新たな作戦と持ち掛ける共同戦線
……よかった。本当に、よかった。
皆が俺のことを信じてくれた。成り代わりなんていう荒唐無稽な話を、ちゃんと受け入れてくれた。タリエも、カルも、ロエマも、レミの補足があったとはいえ、俺の言葉を信じてくれたんだ。
これでようやく、俺は一人じゃなくなった。この王城の中で、味方と呼べる人間ができた。それだけで、胸の奥にあった重たい塊が少しだけ軽くなった気がする。
……気がするんだが。
「……あの、タリエ。ちょっと近くねえか」
「あっ、そうでしたか……。すみません、これぐらいが普通だと……」
普通じゃない普通じゃない。どう考えても普通じゃねえよ。
タリエの顔が俺の肩に触れそうなくらいの距離にある。
文官の時も、写本師の時も、ここまで近くなかったぞ。あの頃は敬語で「アシェル先輩」「シェラさん」って呼んでるだけで、適切な距離感を保ってくれてたはずなのに──今はもう完全にその境界線が消え去っちまってる感じだ。
しかも目がキラキラしてやがる。長い時間を経て、尊敬とか後悔とかその他なんか重たい感情とかそういうもんが全部混ざり合ったのかは知らねえが、めちゃくちゃに歪んだような目だ。それを携えて、真っ直ぐにこっちを見つめてきてやがるから……。
嬉しいのは分かるんだが、その視線の熱量がちょっと怖いというか、なんというか。
「その、先輩が生きててくれて、本当に嬉しくて。だから、すみません……」
「いや、傍にいるのは構わねえけど、物理的な距離の話をして……ああ、もういいや」
「はい、傍にいます」
ふふふ、聞いてねえ。
完全に聞いてねえぞコイツ。なんか笑えてきた。
俺の言葉が多分都合いいようにしか聞こえてねえんだ。
へえ……お前ってそういうヤツなんだ。ふうんそう、初めて知った。別にいいけど。
「アシェルちゃん、疲れてない? 顔色悪くない? ちゃんと寝れてる?」
「ロエマさん、俺は大丈夫だから」
「駄目よ~、ちゃんと確認させて。ほら、こっち向いて~?」
「いや俺今日成り代わったばっかりで……ちょっ強い強い強い」
ロエマは反対側に座ってずっと俺の頭を撫で続けてる。
ばつが悪そうな俺を見て、言うが早いか柔らかくて温かい手のひらで、まるで壊れ物を扱うみたいに優しく俺の顔を包み込んだり、そのまま額に手を当てて、熱がないか確かめられたり……次は髪を梳かし始めた。
写本師の頃もロエマには随分と世話になったが、ここまで過保護だった記憶はない。いや、あの頃から面倒見のいい人ではあったけれど、今のこれはもう全部を受け止めようとする気概を感じる。俺が死んだと思っていた期間の分まで取り戻そうとしているのか、その手つきには異様な執念のようなもんが溢れてるみたいだ。
「もう絶対、離さないからね。私の目の届くところにいてね……」
「いや、今の俺、一応王子なんだが。その、もう一回死んだ方が──」
「──絶対ダメ。自分を大事にして。もう二度と死ぬなんて言わないで」
ああうん。今のは確かに失言だったかもしれない。
二度目の喪失を経験したロエマにとって、こうして俺が生きていたという事実は、きっと奇跡みたいなものなんだ。俺もそう思う。何この現象。
だから強く言えない。言えないんだが、頭を撫でる手が止まる気配が全くないのはどうにかならないのか。
「……その、お前も、大変……だな?」
「ははは……」
カルはカルで、向かい側に座ったまま、特に何もしてこない。
タリエやロエマみたいにべたべた触ってくることはないし、言葉数も相変わらず少ないし。その点では助かるぞ。できればそのまま俺を助けてほしいんだが……多分、カルにそういうことはちょっと望みすぎと言うか、可哀想だよな。
「俺は……お前の気の進まないことを、する気は無い」
「おお、そうか。カルはいつも通りで助かるよ」
「ああ……俺は、何があっても──お前の味方だからな」
ああ、カルは思ったより俺に執着してはいないんだな。いや十分してるんだろうし、幻影だって見てたんだから、軽いってことはねえんだろうけど。両隣の二人ほどじゃねえんだろう。
……「何があっても」ってとこにちょっと含みを感じるが。
なんでそんな重てえ言い方すんだよ。普通に「味方だ」でいいだろ。「何があっても」って付けると急に覚悟決まった感じになるじゃねえか。いやまあ、ありがてえんだけど。ありがてえんだけどさ。
なんでこうなっちまったかな。
いやでも、俺だって大切なヤツが死んじまったらこうなっちまうかもしれねえし……この反応が普通なのか?
