ラース・トライズン
「あんたは……さっきの……!」
思わず声が途切れた。
喉が驚きに詰まり、息すらうまく吸えない。さっきまで地面に倒れ、やつれ果て、どこか影の薄い青年だったはずなのに――今はまるで別人だ。軽快な笑みを浮かべ、背筋を伸ばし、空気まで明るくするような気さくさで私に話しかけてくる。
本当に同一人物なのか?
いや、あの紋章――燃え上がる炎の意匠は、たしかにさっきと同じものだ。それでも、あまりの変貌に私の脳が認めることを拒んでいた。
「おう! さっきの食料、ありがとな! なんかお礼してーんだけど……」
屈託のない笑顔で、彼は頭をかきながら言った。その様子は、助けられた側とは思えないほど飄々としている。
いや、むしろ――助けたのは私の方なのだけれど。
「お礼なんかいらないわよ。助けてもらったことには、あたしのほうこそ感謝してるし」
少しだけ胸を張るような言い方になってしまったのは、たぶん癖だった。誰かの役に立てたと示すとき、私はどうしてもこうなる。お嬢様として育てられた矜持の名残かもしれない。
「いーからいーから!」
彼は手をひらひらと振る。まるで幼馴染にでも向けるような気安さだ。
――ならこっちも本題に踏み込むしかない。
私は深呼吸し、満面の笑顔をつくる。これでもかというほどの押しの強さで、手を突き出した。
「じゃあ…わかった! あたし、この首都に入りたいんだけど証明書が無いから、証人になってくれるよね! はい!」
すでに了承されたかのように、当然の顔で言い放つ。
彼は目を見開き、唖然とした顔で叫んだ。
「礼するとは言ったけど、態度が厚かましっ!?」
「はぁ!? 礼するって言い出したのそっちじゃない!」
「いや、そうだけどよ! おまえ、その押しの強さなんなんだよ!? 渡さねーぞ!」
「渡さなくても、あたしの魔法でトビラ開けられるしー!」
「侵入は罪重いぞ!? かなり!」
「申し訳ありません! 証人になってはくれませんか!!」
私は勢いのまま、地面に手をつき――超高速土下座。
人生でやることになるとは思ってもみなかったが、これも生きるため、そして〈フレア〉に近づくため。
「素直だなおい……」
呆れたような、だけどどこか和んだような声が上から降ってきた。
その夜、二人で野宿をすることにした。門はとうに閉ざされ、首都の明かりは遠い。虫の鳴き声が響く草地で、私たちは荷物を下ろし、少し距離をとって腰を下ろす。
焚き火の赤が彼の顔を照らす。さっきの軽薄な雰囲気とは違い、穏やかな横顔だった。
「……あたし、ルナ・ウィルメイビス。あんたは?」
「てかもう馴れ馴れしいなお前(笑) ……俺は、ラース・トライズン。”フレア”の一員だ」
やっぱり。
胸のどこかが熱くなる。なんせ憧れの人が諸族してたんだから。あのとき救ってくれた赤い背中。その象徴を、彼は確かに背負っている。
「あんた、やっぱりフレアだったのね」
「なんだ、フレア知ってたのか」
「あたしは昔、フレアに助けられたんだ」
ラースは火の粉のように視線を彷徨わせ、少し間を置いて言った。
「……他もそうだが、フレアが今どうなってるか知ってるか?」
「今直面している“太陽消失問題”を終わらせることでしょ? あたし、フレアに入りたいの」
その瞬間、ラースの瞳に一瞬だけ影が差した。
言葉にしない複雑さ――誇りか、苦悩か、それとも別の何かか。
「………………そ、そうか!」
笑ってみせたが、明らかな強がりだと分かった。
焚き火の火がぱちりとはじけ、私は横になりながら夜空を見上げた。星を隠すように人工太陽が照りつける、奇妙な世界の夜。それでも私は明日を思った。
――明日の昼前、門前に着く。
ラースが証人になる。
そして私は首都へ入り、フレアのもとへ進む。
その全ては、もう決まった未来のように思えた。
「ひとまず今日は寝よう。明日は……私にとって人生の、一歩踏み出す日だから」
まぶたが重くなり、思考が柔らかく沈んでゆく。
土の匂い、焚き火の温度、虫の羽音。
どれも慣れないけれど、不思議と怖さはなかった。
隣に、ラースがいるからだ。




