木使い上手
補給場の大地は、ほんの数分前まで何もない砂色の荒野だった。
だが今は違う。アイクスが投げ込んだ無数の木片が根を張るように大地へ刺さり、そこから一気に樹木へと姿を変え――まるで古よりそこに森があったかのように鬱蒼と茂り始めていた。
風が通る。葉が擦れ合う。
それは自然の音ではなく、人工的に生み出された“魔力の森”の息遣い。
アイクスはその中心に立ち、周囲を巡る木々の響きに耳を澄ませていた。
(吹き飛ばしたキリル……どこに隠れやがった?)
人の気配は木々の揺れから読み取れる。
だが――風が止んだかのように周囲の木々は沈黙し、敵の位置を一切告げてこない。
その瞬間。
――ズチュンッ!
背後から、空気を焦がすような音が走った。
振り向くと同時に炎の矢が飛来し、アイクスの頬をかすめて通り抜ける。
「……炎、ね。俺に不利な属性だな」
炎は木を焼き、木は炎に弱い。
アイクスの能力は強力だが、相性の悪さは覆せない。
避けきったとはいえ、かつてない鋭さだ。
警戒を強めすぎて神経が尖りすぎたか、反応が一瞬遅れたのを自分でも感じていた。
「ニアの嬢ちゃんにも出来そうだな……」
呟いた途端、反対側からまた一本、そして斜め上、足元すれすれ――あちこちから炎の矢が雨のように飛んでくる。
四方八方。
音の反響も、木々の揺れも、矢の熱で乱され位置が特定できない。
「それにしても……新入りの癖してなかなかやるな、こいつ」
だがそこまで言ったあと、アイクスの雰囲気がふっと緩む。
肩の力を抜き、耳の後ろを指で掻き、まるで戦いをしている最中とは思えない脱力した空気をまとった。
「いけねーいけねー。つい俺のしたことが……これじゃあ、聞けねぇよ」
呑気な口調に切り替わるアイクス。
その変化を見て、森のどこかに潜むキリルは――“隙だ”と判断した。
自信に満ちた魔力とともに、最も強い熱量をもつ炎の矢が放たれた。
木々を焼き焦がすのではないかと言わんばかりの高熱が一直線に迫る。
しかしアイクスは一歩も動かない。
炎の矢が迫る瞬間、彼は小さく――聞くように呟いた。
「木の声が……お前を教えてくれる」
風もないのに、周囲の木々がざわりと揺れた。
それはまるでこの場の全ての木が、一斉に“そこだ”と告げるように。
「……葉擦れの音がうるせぇよ。
あらら……“早く倒せ”って抜かしてやがる。
しゃーねぇ。炎は嫌いだよな、――てめーら」
アイクスは片腕を森の奥へ向け、静かに宣言した。
「木々の願い、承ろう」
“木々の憤怒”
瞬間、周囲の人工樹が一斉に震え上がった。
幹から枝が突然うねり、まるで生き物のように方向を変える。
無数の枝が一本、また一本と鋭い棘のように伸び――
何の気配もなかった空間へ、一斉に突き刺さった。
「――ッぐあああああああっ!!?」
悲鳴が上がった。
そこにいたのは、炎矢を放ったキリル。
木々は彼の隠れた位置を“教える”かのように、迷いなく直撃し、全身を絡め取って動きを封じる。
炎が散り、魔力が弾け、枝が焼ける匂いが広がったが――押し切れない。
それほどまでに、木々の怒りは恐ろしいものだった。
「はぁ……木の声聞いてたら、頭疲れんだよ」
アイクスが言うと同時に、キリルの身体が地面へ落ちた。
目を回し、完全に戦闘不能。
すると、周囲の巨大な樹々はゆらりと揺れ――次の瞬間、すべて小さな木の枝へと姿を戻し、ただの枯れ木のように地面へ落ちていった。
森は跡形もなく消え去り、補給場は再び乾いた荒野へ戻る。




