ドラード
あたしとラースとアイクスは、夜闇に紛れ、首都の門を静かにくぐり抜けた。まだ街の灯が眠る時間帯。周囲に他の組織の目がないことを祈りつつ、慎重に足を進める。首都の外へ出られる道は、この巨大な門しかない。反対側にある魔力装置――目的地――まで行くには、どうしてもこの道を通るしかないのだ。
勝手に壁を乗り越えたりすれば、センサーに引っかかり、たちまち逮捕される。そんなリスクは冒せない。
ルナは小さな声で尋ねた。
「この車……どこから?」
アイクスが淡々と答える。
「不法駐車だ」
「なにしてんのよ!!!」
怒鳴った途端、ラースが小さく舌打ち。
「声がでかいぞ、ルナ」
「あんたら(ラース&アイクス)のせいよ!」
そのまま三人は、地面に放置された車に乗り込む。
エンジン音が暗闇を切り裂く。緊張と興奮が同時に心を満たす。
「アイクスさん、まさか……」
「ぶっとばせ!アイクス!」
アイクスがアクセルを踏む。車が跳ねるように前に飛び出す。
砂埃と夜気が渦を巻き、車体は揺れる。距離は遠く、速度は命綱だが――それにしても速すぎる。
「あああああああああああああ!」
「た、確かに距離遠いけど、でも早すぎるって!」
車体は道なき道を縫うように進む。首都の外は街の舗装道路などなく、荒れた大地が続くのみ。安全な道などほとんどないため、車は常にガタガタと揺れ、魔力攻撃や障害物の衝撃が加わるたびに、体が跳ね、命の危険をひしひしと感じる。
首都の法律など、この場所では意味を成さない。完全な無法地帯だ。息を詰めながらも、胸の奥で怒りが湧き上がる。どうなってんのよこの世界……ふざけんな……。
「まだまだぶっとばせーー!!アイクスー!」
「おけ。あ、木があるな。借りるぜ」
アイクスはハンドルを握りながら、淡々と魔法を展開する。横に生えていた樹木が、ほんの一瞬で根元からなぎ倒され、追跡してきた敵の進路を遮った。
「す、すごい……木が一瞬で……!」
ラースが目を丸くする。
「おれは木を操れるからな」
その木の衝撃で追手は減速し、混乱が生まれる。わずかな隙をつき、車は再び加速する。三人は慎重に、しかし確実に補給場へ向かう。
道中も、追手は執拗に攻撃を仕掛けてくる。魔法弾や障害物を避け、木を操り、瞬間的に迂回する。ルナは車内で息を整えながら、指先で拳をぎゅっと握る。初任務での初めての“戦場”が、既に始まっていることを痛感した。
そしてついに、暗闇を切り裂くように補給場が視界に入る。安堵の息が胸をかすめた――その瞬間、異変に気づく。
運悪く、同じ目的を持つ他組織も同時に到着していたのだ。夜の闇に赤や青の光が散り、魔力弾の熱気が空気を震わせている。
胸が悪い意味で高鳴る。戦闘の予感。
だが、これはただ“歓迎”のサインではない。生き残るため、魔力を補給するため――戦いは避けて通れないのだ。
ルナは深く息を吸い込む。心臓の鼓動が耳の奥まで響く。
視線を前方に定め、ハンドルに手を置き直す。胸の奥で、まだほんの少し震える希望を握りしめながら――夜明け前の暗闇に、三人の影が溶け込んでいった。
補給場の入り口に車を横付けした瞬間、焦げつくような魔力のざわめきが肌を打った。風向きが変わったわけでもないのに、空気そのものが歪み、金属の匂いが立ちこめる。
そして、砂煙の向こうから三つの影が姿を現す。
アイクスが短く吐き捨てた。
「……ドラードの連中か」
その言葉にラースも渋面をつくる。
「最悪のタイミングだな」
二人の声には、場慣れした者だけがもつ独特の緊張が滲んでいた。
一方、状況を飲み込めていないルナは、ぽかんと目を見開く。
「ど、ドラードって……何よ、それ?」
ラースが肩をすくめる。軽く見せようとしているが、その視線は油断なく敵影を追っていた。
「同じ目的をもった、敵組織だ。太陽封印の謎──あの賞金を狙ってる」
「ってことは……争うつもり!? 人同士で!?」
叫ぶようなルナの声に、アイクスがゆっくりと振り返った。その顔からは、つい先ほどまでの軽い調子など跡形も消えている。
戦士としての「仕事の顔」だ。
その目を見た瞬間、ルナの背筋にぞくりとしたものが走った。
「妨害してくる組織の存在は、仕事に入る前に説明したはずだ。腹くくれ」
アイクスの声は冷たいわけではない。ただ、揺らぎがなかった。ひとたび任務に入れば、感情を挟まない。それが彼の流儀なのだ。
「覚悟はしてたけど……でも、なんで人と争わなきゃいけないのよ……!」
震える声で絞り出すルナ。その気持ちは痛いほど理解できる。
封印された太陽を巡る旅──それは、本来なら人類が力を合わせて挑むべきものだと、彼女は純粋に信じていた。
アイクスは短く息を吐き、わずかに表情を緩めた。だがそれは、慰めでも情ではない。兵士としての確かな判断から来るものだった。
「安心しろ。命までは取らない。無力化するだけだ」
「そ、そういう問題じゃないんだけど!?」
ルナは心の中で思い切り叫んだが、それを口に出す余裕はなかった。
なぜなら──
ドラードの三人が、同時にこちらへ一歩踏み出したからだ。
砂を踏む音すら掻き消すほどの、重い気配。
彼らもまた、同じ謎を追う探求者。そして、容赦のない競争者。
火花が散る前の、張り詰めた静寂が広がった。
ルナはひとつ大きく息を吸い込んだ。
ここから先は、もう迷っている場合じゃない。
アイクスとラースはすでに臨戦態勢に入っている。
(……やらなきゃだめか…!)
そう小さく心で呟いたとき、補給場の空気が、まるで雷の直前のように弾けた。
「……って……私扉開ける能力で何すんのよ!?!?」




