フレアの現実3
翌朝。かつての憧れと現実の落差に少しばかり胸を押さえながら、ルナは“フレア”本部の扉を押した。今日から本格的に太陽の調査に入る――その前に、まずはこの組織のメンバーをきちんと知る必要があるというわけだ。
「よし、じゃあ一人ずつ紹介していくぞ」
ラースの案内で部屋の中央へ向かうと、そこには癖の強そうな面々が既に集まっていた。彼らの視線が一斉にルナへ向けられる。じわりと背筋に緊張が走る。
まず前に出てきたのは、昨日も圧の強さを見せつけてきた大柄の男だった。
「よう! よろしくなぁ!」
豪快に笑った彼――ゾル・ハーパー。
“フレア”のリーダーであり、戦闘も調査も一線級のベテラン。身体強化魔法で前線を駆け回り、仲間を引っ張る大黒柱だという。近くで見ると、その筋肉はもはや鎧のようだった。
続いて、静かに前へ歩み出た男は、詩人を思わせる落ち着いた雰囲気をまとっていた。
「よろ」
淡白!!!
アイクス・ヴェクタ。
組織に残った唯一のベテラン戦闘員。木を操るという特異な魔法を持つが、生み出すことはできないらしい。静かな口調の裏に、深い経験がにじんでいた。
そして三人目。鍛え抜かれた体つきの男が真剣な眼差しを向けてくる。
「一度、手合わせ願いたい」
「お断りします!」
ウィリー・リオンベッカ。武術の達人らしいが、初対面で決闘を申し込んでくるのは勘弁してほしい。魔法を使えない代わりに肉体の練度が尋常じゃないらしく、まさに生きる武器、といった印象だ。
それから、花のように柔らかく微笑みながら女性が近づいてきた。
「君がルナちゃんね? よろしくね」
ニア・ヴィクトリア。
小さい時からここに所属している。普段はおしとやかで優しいが、いざ戦闘となると別人のように豹変するらしい。ギャップがすごいと噂の凄腕戦闘員だ。
次に現れたのは銀縁の眼鏡をかけた女性。背筋がまっすぐで、どこか知的な空気を漂わせている。
「よろしくお願いしますね」
レビア・アンジュレラ。
彼女は元孤児。小さい時にフレアに拾われた。
元戦闘員だが、人手不足で調査員に回されたとのこと。記憶を司る魔法を持ち、本人の記憶力もずば抜けている。フレアの“歩く記録庫”とも呼ばれているらしい。
「私から甘いもの取ったら、殺す」
低く短い声が響き、ルナは反射的に身を引いた。
シェーン・マクルト。
調査員で、その頭脳は天才と評判だ。人工太陽の術式の原理を解き明かした研究者肌の人物だが、甘い物のためなら世界さえ敵に回しそうなほどの甘党でもある。
フレア本部に山のように積まれているお菓子は、すべて彼のものであり、絶対領域らしい。賞金が手に入ったら“永遠のお菓子”を作りたいという夢を語っていた。夢と言えるのかどうかは疑問だが。
「レクト、こっち」
ニアに呼ばれて、ひょこっと顔を出した青年がいた。髪が水のように揺れ、瞳の奥にどこか不器用な熱が宿っている。
「……テメーが新入り2号か。」
「1年経ってもまだ新入り扱いか、俺は。」
レクト・リフレクター。
ニアとレビアよりは遅いが、小さい時に所属している。水の魔法を操る戦闘員で、喧嘩っ早いが仲間思いらしい。ニアに片想いしているが、素直になれず毎日のように決闘を挑んでは負けているという。仕事は……まあ、しているのだろう、多分。
最後に、見慣れた人影がぐいっと胸を張った。
「よーし、次は俺だな!」
「……あなたは知ってるわよ」
ラース・トライズン。
月の魔法と剣を使い、戦闘力は高い。ただしそれは“月が見える”という条件付きで、太陽や月が隠れると魔力が出ないらしい。なんとも扱いづらい能力だが、本人はあまり気にしていない様子だ。
全体的に抜けていて、アホっぽい。それでも憎めないのだから不思議なものだ。
こうして一通り紹介が終わった頃、ルナは胸の中で深く息をついた……とはならず、あることを思い出した。
「あの、ゾルさん……! あたし、小さい頃……十年くらい前に……助けてもらった人がいるの。ここに、いるはずなの!」
ゾルがわずかに眉をひそめる。
ルナは一歩前へ踏み込んだ。
「覚えてるのは……すっごくタバコ吸ってて……それに、“赤いマント”を覆ってたの!」
――その瞬間だった。
空気が、ひゅっと引き締まる音がした気がした。
ゾルだけじゃない。
アイクスも、ウィリーも、ニアも、レクトも、レビアも。
全員が、ルナの言葉に反応してこちらを向いた。
「「「「!!!!」」」」
“赤いマント”――その四文字が、まるで刃物のように場に落ちた。
「赤い……」
「……マント……」
アイクスとウィリーの瞳が揺れる。驚いたとかいう軽いものじゃない。
もっと深くて、重くて、背負わされたような……そんな表情だった。
レビアは拳をぎゅっと握りしめ、顔を伏せた。
