晴れない胸の内とすべての真実
俺は死んだはず……。
じゃねえよな流石に。まだ死んでねえよな。
「うっ、げほ………………頭痛え」
んだこれ……体だりいし喉も痛えし、なんだか全身が重てえ。起き上がれねえ。
っていうか俺なんで寝てんだ。確か、飯作ろうとして、それで立ち上がろうとして……その後どうなった。思い出せねえぞ。
今いる場所はどこだ? パッと見ノエリスの小屋っぽいが……。
「──あ、起きた」
……ん?
うわ。
「……っ、ノエリス……か」
「そうだよ」
びっくりした、目開けてちょっと横向いたらもうそこにいるじゃねえか。近えよ。
「……ここ、どこだ」
「ボクのベッドだよ」
……お前の……ベッド?
なんか、いつもの寝床と感覚が違うとは思ったが……ここ、お前のベッドなのかよ。眷属が主人の寝床に近づくなんてあり得ねえんじゃなかったのか。
「……なんで?」
「キミ、食糧置き場で倒れたんだよ。他にどこ寝かせろって言うのさ」
倒れた……。
やっぱりか、マジで倒れてたのか。いやでも他に寝かせる場所あっただろ。原因こそ分からねえが、倒れちまったのは俺の不摂生が祟ったってことだろうし、そのためにお前を我慢せてまでの寝床使わせてもらうってのは気が引けると言うか。
「まったく。主人の手を煩わせるなんて、いけない眷属だね。反省してる?」
「ああ、悪い、すぐどくから──」
「いや、そういうことじゃ……コラ! 何降りようとしてるのさ!」
えっ。
お前が反省しろって言ったんじゃ。
「反省ってのは倒れられちゃ困るってこと! 別に心配なんかしちゃいなかったけど……今更何言おうがもう寝かせちゃったんだから、文句垂れられても困るんだよ」
「お、おう」
え、ええ?
じゃあ俺はベッド使わせてもらえるまで信頼を獲得したってことか?
その癖顔真っ赤にして目逸らすし。なんだその反応、怒ってんじゃねえのか。
ていうか、なんで周りはこんな散らかってんだ。濡れた布がめちゃくちゃ積まれてるし、水差しも空じゃねえか。薬草も散らばってるし、床には何かこぼした跡もあるし……。
「お前……ずっと看病してくれてたのか?」
「……別に。ボクは魔女だから、これくらい大したことじゃないし。もののついでだよ、ついで」
……いや、そういうことにしておくか。
そうだよな、俺がせっかく助けてもらった立場なんだから、相手の気持ちを無視して「心配してたんだろ」って問い詰めても、なにも良いことねえからな。
「……ありがとな」
「別に……礼なんていらないよ」
「で……俺はどれくらい寝てたんだ? 一時間ぐらいか?」
「二日」
「えっ?」
「二日」
……ふ、二日?
マジかよ。そんなに長く意識失ってたのか。
そりゃノエリスも焦るよな。俺だって二日も意識失ってたら死んだと思うし。
「それよりさ、結局これが何なのかは分かる? キミ、急に倒れて動かなくなったけど……前に来たあの女がまた遠隔で魔法使ってるとか?」
「いや、それはあり得ない。アイツにそういう意思はない」
「じゃあ何? キミに限って魔力切れなんて概念は無いはずだしさ」
そりゃそうか。
人形が急に倒れるってのは魔力で動かしてたならよくあることなんだろうが、生憎今の俺はそんなもん無くても動き回ってるし。飯でエネルギー補給してるんだから、今の状況なんて想定してねえだろうし。
「……えっと、多分これは病気だ」
「……病気? ボクも人形も、そんなものなったことないけど」
……そうなのか?
