出会い(こっちがep4)
メイビス家を出て3日程が経つ。
それにしても――虫が多い。汚れる。ベッドはない。汗は止まらない。
この環境でどうやって寝ろっていうのよ。
「寝れるかーーーっ!!」
叫び声が夜の空気を震わせた。人工太陽が沈み、夜の帳が降りる。空に月はなく、代わりにぼんやりと浮かぶのは、人工光源が生み出す白い幻の輝き。
けれど、それがどんなに文明的でも、ここはただの野宿地。地面はボコボコ、湿気は最悪、そして
「また虫に刺された!!もーーーっ!なんなのよーーー!!」
腕も足も真っ赤。掻きむしった跡が痛むたび、貴族の頃の柔らかな肌が遠い過去に思えた。
もう嫌。もう歩きたくない。――そう思っても、ここで立ち止まるわけにはいかない。
食料はある。……あるはずだった。
家を飛び出す前、メイビス家の冷蔵庫からこっそり拝借してきた高級食材の数々。
だが、私は知らなかった。人工太陽の熱調整で季節が変わるこの世界――今は夏。しかも、この地は灼熱地帯。
1日ならギリギリ持つかもしれないが当然、数日も冷蔵もされずに食べ物を持ち歩けばどうなるかなんて、教わっていない。
メイビス家の食卓には、いつも完璧な温度と味の料理しか並ばなかったから。
「……なんか、変な匂いがする。」
風呂敷を開けると、甘酸っぱい腐臭が鼻を刺した。中身はどす黒く変色し、もう原型を留めていない。
「……く、腐ってる……?食料が……ナイ……え、食べ物って……腐るの?ほぇ???」
愕然と立ち尽くす私。頬を伝う汗が涙に変わる。
――まさか、食料の管理ミスで人生詰むとは思わなかった。
「オワタ……オワタ……いや、待って……!このあたしがこんなところで終わるわけにはいかないの!」
まだ、腐ってないものが一つだけ残っている。一食分。
私は震える手で風呂敷をまとめ、再び背負い直した。
「……よし、食べよう。」
そう呟いたそのとき――視界の端で、何かが倒れていた。
人影。道の脇、砂埃の中に、ひとりの青年がぐったりと倒れている。
「ちょ、ちょっと!?大丈夫!?」
私は駆け寄った。
あの時の――あの“背中”が脳裏をよぎる。
幼い日のあの瞬間。助けられた自分。救われたあの声。
今度は、私の番だ。
「もう、大丈夫よ。」
震えながらも、優しく声をかけた。
その青年がゆっくりと顔を上げる。黒髪が陽炎のように揺れ、目はどこか焦点が合っていない。
けれど――その服に刻まれた紋章を見た瞬間、私は息を呑んだ。
燃え上がる炎のような紋章。
それは、私が憧れ続けた組織――“フレア”の証。
胸の奥が高鳴る。
この人は……もしかして、私を救ってくれたあの“誰か”と関係があるのでは――。
そう思って声をかけようとした瞬間、青年は口を開いた。
「……はらへった……みちまよった……。」
――バタリ。
地面に倒れ込む音。
あっけなく、再び沈黙が訪れた。
「…………。」
思わず宇宙猫のような表情になる。目が点、口が半開き。現実に戻るまで数秒を要した。
「え、ちょっと……嘘でしょ。なにこの人……。」
私は呆然とした。
目の前で倒れている青年の服には、確かに“フレア”の紋章がある。けれど――その姿は、私の憧れとは程遠かった。
情けない。頼りない。
“英雄”という言葉のかけらもない。
胸の奥にあった理想が、一瞬で崩れ落ちる。
それでも、放っておけなかった。
――放っておくのは間違ってるから。