記憶の魔法を持つ彼女の胸に、鮮烈で消えない映像がよみがえったのだろう。
肩が震えて、ぽたりと涙が床に落ちた。
「……おい、新入り。レビアの前で、そいつの名前を……!」
レクトが荒い息でこちらへ歩み寄る。
怒りというより、触れてはいけない地雷を思いきり踏まれたような、そんな険しさ。
「やめなさい、レクト」
ニアの低い声が、空気を凍らせた。
レクトは歯を食いしばり、拳を震わせながらもその場で硬直する。
ただひとり。
「むしゃむしゃ……んー♪」
シェーン・マクルトだけは、悠然と机に肘をつき、クッキーを噛み砕いていた。
空気の読めなさではなく、空気を“意図的に無視する強靭なメンタル”を感じて、ルナは逆に尊敬した。
「けど!! あいつは!!」
レクトが再び声を荒げかけたが――
「一旦落ち着けよ」
ゾルのその一言だけで、本部全体から音が消えた。
恐ろしいほどの統率力だった。
まるで言葉の質量が違う。
ルナはごくりと喉を鳴らす。
一体、“赤いマント”に何があったのか。
なぜこの言葉だけで、ここまで空気が変わるのか。
「ルナ……赤いマントって奴は、この組織では禁句らしい」
ぽつりと、ラースが説明を始めた。
いつもの軽い調子ではない。声の色が沈んでいる。
ラース自身も最近加入したばかりで詳しくは知らないらしいが――まとめるとこうだ。
“赤いマント”とは、この組織に属していた誰か。
名前も本名も知られていない。
姿と、纏っていた鮮やかな赤のマントだけが語り継がれているという。
だが十年前。
その“赤いマント”はフレアを裏切り、組織を壊滅寸前まで追い詰めた。
その事件は、いまのフレアの人数の少なさ、資金の枯渇、荒んだ空気――あらゆる原因のひとつとなっている。
「嘘……そんな、はずない……」
ルナの胸が、きゅうっと締めつけられる。
「あたしの命を救ってくれた人なのよ!? そんなこと、するわけない!」
あのときの光景が、鮮明に脳裏に浮かぶ。
泣いて、震えて、家族すら誰も助けてくれなかったあの日。
高い金属音。
煙の匂い。
そして――赤いマントが、ふわりと風に揺れた。
「助けてくれたのよ! あの時期がちょうど十年前? 信じない! 絶対に!」
胸の奥から湧きあがるものを抑えきれず、思わず声が大きくなる。
「だって……あの人は、何かと戦ってたの! 誰かを傷つけるためじゃない! 誰かを守るために戦ってた!!」
その瞬間。
フレアの空気が――わずかに揺れた気がした。
怒り、失望、疑念、悲しみ……さまざまな感情が渦巻く中で、たった一人の少女の確信が、その中心に小さな穴をあけた。
“赤いマント”は、本当に裏切り者なのか。
それとも――もっと別の真実があるのか。
「お菓子!!!!!!甘いもの!!!」
「ふぁっ!?びっくりした!!!」
全員が驚き一斉にお菓子を彼に渡す。恐らく誰も手が上がらないのだろう。
もしかするとこの雰囲気を変えてくれた……?のかもしれない。いや、ありえないか。
少し重い空気になってしまったけど
――これが、太陽調査組織の仲間たち。
曲者ぞろいで、癖が強くて、まともに見える人間の方が少ない。
だけど、どんな理由であれ彼らが太陽を追い続けてきた年月と積み重ねてきた想いだけは、本気なのだと分かった。
ルナはそっと拳を握りしめた。
「まてよ! ルナ! 忘れてんぞ!」
ラースの声が、ざわめくフレア本部の空気を突き抜けた。
思わず振り返る。彼が差し出したのは――燃え上がる紋章を右肩に描いた、シンプルでありながら堂々としたデザインの服。
その服はただの制服ではない。
あたしにとって、それは思い出であり、憧れであり――十年前のあの時の、命を救ってくれたあの人を思い出させる象徴でもあった。
「これでお前も、フレアの一員だ!」
ラースの声は朗々と、確かな重みを帯びていた。胸の奥がぐっと熱くなる。
目の前の服には、憧れと希望が詰まっている――そして、これから歩む道の証でもあるのだ。
「……うん!」
小さく頷くと、身体中に力がみなぎる。あたしはもう、ただの元お嬢様ではない。
胸にこの紋章を纏う限り、あたしはフレアの一員。太陽の消えた世界を取り戻すために、ここに立つ――。
「さぁ、初仕事だ。」
ラースは軽く肩を叩き、先を指さす。
その視線の先には、まだ見ぬ街の光と、太陽の行方を追う道が広がっていた。
深く息を吸い込む。胸の中で小さく誓う――あのとき助けられたあたしの命と、あの赤いマントの人が残してくれた希望を、絶対に無駄にはしない、と。
フレアの裏切り者って聞いたけど
助けてくれたことは、本当だから。
「もう大丈夫だよ」
あの時の言葉があたしを突き動かす
走り出した。
砂ぼこりを蹴り上げ、光の影を追うように、フレアの一員として、太陽を取り戻す旅の第一歩を踏み出した。