でも確かに、魔女のノエリスも人形も、食事みたいな活動が必要ねえみたいだし、病気っていう現象がそもそもあり得ないのかもしれない。
もしそうなら、人形ではあるが魂のある俺は、人間と同じように病気にかかってもおかしくねえってことになる。食事が必要なのと一緒で。
「……まあいいや。とりあえず安静にしてて。無理に動いたら、また倒れるかもしれないし」
「分かったよ」
「自分で大丈夫だって思ってても勝手に動いたりしちゃダメだから」
「分かったって」
本当はすぐ起き上がりてえんだけどな。
ただ、無理して動いてまた倒れたら迷惑かけるだけだし、大人しくしてるしかねえか。
*
……快復しねえなあ。
俺が倒れて……何日経ったんだっけか。
五日? いや、もうちょっと経ってるかもしれねえ。よく覚えてねえが、もうとにかく毎日ベッドの上で大人しくしてるだけの日々だ。
体調は良くなってねえ。むしろ少しずつではあるが悪くなってる気さえする。喉の痛みは引かねえし、頭のぼーっとする感じも消えねえ。咳も相変わらず止まらねえ。
これ本当に治るのか? ただの病気じゃねえのか? ちょっと不安になってきたぞ。
「ただいま。大人しくしてたい?」
「おかえり。一歩も動いてねえよ……ごほっ」
「そう。今日はまあまあの収穫だったよ」
あれから食事はノエリスが毎回調達してくれるようになった。俺が「もう大丈夫だから自分で取りに行く」って言ったら「また倒れたらどうするのさ」って止められちまって、それで代わりに森へ行くように。今は分身使って二人掛かりで食材や水を集めてきてるらしい。「体力付けて病気に打ち勝たなきゃ」ってことで最近は料理もしてくれるようになった。
袋の中身は……木の実か、それと食える葉も、結構な量だな。
「あの白いキノコはないのか?」
「……あんなもの食べさせる訳ないじゃないか。そのことは忘れてよ」
「悪い悪い──ありがとうな、こんなことまでさせちまって」
「だから別に平気だって。ボクは魔女なんだから。じゃ、料理してくるから」
口では平気って言ってるが、絶対疲れてるだろ。
看病して食材調達して料理までして、その上解析までやってんだから。全部俺のためで、何一つ自分の得になんかなりやしないのに、本当にありがたい。
……正直なところ、アイツの料理の腕前はいまいちだが。
木の実を鍋に入れて、葉を刻んでっていう動作の一つ一つに手際が悪さが見える。刃の使い方も危なっかしいし火の加減も分かってなさそうだし、見てるこっちがハラハラする。慣れてないってのが丸分かりだ。
「……大丈夫か、それ」
「大丈夫だよ。キミが教えてくれた通りにやってるから」
教えたっけか。
まあ何度か口で説明はしたことはあるが……実際にやるのとは違うからな。
まあコイツは三百年近く料理してないことが確定してるし。自分で飯食う必要も無いんだから、慣れてねえのは当たり前だ。それに対して、飯がマズイだなんて言う権利、俺には無い。
ただ、不慣れでも不慣れなりに一生懸命やってくれてるのは分かるんだよな。それで得られることと言えば、俺の食べる様子だけだってのに。んなつまらないもの見せられてもリターンが見合ってないだろうに。
「……解析の方は、どんな感じなんだ」
「うーん……正直、あまり……」
……やっぱりか。
「何度見ても、この魔法がどうやって生き返りを実現してるのか分からないんだよね。理論上、あり得ないはずなのに。どこを読み間違えてるんだろう」
この様子だと、相当行き詰まってんな。
毎日続けてくれてるのに、進展がねえってのは辛いだろう。俺だって焦ってるが、ノエリスだって同じぐらい焦ってるはずだ。
「急がないと。もしキミが死んじゃったら──次があるか分からないから」
「……俺はそう簡単に死ぬつもりはねえ。だから、そこまで自分を追い込まなくていいぞ……げほっ」
「……そうだといいけど」
頑張ってくれてるのは分かる。でも、お前も限界近いんじゃねえのか。
「──なあ、ノエリス」
「何?」
「俺、何もできなくて悪いな」
俺はもう何もできねえ。掃除も食材調達も料理も何もできねえし、毎日ただベッドに寝て飯を食わせてもらってるだけだ。
何の役にも立たねえってのが申し訳ねえし、本来なら俺がノエリスの世話をしなきゃいけねえのに逆に世話されてるってのが情けなくて仕方ない。そう考えたってどうしようもねえのに。
「別に……キミがいてくれるなら、ボクは……いや、何でもない」
……ん?
