月光
倒れている黒髪の青年に、私は――躊躇なく――私の最後の食料を与えてしまった。
――ああ、なんてことをしてしまったのだろう。
こんな奴に構っている場合じゃない。生き延びなきゃ、私は!
でも、もういい。
この人は今の私にとって、そんなに重要じゃない。
今必要なのは――首都アルメリアの門を突破する方法、そう、証明書の問題だ。
そして、ある考えが閃いた。
――私の能力を使えば、侵入できるんじゃないか?
“ドアを開け閉めする魔法”。
小さく呟く。
「ふっふっふっ……首都の門を魔法でこじ開けて、深夜に侵入してやろうじゃないの! 我ながら天才ね!」
犯罪である。
――本来なら、この思考は慎重になるはず。
しかし、過酷すぎる環境と慣れない野宿で、私の思考回路は完全にバグっていた。
そんなことはさておき、私は本能のまま、首都アルメリアを目指す。
暗闇が深くなり、体力は限界に近づいている。徹夜は地獄だ。
寝る準備をしながら、ふと空を見上げる。
「三日月……かぁ……」
あの日、助けられた日の夜も、確か三日月だった気がする。
胸がぎゅっと痛み、あの背中を思い出す。
――やっと、眠れる。そう思った瞬間だった。
「よぉ。メイビス家の元、嬢ちゃん。」
悪寒が背筋を走った。
――なぜ、こんな輩たちが私のことを知っているのか?
「だ、だれよ、あんたたち!!!」
「いーじゃねぇかよ。こんな夜に女が出かけてりゃ危ねーぞ? 俺らみたいな奴らに狙われるんだろ???」
ゾロゾロと、数人の男たちが現れた。
全員、悪意に満ちた笑みを浮かべている。
「あ、あたしに手を出したらどうなるか――」
言葉を飲み込む。
そうだった、もう私はメイビス家の令嬢じゃない。
理想も仮面も、もう意味はない。
「……あたしがビビるわけないじゃない!! この輩!」
咄嗟に唾を飛ばした。
――我ながら気が強い。
でも、そんな気合も虚しく、次の瞬間、拳が私の頬を打った。
――殴られる。
メイビス家の人質として扱われ、力なく地面に押さえつけられる。
せっかく、フレアまでもう少しだったのに……。
もうだめ、私は目を閉じた。
その瞬間――。
「だ、誰だこいつはァァ!?」
「うわぁ!逃げろ!」
悲鳴が響く。
「こ、こいつ……!!まさか……フレアの……」
暗闇から、圧倒的な魔力の気配が現れる。
そして同時に――
【名月・弥生ノ太刀】
――その名が夜空に轟いた。
鎌のように鋭利で、空間さえも切り裂く技。
目の前の敵たちが、一瞬で次々と倒れていく。
「“月光”だぁぁぁぁ!? ぐわあぁぁぉぁあ!?」
振り返る間もなく、仲間は討たれる。
黒衣の死神のような存在が、三日月の光に照らされて立っていた。
――その姿は、まさに。
“月光”
三日月に照らされ、赤い紋章が燃え上がるその背。
「あの人は___!」
人は違えどかつて憧れた、あの背中の再来。
先程見た人とは思えない、圧倒的な力と存在感に、私は言葉を失った。
この瞬間
あたしとラースの出会いが確かに私たちの運命をを動かし始めたのだと思う。