そう思えば、俺は大切なヤツを一人も死なせてないってことになるから……よく考えれば上出来ってことになるか。
「あらまあ。ご主人様はなんと人たらしなのでございましょうか」
「……嫌なら、お前はどっか行ってくれていいんだぞ、レミ」
「非常に勇気のある発言ですね。『執事長』?」
「あっごめん嘘、やめて一緒にいて」
「はい、『ご主人様』」
*
さて、と。
いつまでもこうしてる訳にもいかねえよな。嬉しいのは嬉しいんだが、俺には今やらなきゃいけないことが山ほどある。
タリエとカルは一応罪人だ。今でこそ無理やり釈放だなんて言ったが、いくら俺が王族だからって問答無用で釈放なんてできる訳がねえ。んなこと言ったら王政の上層部が黙っちゃいねえだろうし、下手すりゃ俺含めて全員再逮捕まであり得ちまう。
「なあ、ちょっと話があるんだが」
「はい、先輩」
「何かしら、アシェルちゃん」
タリエが即座に反応して、ロエマも手を止めてくれた。カルは相変わらず無言だが、こっちを見てるから聞く気はあるんだろう。レミは……まあ、言わなくても聞いてるよな。
「まず、タリエとカルについてだが──お前らをこのまま釈放ってのはおそらく……無理なんだ」
「……それは、分かっています」
「俺たちが、罪を犯したのは……事実だ」
う、うーん……。
機密書類を悪用したのは事実なんだから、そのまま無罪放免って訳にはいかねえのは確かだ。二人ともそれは理解してるんだ。
ただ、二人とも、そんな覚悟はできてるって顔で頷かないでくれよ。俺はこれから──お前たちを助けたいんだから。
「えっとな。だからこうする──俺の王権で強引にこの件を『再調査』ってことにする」
「再調査……ですか?」
「ああ。お前らの件、俺の指示を以てもう一回調査し直すってことにすんだよ」
そうだ。
要は嘆願を受け入れ、この件について再調査するってことにするんだ。そうすれば、コイツら二人の処刑は止めることができる。
周囲からの反対もあるだろうが──決定に近い最終確認の書類が俺のとこに回ってきてるってことは、俺の決定次第でひっくり返すこともできるって訳だ。
「ま、王位継承とやらには影響が出るだろうが……俺は王になる気ねえからな。使える権利だけ好きに使わせてもらおう」
多分、今の俺は「長年王位継承のために頑張って来たアシュレム殿下」っていう風な認識なんだろうが……その認識が生まれたのは──今日この日からだ。皆がそう認識してるだけで、俺自身からすればどうでもいいことでしかねえ。
あの側近には悪いが、俺はもう王位争いなんて気にすることはねえ。
あと、こう言っておかねえと。
もし、『俺は王位争いに興味があるんだ! 皆俺を支えてくれ!』なんて欲深いことを言ったら──
「どうしましたか? ご主人様」
──レミに何をされるか分からねえし……。
「で、だ。再調査ってことにしても、俺は王族だ。政務もしなきゃなんねえ」
……これが問題なんだよな。
側近に見せられた仕事量を考えても、多分、王族ってのは暇じゃねえんだ。
毎日山ほど書類が来るし、会議だってある。全部サボる訳にもいかねえし、かといって真面目にやってたら再調査なんてできやしねえ。そもそも俺はその書類作業ってのができる気がまるでしねえ。
だから、考えた。
「タリエ、お前は文官だったよな」
「は、はい! 先輩と同じで、書記官として働いてました!」
「じゃあ──政府の書類の中身も読めるな?」
「……え? ……は、はい。ある程度は」
よし。
これで一つ目はクリアだ。
「カル、お前は写本師だ。人の筆跡を真似るのは得意だろ」
「……ああ。できるが……それが?」
「じゃあ、俺の……いや、元の王子の筆跡も真似られるか?」
「……多分、見本があれば」
