世間知らずの元お嬢様(こっちがep3)
出会い、世間知らずの元お嬢様
順番間違ってました
メイビス家を離れてから、まだ一週間も経っていない。
けれど、それまでの十八年よりも、今の数日の方がずっと息ができる気がした。
あの屋敷にいた頃の私は、まるで“完璧な人形”だった。
背筋を伸ばし、口角を保ち、決められた言葉しか話せない。
メイビス家の名の下に、感情を失くしていく自分が嫌でたまらなかった。
だから、私は出た。
――“太陽を取り戻す”という組織、〈フレア〉を目指して。
かつて私を救った、あの背中のようになりたいという憧れだけを胸に。
それにしても……。
旅というのは、こんなに面倒なものなのね。
道の埃は靴にまとわりつき、風は髪を乱し、服はすぐ汚れる。
でも、心のどこかで私は笑っていた。
――これが“生きてる”ってことなんだって。
皮肉なことに、メイビス家で叩き込まれた教養は、今になって役に立っている。
地図の読み方、言語、計算、歴史、全部“強制的に”身につけさせられた。
おかげで道に迷うこともなく、最低限の生き方はできている。
……ただ、一つだけ、大きな問題があった。
「――魔法の使い方、わかんない。」
ぽつりと呟いた言葉が、風に流れた。
魔法。
この世界のすべての基盤であり、文明を支える力。
貴族であるメイビス家に生まれながら、魔法に関しては宿すのが遅く、私は魔法を“使ってはいけなかった”。
家の掟で、未熟なうちは魔力の制御を許されなかったのだ。
子どもの頃、一度だけこっそり魔法を使おうとしたことがある。
その結果怒鳴られ、泣き、二度と魔法に触れないと誓った。
だから、今になって使えと言われても、何をどうすればいいか分からない。
「……このあたしが……! この程度の魔法しか使えないなんて!」
苛立ちが爆発して、思わず叫んでしまう。
私ができるのは――遠隔でドアを開けるくらい。
そう、“ドア限定”。
よりにもよって、ドア以外は反応しないのだ。
メイビス家で試した時ほんとブチ切れた。
「なにこれ!? ドアしか開けられないって!? どういう仕組みよ!!」
あたしのプライドが、それを絶対に許さない。
けれど同時に、なんだか情けなくて笑ってしまう。
まあ、フレアに入って、実力を見せて、太陽の謎を解いて、
……あの人にもう一度会えれば、それでいい。
死ぬ前に、もう一度だけでいい。
――あの、赤い紋章を背負った背中に。
私はそう心の中で呟いた。
地図を開くと、遠くに大きな印が見える。
そこには、こう記されていた。
「首都アルメリア」
アルメリア帝国の中心にして、数多の組織が集う地。
フレアもきっと、そこにある。
「よし、決まりね。」
私は気合いを入れ直し、靴の泥を払って歩き出した。
……そして、運命の“門”に辿り着いた。
高くそびえる城壁。
その前に立つ門番の男が、鋭い眼光で私を睨みつけた。
「おい、貴様。」
「ほぇ?」
思わず気の抜けた声が出た。
「首都アルメリアの領地に入るならば、証明書を見せろ。」
「……証明書? って、なに?」
門番の表情が固まった。
数秒の沈黙。
そして、ため息。
「貴様、旅人か? まさか、そんなことも知らんのか。」
「え、えっと……」
言葉が出ない。
ああ、そうだった。
私は“メイビス家の令嬢”であって、“世間”を知らない人間だった。
「ちょ、ちょっと! このあたしを誰だと思って――あっ、違う、もうメイビス家じゃないんだった……」
門番は呆れ顔で腕を組んだ。
そして、あっさりと手で追い払われた。
「用件がないなら帰れ。無証明者は通せん。」
「こ、こんな扱いって……っ!」
私は悔しさで歯を食いしばった。
でも、門の向こうに見える煌びやかな街並みは、私をさらに強く惹きつけた。
どうしても、あそこへ行きたい。
あの光の中に、“私の未来”がある気がした。
――でも、門は閉ざされたまま。
その夜、私は決意した。
人生で初めて、野宿をすることを。
夜風は冷たく、地面は固く、虫の声がうるさかった。
だが、それでも心は不思議と穏やかだった。
「……これも、自由ってやつかしらね。」
星のない夜空を見上げながら、私はぽつりと笑う。
知らなかった。
この首都の外域が、いくつもの組織の抗争地になっていることを。
そして、この夜の出会いが、
――私の運命を大きく変える“始まり”になることを。




