フレアの現実1
そして翌朝。
晴天――というより、朝から肌を刺すような暑さだった。人工太陽はすでに高く、夏の光を容赦なく降り注いでいる。半袖と短パンで寝たのは完全な失敗だった。夜の間に何度刺されたのか、顔も腕も脚も、どこもかしこも赤く腫れ上がっている。
「かゆいなーもー!」
これが目覚めて最初の言葉ってどうなのよ。
せっかく野宿に慣れてきた気がしていたのに、身体中が騒ぎ立てるように痒くて、テンションは最悪だ。
「うぃーす。えっと……」
声のほうを見ると、ラースが寝癖を立てたまま、のそのそと起き上がっていた。
「起きたのね、ラース。あと、私ルナね」
「あぁ、そーだったな。ルナ、おはよ」
軽く笑って返すラース。その顔は無邪気と言えば無邪気だが、同時に申し訳なさそうな色も混じっている。そして次の瞬間、案の定、余計なひと言を放り込んできた。
「おれ、道迷っちまって…………」
私はまたしても宇宙猫になった。
首をかしげて固まるしかない。
Hun???
「あんた、アルメリア住みなんじゃないの!?自分の街までの道で迷う!?普通!?」
「おれ方向音痴で……すまん。道案内してくれ!」
滞在人の私が、首都住みのあんたに道案内……?
なにその逆転現象。こんなことある?
でも――私は内心でガッツポーズする。地図を持ってきていたのだ。元お嬢様の準備力をなめないでほしい。
「とりあえず着いてきなさい? 目的は合致してるんだから」
ラースはほっとした表情で頷いた。
そうして、私たちは門へ向かって歩き始めた。
しばらく歩くと、巨大な城門が視界に入り始める。
近づけば近づくほど、人工太陽の光に反射した白い壁が眩しく、威圧感を増していく。
「門の前に着いたわね! さっそく証人になってほしいからお願いね!」
「まぁ約束だしな! おーい、門番さーん!」
ラースが手を大きく振る。
門番は最初、のんびりとした顔をしていたが――ラースを見た瞬間、心底呆れたように眉をひそめた。
「おいラース……またお前、道に迷って朝帰りかよ……」
「しゃーねーだろ。俺方向音痴なんだよ。仕事は終わらせたからいいだろー?」
まるで日常会話のように言い返すラース。
どうやらこれは“いつものこと”らしい。
門番の視線が、こちらに移ってくる。
私を見る目には、警戒がはっきりと浮かんでいた。
「それにしてもそいつ……証明書ないのに、この門の中入ろうとしたやつじゃねーか。ラース、どうしたんだよ??」
「あー、証明書ねえから証人になったんだよ」
ラースが軽く答えると、門番はバツが悪そうに眉を寄せ、私に尋ねる。
「ここに来た目的はなんだ?」
私はためらわなかった。
「あたし、フレアに入りたいの!」
その瞬間、門番の顔が引きつった。
本気でドン引きしている。
「おまえ、まじで……? アレに入りたいの……?」
「当たり前じゃない! あたしを救ってくれた組織よ?」
「ま、まぁ好きにしろよ? ほら、開けてやる」
門番は匙を投げたように肩をすくめ、門を開いた。
私はその反応の意味が分からず首を傾げるしかなかった。
だが――その謎はすぐに理解することになる。
門を越え、フレア本部へ向かう細い道を進む。
レンガ造りの街並みを抜け、目的の建物の前に立った瞬間、私は息を飲んだ。
――空気が重い。
入り口をくぐった途端、辺りの空気がひやりと冷たく淀み、張り詰めた緊張感が肌を刺す。
そこに漂うのは崇高さでも、英雄たちの誇りでもない。
もっと、別のものだ。
疲弊。
絶望。
焦燥。
かつてあたしを救ってくれた“あの背中”のイメージとは、あまりにも違う。
そして――理解した。
門番の引いた顔の意味も。
ラースの複雑な沈黙も。
フレアは、壊れかけていた。