完璧だ。
これで二つ目もクリア。
「つまり──俺がこれから動く上で、政務とかの余計な事情に時間を割かれちゃならねえってことだ。俺は政治のことなんざ何も分からねえし、そんな仕事してれば二人を助けようとしても何もできなくなっちまう」
我ながら悪知恵が働くと思う。
盗賊の時に培った狡猾さがこんなところで役に立つとは思わなかったが。
「だから──俺の書類をタリエが書類を読んで要点をまとめ、それをカルが元の俺の筆跡で清書する。そうすりゃ、俺は政務をサボりながら再調査に時間を使える……どうだ? 二人とも」
「え……あ、はい! 先輩のためなら、喜んで!」
「俺も……俺もだ。お前の頼みなら……やってみせる」
……よし。
なんか、言葉こそ普通だが、二人の目つきが怖いのがちょっと気になる……。
ただ、了承してもらったのは事実だ。
これで、付け焼刃ではあるが──俺の自由に動く時間の確保と、俺の政務を処理する方法が成立できたことになる。
「ただ、お前ら二人を俺の部屋に置いとく訳にはいかねえ」
罪人を王子の部屋に住まわせるなんて、どう考えても無理がある。
側近たちが黙っちゃいねえだろうし、俺の行動がバレたら一発でアウトだ。
「だから──ロエマさん。悪いんだが、建物を一つ貸してくれねえか。名義は俺で。王城の近くで、人目につかねえところ、できるだけでいいから」
「……なるほど?」
ロエマは大家業を営んでる。
二人を匿って、かつ仕事ができる場所を準備してもらえれば──俺の監視下ってことで二人を保護しながら、俺の仕事を代替わりしてもらえる。
「アシェルちゃんのためなら、喜んで。ちょうど空いてる物件があるの」
「助かる。本当に助かる」
「その代わり、ちゃんとご飯食べてね? 無理しすぎないでね? たまには顔見せてね?」
「……お、おお」
条件がそれかよ。いや、ありがてえんだけど。
なんでこう、俺の周りの人間は俺の心配ばっかりすんだ。俺は大丈夫だっての。
「で──最後にレミ」
「はい、ご主人様」
「お前はその建物の護衛だ。タリエとカルは正当な理由だけじゃなく、口封じのためだけに上の連中から狙われてる。暗殺部隊が仕向けられることもあると思う。もしそうなら……分かるな?」
「勿論です。承知致しました」
ロエマの「え、レミちゃんにそんなこと頼むの?」っていう反応は悪いが無視だ。
殺さない程度に、ってことは分かってもらえてると思うが……でもまあ、レミがいれば誰も手出しできねえだろう。そこは信頼してる、コイツの強さは本当に異常だ。
「とにかく、今後はそういう風に動こう──いいか、皆?」
……よし。全員分かったって顔してる──これで今後の方針は決まった。
タリエとカルを匿って政務を手伝わせる。ロエマに建物を借りて、レミにそれの護衛をさせる。その間に俺は再調査って名目で動き回る。これで、全員安全に国の腐敗から抜け出すのが今の目的だ。
王位継承への悪影響? 知らねえよ。俺は王になる気なんてねえ。
エリザベト、王座はお前にくれてやる。俺はただ、大切な皆を守ればそれでいいんだから。
*
「……で、なんでお前はここに残ってるんだ、レミ」
「いえ。些細なことなので」
……なんか言いたいことでもあんのか。お前と一緒にいるだけで肝が冷えるんだが。
ほら、早くしねえと側近たちが目覚めちまうかもしれねえし。惜しそうな顔して一旦牢に戻ったタリエとカル、困惑しながら一旦外に帰っていったロエマをお前には見習ってほしいんだが。俺だって急いで手続きしねえといけねえんだし。
「今日、ロエマ様と出会うことになって、ご主人様の──助けになれましたでしょうか?」
「え? ……ああ、それはもう。勿論」
何だコイツ? 急に何を言いたいんだ?
