フレアの現実2
「ただいまーっと」
木製の扉が軋む音とともに、ラースが気の抜けた声を上げた。
その後ろで、ルナは胸の鼓動を押さえるように両手を握った。初めての挨拶、初めての顔合わせ。勇者の部隊と聞いて緊張していたのだ。
だが、扉の向こうの光景を見た瞬間、彼女の意識は凍りついた。
そこに広がっていたのは、想像していた華々しいギルドとは程遠い、重苦しい空気だった。薄暗い部屋には、ため息とくぐもったぼやきが漂い、誰も彼もが疲れ切った陰の表情を浮かべている。
――なにこれ。
――あたしの知ってる“フレア”じゃ、ない。
「……あ、あの……?」
勇気を振り絞って声を出した瞬間、部屋の奥で腕を組んでいた大柄な中年の男の耳がぴくりと動いた。
「……おい。何もんだ」
その低い一言に、空気が震えた。圧に押され、ルナは一瞬怯む。だが負けるわけにはいかない――自分にそう言い聞かせ、胸を張った。
「あ、あたしはルナ・ウィルメイビス! フレアに加入したくて、ここに来たの!」
沈黙。
沈黙。
さらに沈黙。
(無視? 感じ悪っ……いやこれ絶対違うでしょ……)
喉元まで「思ってたのと違う」と叫びかけた、そのときだった。
「「「久々の加入者だあああああああ!!!!!」」」
「「「うおおおお! 祭りだ祭りだああーーー!!!」」」
「へっ!?!?」
爆ぜるような雄叫びとともに、先ほどまでの重苦しさはどこへやら、彼らは椅子を蹴り立ち上がり、歓喜の渦が広がった。
「ルナ、驚いたか? これが“サイレントトリートメント”ってやつさ。はっはっは!」
「え? えぇ???」
混乱が追いつかない。
その混乱をさらにかき回すように、奥の強面の男がルナの手をがしっと握った。
「嬢ちゃん……! 嬢ちゃんが俺たちの組織に加入してくれるのかい!? よかった、よかった……救世主だ……! ラース!」
「なんだよ、ゾルのおっさん!」
「よくぞ新人を連れてきたな! それに免じて朝帰りの件は見逃してやる! はっはっは! ほら嬢ちゃんも盛り上がれぇ!!」
……いや、盛り上がれと言われても。
完全に置いていかれたルナは、引きつった顔のままラースを見上げた。
「あ、あの、仕事中なんですよね……? 消えた太陽の調査するっていう……」
ゾルと呼ばれた男は、急に真面目な顔つきに戻り、どっかと椅子に座った。
「ほう……嬢ちゃんも、消えた太陽を追ってる口か」
「ええ、まあ」
ゾルは顎をさすりながら、彼らが太陽を追う理由を語り出した。
消えた太陽の真相を突き止めた者には、国から“生涯遊んで暮らせるほどの賞金”が出る。
その噂を聞き、腕利きの冒険者たちが集まった――のは昔のこと。
妨害、行き詰まり、手がかりゼロ。組織は次々と人が辞め、資金は尽きかけ、残ったのは金に飢えたベテランや、ラースのような若い人がちらほらと……もはや意地で続けている者ばかりだった。
「……賞金が、ほしいんだな?」
「は?」
拍子抜けした声が漏れた。
――憧れた“太陽を追う英雄のギルド”とは、まるっきり違う。
けれど、彼らも彼らで事情があるのだとルナは悟った。
理想より、現実の方がはるかに手強い。
その日のうちに案内された寮――という名の社宅に入った瞬間、ルナはさらに絶句した。
蜘蛛の巣、蜂の巣、飛び回るハエ。鼻をつく悪臭。床の染みの正体は考えたくもない。
(……ここで、暮らすの? あたしが?)
元お嬢様である自覚はあったが、これはその次元の話ではなかった。
だからこそ、ルナは迷いなく街へ出て、人生初の“首都でのお買い物”を行った。
買ったのは――消臭スプレーと殺虫スプレー。
(……なんで首都で最初に買うのがこれなのよ)
タオルを頭に巻き、マスクを付け、手袋をはめる。
「さあ、掃除開始よ!」
「おー!」
「なんでラースもいるのよ!? プライバシー!?」
「新人だし、俺も行けってさ」
「プライバシーは!?!?」
叫んでも無駄らしく、ラースはすでに腰に刀……いや、つまようじを携えていた。
「名月・弥生ノ太刀応用――つまようじ!」
高速で蜂を突き落としていくラース。
効率は……微妙だが、妙に速い。うっかり感心してしまった。
「ありがとラース! 早く終わったわ!」
「俺も入りたてのとき手伝ってもらってたからな。当たり前だろ!」
そんなやり取りを交わしながら、二人で部屋を一掃する。
汗まみれになりながらも、最後に残った悪臭が消え、埃が晴れ、ようやく“部屋”と呼べる空間になった。
ベッドに倒れ込んだルナは、深く息を吐く。
(ベッドくっさ……)
野宿の経験もある。どんな場所でも眠れるようになった自分に、皮肉でもあり、成長でもあると苦笑しながら、ゆっくりと瞼を閉じた。




