻拭い時代についても調査済みです。5年間、休みなく働き、無能な上司の代わりに国を支えてきた。……そして今も、3人の王子に囲まれ、プライベートを侵食される日々を送っている」


「うっ……」


 痛いところを突かれた。


 確かに、今の職場は待遇こそ良いが、「公私混同」が甚だしい。


「貴女は優秀だ。だが、それ以上に『静寂』を愛する女性だ。……違いますか?」


 彼は懐から、一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルに広げた。


 そこには、具体的な「雇用条件」が記されていた。


「見てください。これが我が国が提示する待遇です」


 私は恐る恐る、その紙に目を落とした。


 そして、息を呑んだ。


 『筆頭外交官としての地位保証』

 『年俸:金貨3000枚(現在の3倍)』

 『王都の一等地にある屋敷の提供』


 これだけでも破格だが、私の目が釘付けになったのは、その下の項目だった。


 『勤務時間:9時〜17時(残業禁止)』

 『休日:完全週休二日制』

 『特典:王立図書館の特別閲覧権(24時間出入り自由)』


「……え?」


 私は二度見した。


 週休二日? 残業なし? しかも、世界最大規模を誇る王立図書館の鍵がもらえる?


「嘘……ですよね?」


「嘘などつきません。我が国の官僚制度は、効率化が徹底されています。無駄な残業は『無能の証明』と見なされますから」


 ギリアム宰相は、淡々と告げた。


「貴女の能力があれば、定時内に全ての業務を終わらせることは造作もないはずだ。……余った時間は、全て貴女の自由です。図書館に篭るもよし、屋敷で茶を楽しむもよし。誰にも邪魔されず、静かな生活を送れますよ」


 静かな生活。


 それは、私がずっと夢見てきた「スローライフ」そのものではないか。


 心が、グラグラと揺らいだ。


 今の職場(王宮)は、刺激的で退屈しない。


 イグニス殿下との仕事は楽しいし、テオ殿下の護衛は頼もしいし、ウィル殿下の知性は心地よい。


 けれど……とにかく、うるさいのだ。


 常に誰かが側にいて、常に誰かが私を構ってくる。


 一人の時間が、圧倒的に足りない。


「……加えて、我が国には『感情で動く上司』はいません」


 ギリアム宰相は、扉の方へ視線をやった。


 外からは、イグニス殿下たちの「まだか!」「突入するか!?」という騒がしい声が漏れ聞こえてくる。


「彼らは優秀ですが、貴女に対して執着しすぎている。……公私混同も甚だしい。仕事をする上で、これほどのストレスはありませんよ」


 正論だ。


 ぐうの音も出ないほどの正論だ。


 3人の王子が入り乱れる、あんなカオスな職場環境、冷静に考えれば異常だ。


「レイラ嬢。貴女の才能を、最も高く、そして正当に評価するのは私です」


 ギリアム宰相が、私の手を取った。


 その手は冷たく、乾燥している。イグニス殿下のような熱っぽさはない。


 ビジネスパートナーとしての、適度な距離感。


「私と共に来てください。……貴女には、静寂と知性に満ちた『正解』の人生を約束します」


「…………」


 私は答えに詰まった。


 条件は完璧だ。断る理由が見当たらない。


 なのに、なぜ即答できないのだろう。


 脳裏に、あの3人の顔が浮かぶ。


 ブサカワな熊を抱きしめて赤面するイグニス殿下。

 射的で景品を取ってドヤ顔をするテオ殿下。

 録音機片手に悪戯っぽく笑うウィル殿下。


 騒がしくて、面倒くさくて、重い。


 でも、あの「熱」が、今の私には……。


「……申し訳ありません、ギリアム様」


 私は震える声で答えた。


「条件は……あまりにも魅力的です。心が揺れないと言えば嘘になります」


「では?」


「ですが……少し、考えさせてください。即答は、できません」


 私がそう告げた瞬間。


 バンッ!


 勢いよく扉が開かれた。


「話は終わりだ!」


 イグニス殿下が、鬼の形相で飛び込んできた。


 後ろには、剣の柄に手をかけたテオ殿下と、笑顔が完全に消えているウィル殿下が続いている。


「時間が過ぎているぞ、ギリアム。……レイラを返してもらおうか」


 イグニス殿下は、ギリアム宰相の手から私を強引に引き剥がし、自分の背後に隠した。


 その手は、痛いほど強く震えていた。


「……話はついたはずですが?」


 ギリアム宰相は、涼しい顔で立ち上がった。


「彼女は『考えさせてほしい』と言った。……つまり、貴国に残ることを即決しなかったということです」


「っ……!」


 3人の王子の顔色が、一瞬で青ざめた。


 彼らは聞いていたのだ。


 私が、彼らを選ばずに迷ったことを。


「レイラ……。お前、まさか……」


 テオ殿下が、信じられないものを見るような目で私を見た。


「僕たちより、条件の良さを取るんですか?」


 ウィル殿下の声が、低く冷たく響く。


 違う。そうじゃない。


 否定しようとしたが、言葉が出てこない。


 だって、条件が良いのは事実なのだから。


「勝負は預けましょう」


 ギリアム宰相は、勝利を確信したような笑みを浮かべ、部屋を出て行った。


「レイラ嬢。良い返事を待っていますよ。……賢明な貴女なら、どちらが『幸福』か分かるはずですから」


 扉が閉まる。


 部屋には、重苦しい沈黙が落ちた。


 3人の王子は、私を責めることはしなかった。


 ただ、その瞳の奥には、かつてないほどの焦燥と、どす黒い危機感が渦巻いていた。


 この夜、王国の猛獣たちは、ある決意を固めた。


 なりふり構っていられない。


 国益も、外交儀礼も、知ったことではない。


 ただ全力で、この「逃げ出そうとしている至宝」を、物理と権力で囲い込むために。


【補足情報】

金貨3000枚との話が出てきましたが、1金貨1万円です。

そのため、金貨3000枚(約3000万円)ということになります。

この世界ですと、平民が金貨1枚(1万円)で1週間暮らせるので、3000枚は遊んで暮らせる一生分の大金が毎年入ってくるということになります。


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