ほら、お前には後でロエマに事情を話してもらうって仕事があるんだから──
「──では、私がロエマ様を唆して嘆願書を書かせた判断は間違っていなかったということですね」
「──んぐっ!? げほっ、げほっ!?」
「ご主人様の助けになれたようで。このレミ、大変嬉しく──」
「帰れ! さっさと帰れえ!」
*
……あれから数日が経った。
目覚めてぼやぼやしてる側近たちに、反対を押しのけて命令して。「ロエマの嘆願は認めた」「再調査を命じた」って体で動かすことにした。側近たちも気絶から目覚めた後は何も覚えてねえみたいで、俺が適当に誤魔化したら普通に納得してくれた。レミの殺気ってのは記憶まで飛ばすのか。便利なんだか恐ろしいんだか分からねえな。
当然王位がどうのこうのって言われたが全部無視して押し通した。多分今頃印象は最悪だろう。
で、タリエとカルはロエマが準備してくれた建物に移して、一応王家の警備が監視をしているって条件を渡されたが──部屋そのものにはレミを護衛につけさせた。
俺の政務は二人が処理してくれてるおかげで、ところどころ怪しいところはあるが、表向きは何も問題なく回るようになった。まだ体調がすぐれないってことで会議とかの、俺自身が単独で対応しなきゃいけない案件は後回しにしてるが……一応なんとか首の皮一枚繋がってる。
「ただ、これで終わりって訳にはいかねえよな……」
再調査って名目で時間を稼いでるだけで、根本的な解決には何も至っちゃいねえんだ。王政上層部の連中がヴェインもとい光明の教会と繋がってて、その口封じのためにタリエとカルを処刑しようとしてた。それが事実なら、いつまでも再調査なんて言い訳は通用しねえ。そのうち上から圧力がかかってきて、俺だけの権限じゃどうにもならなくなる。
だから、次の手を打たなきゃならねえ。
俺の目的はヴェインとの癒着を明るみに出し、王政上層部の腐敗を暴くことだ。
そうすりゃ、タリエとカルが狙われる理由もなくなるし、二人の罪だって軽くなるはずだ。機密書類を悪用したのは事実だが、その目的が国の腐敗を暴くためだったってことになれば、話は変わってくる。何なら無罪だって認められるかもしれねえ。
問題は、どうやってそれを実現するかだ。
俺一人じゃ無理なのは分かり切ってる。いくら王子だからって、王国全体を運営してる政府そのものに対し、一人だけ反旗を翻して全部相手にするのは荷が重すぎる。
そのためには味方が必要だ。それも、権力を持ってて、腐敗を許さねえような、そういう人間が。
……で、俺は一人だけ、心当たりがある。
ただ、ソイツに話を持ちかけていいのか、正直迷いどころだ。
だって、ソイツがクロじゃねえって保証がねえんだ。上層部と繋がってる可能性だってゼロじゃねえ。もし俺の読みが外れてたら、全部が水の泡になっちまう。俺の計画もそこから漏れ出して、全部がバレちまって、ロエマやレミにだって影響が出かねない。
「でも、他に選択肢がねえし……」
俺が信用できる人間で、かつ権力を持ってるヤツなんて限られてる。
タリエやカルやロエマやレミは信用できるが、王政に直接的に関与できる権力はねえ。逆に権力を持ってる連中は、誰が腐敗に関わってるか分からねえから信用できねえ。
そうなると、残る選択肢は一つしかねえんだよな。
──『そう。あの人は格好いいとか、見た目が綺麗とか、そういうのもあるけど、それ以上にこの人なら国を任せられる、任せてもきっと問題無いって思える人』
……ルシアはよくその人間の話をしてた。目をキラキラさせながら語ってたっけ。
アイツがそこまで憧れてるってことは、それだけの人間性があるってことなんだろう。俺なんかに執着しちまった点はアレだが……少なくとも、それを除けば──ルシアの目は節穴じゃねえはずだ。
それに、アイツは見た感じ真面目そうだった。国のため、民のためって言葉を本気で言ってるような、そういう雰囲気があった。理想主義者って言やあ聞こえはいいが、裏を返せば腐敗なんて許せねえタイプってことだ。俺が今腐敗のために戦ってるって言えば……力を貸してくれるかもしれない。それに賭けるしかない。
もし外れたら終わりだが、当たれば一気に状況が動く。
ただでさえ、二人の処刑がいつになるか分からねえんだ。動くなら早いに越したことは無い。どうせ俺一人じゃどうにもならねえんだから、ここは勝負に出るしかねえんだ。
「……殿下。そろそろ、お見えになられます」
「そうか。無理言って準備してもらって悪かったな」
「いえ……殿下の命令ですから……」
この側近も大変だよな。
俺ことアシュレム王子を次の王にするため色々頑張ってただろうに、急に何もかも変わっちまって相当戸惑ってるはずだ。まあ仕方ねえよ、俺だって戸惑ってんだから。
それでも文句言わず、俺の命令ってだけでこんな無理な指示にも対応してくれたんだから、俺は感謝してるよ。もし俺の側近辞めたいって言っても、次の就職先探すぐらいは面倒見てやるさ。
「ありがとな。後は下がっててくれ」
「……承知いたしました」
……さて、これでいよいよだ。
上手くいくかどうかは分からねえ。
アイツが味方になってくれるかどうかも分からねえ。
でも──やるしかねえ。
タリエとカルを守るために、皆を守るために、俺は動かなきゃならねえんだ。
よし、覚悟を決めろ、俺。
この会議が終わる、その最後の一瞬まで、絶対に気を抜くんじゃねえぞ。
「──やあ、兄上。珍しいな、兄上の方から会いたいなどと」
俺の、今の、妹。
王女──エリザベト。
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