何だ、途中で止めやがって。最後まで言えよ。気になるじゃねえか。
「とにかく! キミは大人しく寝てて。それがボクのためになるから」
「……分かった」
そう言うなら、大人しくしてるけど。
これ、治るといいんだが。
治らなかったら次はあるのか? 多分その場合死因は病死になるから、これまで通りなら問題なさそうだが……ノエリスの言葉がずっと不安だ。もし次がなかったら、俺はここで終わりってことで……そうなりゃ誰も幸せになれねえし。
ああでも、考えても仕方ねえよな。
今は信じて待つしかねえし、それしかできねえんだから。
*
……また、悪くなってる気がする。快方に向かうも何も、明らかに悪化してる。
これ本当に治るのか? このまま死ぬんじゃねえのか? 不安になってきたぞ。
「げほっ! がはっ……! ……っ、はあ、はあ……」
もうずっと咳が止まらねえ。息が、苦しい。
前はこんなんじゃなかったのに。咳き込んだ後、すぐ呼吸が戻ってたのに。
今は咳が収まった後も息が荒くて、肺に空気が入ってこねえ感じがする。
「ね、ねえアシェル、大丈夫?」
「ああ、げほっ……大丈夫だ……ごほっ、ごほっ……」
「それで、どこが、大丈夫なのさ……!」
ノエリスの声もいつもと違って妙に張り詰めてる気がするな。
疲れてるってのもあるんだろうが、それ以上に焦ってるような、そんな感じだ。
「解析は……進んだか?」
「進んでる、進んでるよ。確実に進んでる」
即答か……声に迷いがねえな。
本当に進んでるのか? それとも、俺を安心させるために嘘ついてんのか?
「でも、まだ重要な部分が分からなくて。どうして生き返れるのかっていう部分が……でも、必ず分かる。絶対に」
「……そうか」
必死だな。
ノエリスでも分からねえってことは、相当複雑な魔法なんだろうな。
「このままじゃ……いや、大丈夫。まだ時間はある。解析を急げば……」
「……無理すんなよ、ノエリス」
「無理なんかしてない。それより急がないと。とにかく先に解析を終わらせないと」
……にしても。
そもそも、なんで俺の体調はこんなに悪化してんだ? 最初はただの風邪みたいなもんだと思ってたが、こんなに長引くもんなのか? しかも悪化してるし。
で、ちょっと前から一人の時に可能性を考えてたが。
……もしかして、ここの空気と食い物が原因なんじゃねえだろうか。
俺はずっとこの森で取れた食材を食ってきた。木の実とか、食べられるキノコとか。
探検家の時は三週間未満しかここにいなかったが、今回はそうじゃない。それよりもっと長い間ここにいる。で、ここで食った食べ物にどういう成分が入ってるのか、とか。そんなことは何一つ分からない。
もし、一応は食べられるだけで、それぞれに微量の「良くない成分」が含まれたとしたら──それを長期間食い続けた結果、俺の体に「良くない成分」が溜まっちまったってことなんじゃねえか。で、それで体を壊して、病気にかかりやすくなったとか。
直りにくいのも体がもう壊れてるからで、ノエリスや人形にその症状が出ないのはどっちも飯を食わねえからってことで……。
ただ、それを確かめる方法がねえ。
ノエリスに聞いたところで分かる訳がねえし。そもそも、もし本当にそれが原因だとして──どうすればいいんだ? 食わなきゃ餓死するし、どちらにせよエネルギーが無くなって体が弱ってく。ただ、食い続けたら病気は悪化して……死ぬ。詰んでるじゃねえか。
「……ねえ、アシェル」
「ん?」
「ボク、外に出て、医者を探してくるよ」
……そうだよな。
この病気を治そうと思うなら、そういう結論にも達するよな。でも──
「キミの病気だって、医者に見せればきっと分かる。ちゃんとした治療を受ければ──」
「ダメだ。もし、お前のことを──『伝説の魔女』を覚えてるヤツがいたらどうすんだ。もうゆっくり過ごせなくなっちまうぞ」
「……それはそうだけど。それでも……!」
「そもそも、お前には金だってねえだろ。もし無理やりってなれば、それこそ反発を買うだけだぞ」
「……ッ!」
言葉に詰まったな。
反論できねえんだろ。俺の言ってることは正しいし、外に出たところで何も解決しねえ。いくら、竜……? とかいうデカいトカゲになれるからって、そんな武力行使してもノエリスの危険性を世に晒すだけだ。
「……そうだね。キミを一人には、できないからね……」
「いや………………だよな? 俺を一人にするのは不安だよな?」
「うん……」
コイツが外に医者を探しに行くってことは、俺を見るヤツが一人もいなくなるってことだ。帰ってきた時に俺が死んでたってなれば──ノエリスとしては絶対に認められない状況のはず。
人質を取るようで気分は良くないが、それでコイツが外に出ないっていうなら、俺としては満足だ。
「ごほっ、げほっ……っ、はあ……はあ……」
「アシェル……」
「いいから、げほっ……解析を、進めてくれ……」
「う、うん……!」
また咳だ。
止まらねえ。息が、苦しい。喉の奥が焼けるみたいに痛え。
ただそれでも、この魔法に『ちゃんと成り代わりの効果はある』ってことを認められれば──全ては解決する。そうなりゃ俺は死んだって次があるって保証になるし、ノエリスだって「俺が生きていける」って安心材料になる。今の俺が死んだって問題は無くなるんだ。
だから、あとちょっと解析が進めばいい。
そうすれば俺は安心して死ねるし、ノエリスだって安心できるはずだ。
だから、頼む。もうちょっとだけ……持ってくれよ、俺の体……。
*
……ははは。
体が、冷てえ。マジでまったく治る気配が見えなくて、逆に笑けてきた。
あれか? この森で復活した時点で、こうなるのはもう確定してたってことなのか?
