第13話 他国の宰相(冷徹イケメン)が、私の「仕事」を一目見てプロポーズ(引き抜き)してきました。……え、週休二日制ですか?
王宮の大広間は、かつてないほどの緊張感と華やぎに包まれていた。
今夜は、隣国との『魔導技術協力協定』の締結を祝う晩餐会だ。
先日、私がイグニス殿下と共に徹夜で論理構成を練り上げた、あの難解な条約がついに形となったのだ。
私はイグニス殿下のパートナー(という名目の盾)として、会場の最前列に立っていた。
「……人が多いな」
イグニス殿下が、私の腰に手を回しながら不機嫌そうに呟く。
「油断するなよ、レイラ。お前を狙う有象無象がどこに潜んでいるか分からん」
「殿下。公衆の面前で腰を抱くのはおやめください。私がご令嬢方の視線で射殺されそうです」
「ならん。これは『所有権の主張』だ。それに、今日はお前の功績を讃える場でもある」
彼は聞く耳を持たない。
私の右側にはテオ殿下が仁王立ちして物理的な壁を作り、左側にはウィル殿下が「悪い虫がつかないように」と笑顔で牽制球を投げている。
私は完全に、猛獣たちに囲まれた獲物状態だ。
そんな中、会場の入り口付近がざわめいた。
「隣国の使節団、到着!」
ファンファーレと共に現れたのは、東方諸国の代表団だ。
その先頭を歩く人物を見て、私は息を呑んだ。
漆黒の髪に、氷河のように冷たい灰色の瞳。
感情を削ぎ落としたような、美しくも無機質な顔立ちの青年。
隣国の若き宰相、ギリアム公爵だ。
「氷の宰相」の異名を持ち、その冷徹な政治手腕で周辺国から恐れられている人物である。
(……綺麗な人)
仕事人間特有の、研ぎ澄まされた気配。
私と似た種類の人間だ、と直感した。
ギリアム宰相は、イグニス殿下の前まで進むと、恭しく一礼した。
「お招きいただき感謝します、イグニス王太子殿下」
「遠路ご苦労、ギリアム宰相。……今回の協定締結、互いの国にとって大きな利益となるだろう」
社交辞令の応酬。
しかし、ギリアム宰相の視線は、イグニス殿下ではなく、その隣にいる私に向けられていた。
「……そちらが?」
「ああ。私の筆頭補佐官、レイラ・ウェリントンだ」
イグニス殿下が、少し自慢げに私を紹介する。
私はカーテシーをした。
「お初にお目にかかります、宰相閣下」
「……貴女ですか」
ギリアム宰相は、値踏みするように私を上から下まで見つめた。
その目は、女性を見る目ではない。
優秀な「部品」を見極める、冷徹な技術者の目だ。
「今回の協定案……特に第14条の『魔道具の安全保障規制』に関する条文。あれを書いたのは、貴女ですね?」
ドキリとした。
それは先日、相手国の「文化交流」という甘言を逆手に取り、平和維持を名目に輸出を制限するために私が書き加えた条項だ。
「……なぜ、そう思われるのですか?」
「論理構成が美しいからです」
彼は淡々と言った。
「従来の貴国の外交文書には見られない、緻密で隙のないレトリック。……こちらの要求を呑むふりをして、実質的な主導権を握る書き回し。誰か、極めて優秀な『影』がいると推測していました」
彼は懐から、一枚の書類を取り出した。
それは、私が作成した草案の写しだった。
「読みましたよ。貴女の思考の痕跡を」
ギリアム宰相は、熱のない声で続けた。
「素晴らしい。私の想定していた抜け穴を全て塞ぎ、かつ両国の利益を最大化する妥協点を提示している。……この国には勿体ない才能だ」
その言葉に、イグニス殿下の眉がピクリと動いた。
テオ殿下が剣呑な目で一歩踏み出し、ウィル殿下の笑顔が凍りつく。
空気が、一瞬で張り詰めた。
だが、ギリアム宰相は意に介さず、私に手を差し出した。
「レイラ・ウェリントン嬢。……単刀直入に言います」
彼は、まるで今日の天気の話をするような気軽さで、爆弾を投下した。
「我が国に来ませんか?」
「……はい?」
「雇用条件は、現在の3倍の年俸。そして『終身雇用の補佐官』としての地位を保証します」
会場が静まり返った。
公衆の面前での、堂々たる引き抜き宣言。
「何を馬鹿な……」
イグニス殿下が低い声で唸るが、ギリアム宰相は止まらない。
「貴女の経歴も調べました。激務、不条理な叱責、そして王族からの過剰な干渉……。貴女は静けさを愛する方だそうですね?」
彼は私の目を真っ直ぐに見た。
「我が国なら、貴女に専用の執務室と、王立図書館のフリーパスを与えましょう。……そして、週休二日制を完全保証します」
「しゅ、週休二日……!?」
私の心が、大きく揺らいだ。
3倍の給料よりも、図書館よりも、「週休二日」という甘美な響きが、社畜の魂に突き刺さる。
今の職場(王宮)は、待遇は良いが休みはない。
3人の王子の相手で、プライベートなど皆無だ。
「加えて、我が国は実力主義です。貴女の能力があれば、数年で国政の中枢を担えるでしょう。……こんな『感情的な男たち』の世話焼き係で終わるつもりですか?」
ギリアム宰相は、チラリと3人の王子を見た。
その目は明確に、「お前たちには彼女を扱う資格がない」と告げていた。
ブチッ。
何かが切れる音がした。
「……おい、ギリアム」
イグニス殿下が、私を抱き寄せる力を強めた。
その全身から、どす黒い殺気が立ち昇っている。
「私の前で、私の『至宝』に手を出すとは……。宣戦布告と受け取っていいんだな?」
「ふざけるなよ、他国のインテリ眼鏡」
テオ殿下が、拳をバキバキと鳴らして前に出た。
「レイラは俺たちの『心臓』だ。渡すくらいなら、ここでお前を叩き潰して国に送り返してやる」
「……困りますねぇ。外交の場で勧誘なんて」
ウィル殿下が、いつもの笑顔を完全に消して、冷ややかな瞳でギリアム宰相を見上げた。
「彼女は僕たちの『大切な人』です。……その汚い手を引っ込めないと、貴国の裏帳簿、全世界に公開しますよ?」
3人の王子が、かつてないほど結束して殺気を放っている。
会場の貴族たちは、恐怖で震え上がっていた。
しかし、ギリアム宰相は涼しい顔で肩をすくめた。
「野蛮ですね。……選ぶのは彼女です」
彼は私に向かって、静かに微笑んだ。
初めて見せる、理知的で穏やかな笑み。
「レイラ嬢。賢明な貴女なら、どちらが『効率的で幸福な人生』か、計算できるはずだ。……返事は急ぎません。後ほど、私の部屋へいらしてください」
彼は意味深な言葉を残し、優雅に去っていった。
残されたのは、殺気立つ3人の王子と、心を激しく揺さぶられた私。
「レイラ」
イグニス殿下が、縋るように私の肩を掴んだ。
「行くなよ。……お前は、私だけのものだ」
その声は、命令というより、懇願に近かった。
最強のライバルの登場。
それは、3人の王子の「独占欲」という名の導火線に、完全に火をつけてしまったようだった。




