二大厄災
一章
夜気の匂いがまだ濃く残る午前二時四十五分。日輪の光など影も形もなく、世界は深い紫の帳に沈んでいた。ひやりとした空気に、眠りの残滓がようやく溶け落ちていく。
フレアの仕事は、太陽関連だけではない。いや、本来ならもっと幅広い活動をしているはずなのだが――いまの彼らは、太陽消失という前代未聞の問題、その余波でいずれ訪れる“魔力枯渇”という終末を前に、目の前の依頼をこなすことで精一杯だった。
それでも、二番目に重要だと言われているのが“赤マント”。
だがこの街でその二文字を口にするのはタブーだ。代わりに呼ばれる名が“ヘイト”。フレアが受けた憎悪のすべてを象徴するような、皮肉めいた呼び名。
そして今日の任務は――その“ヘイト”捜索とは別。人工太陽の魔力補給。
初仕事の私は、まだ経験も浅いということでラースとアイクスの二人と組むことになった。
アイクスが歩きながら言う。
「俺らを妨害する組織の連中だ」
「……妨害?」
「目的は、向こうも俺たちと同じだ。だが――」
ラースが肩をすくめた。
「賞金を狙ってる。だから協力すれば取り分が減る。分かるだろ?報酬が減るくらいなら蹴落とす。人間なんてそんなもんさ」
「……意味……わかんない……」
心がきゅっとねじれるようだった。
他の組織と争ってまで、どうして同じ目的の者同士が手を取り合えないのか。
けれど“常識”という言葉が、もう私の中では意味を成さないことも理解していた。
この世界では、正しさより生存の方が優先される。
だから――。
「わ、分かったわよ。文句はないわ」
「ところでルナ。お前、どんな魔法使えるんだ?」
「………………」
あ。
これ、一番聞かれたくなかったやつ。
背筋がひやりとした。
「あ、あたしは……ドアを開け閉めする魔法……しか使えない」
沈黙。
世界が止まったような沈黙。
あーもうフレア人生終わった。
今ので寿命三年縮んだわ私。
そのとき、ラースとアイクスがふっと笑って、私の手をそれぞれ軽く握った。
「お前の場合、扉なら開けられるんだろ?」
ラースがニヤリとした顔で続ける。
「……国の金盗んでもバレねーじゃん」
「犯罪じゃないの!!?」
アイクスまでもが悪い顔で肩をすくめる。
「そうだな。たとえばそれであーんなことやこーんな――」
「ナニいってんのよ!!ていうか急ぐんでしょ!?人工太陽の魔力補給!場所はどこなの!」
「まぁそんな焦るなってルナ」
「焦らせてるのはあんたでしょ!!ラースは月が見えなくなったら魔力切れるんだから急ぎなさいよ!!!」
言い合いが続く間にも、空はじわじわと夜の黒を深めていく。
午前三時。
人口太陽はまだ眠っている。そのわずかな時間、誰かが魔力をためておかないといけない。
四時までに人工太陽への魔力補給が完了すれば、報酬は発生する――そういう決まりだ。
「ほんと、人の醜い部分が出やすい仕事ね……」
心の中で吐き捨てるようにつぶやいた。
でも、それでも。
この組織が生き残らなければ、誰も太陽には手が届かない。
ふと気になり、私はアイクスに声をかけた。
「あの、アイクスさん……」
「ん?」
「どうして集合が二時半だったんですか? 隠密行動なら、日付が変わってすぐの零時でもいいんじゃ……?」
アイクスは足を止め、短く言った。
「“ゼロの怪物”だ」
「ゼロの……怪物?」
ラースが息をつぎ、淡々と語り出す。
「伝説の災厄。鳳に対なる存在――零」
その名が空間を震わせるような重みを帯びていた。
【この世界には“二大厄災”と呼ばれる存在がある。鳳と零。
古の時代、世界がまだひよわな光を灯し始めた頃――
その二つの影が空を割り、大地を踏み鳴らしたとき、
大陸は裂け、空は燃え、魔力の海は干上がった。
やがてすべての文明は灰に帰し、人々は千年にわたり、その名を口にすることすら恐れ続けたという】
闇の中を歩きながら、ラースの声はかすかに低くなっていった。
「その伝説は"今でも本気で”恐れられてる。
だからこの国では法律で決まってるんだ。
零時から二時までは、行動全てを禁ずる――ってな」
その瞬間夜風がひやりと肌をなでた。
まるで、何かが遠くの闇で目を開いたような気がした。