「っ……はっ……」
咳も、もう出ねえ。出そうとしても、喉が動かねえ。肺が、動いてねえ気がする。
視界も、ぼやけてきた。天井が見えるが、輪郭が滲んでやがる。ノエリスの顔も、よく見えねえ。
「アシェル! アシェル! しっかりして!」
……ノエリスか。 泣いてんのか? 声が震えてやがる。
「ボク、この魔法のこと、いっぱい分かったから! だからまだ、もうちょっと!」
へえ。そりゃ、すげえじゃねえか。
その調子で、「次もある」ってことと「何が条件なのか」ってのを調べきってくれよ。
それだけしてくれれば、いつ死んでも俺は構わないから……。
「え、えっとさ! まずね、キミが死んだ瞬間、『アシェル』って名前の別の肉体が作られるようになってるんだ! 僕は人形を作れるから、そのあたりのことが理解できて!」
「へえ……」
ああ、泣いてるな。 悪いな、心配かけて。
でも、もう無理そうだ。 体が、動かねえ。呼吸もでき、ねえ。
「場所も立場も全然違うけれど、『真面目で、周りから敵意を持たれていない』って言うふうに認識されるように……他にもっ、どんな結界も突破できるような鍵がつけられててさ!」
「そう……か」
必死だな……。
俺をなんとか生かそうとして、必死に解析結果を話してる。
もうちょっと耐えてくれって、そう言いたいんだろうな。
正直、もう無理そうだが……。
「死因も関係してるみたいなんだ! キミが、何度も同じ方法で死ぬときは、キミがもう生きたくないってことだから、魔法が止まるようになってて……!」
「お……お……!」
それは、いいぞ。良い情報を貰った。
やっぱり、死因は関係してたんだ。今の俺は病死しそうだから、条件は満たせる。
にしても、病死か。もっとこう……ゆったり死ねるもんかと思ったが、意外と苦しいんだな。
「ただ、ただ……それでもやっぱり、『成り代わり』の仕組みだけは理解できなくて……きっとこのままだと、キミは死んで──とてもじゃないけど、蘇れるとは思えなくて……!」
……そうか。
じゃあ、次があるって保証はねえってことだよな。
いくら複雑な魔法がかけられてるからって言っても。ノエリスからしても、俺からしても、アシェルの九回の人生はあくまで「俺が見ていた幻」であって、この一回で全部終わっちまう可能性もゼロじゃねえんだ。
ただそれでも、俺は多分──このまま、死ぬのに変わりはねえだろうけど。
「だから、だからまだ死なないで! もうちょっとだけ待って! 絶対に解析するから! じゃなきゃ、きっとキミは生き返れないから……!」
……あー、無理だぞ、それは。
もう、体が限界だ。息もできねえんだ。
「お願い……お願いだから、アシェル……!」
微かに泣き声が聞こえる。意識が薄くなると外の音が聞こえにくくなるんだよな。こんな知識手に入れたところでなんなんだって話だが。
……悪いな、本当に。でも、俺にはもう、時間がねえから。
「……ノエリス」
「な、何……!?」
「お前が、頑張ってくれたのは……分かってる」
「……!」
コイツは、俺の無茶な望みにも根気よく手伝ってくれた。
自分の方が立場は上だってのに、成り代わりの謎についても、多くの知識をくれた。
「だから……ありがとな」
「やめてよ……そういうの……」
「次が、あったら……また、な」
「やめて、やめてよ! 次なんて、次なんてあり得ないんだから! ねえ、アシェル!」
視界が、暗くなってきた。
瞼が開けられなくなったんだ。もう、ノエリスの顔も見えねえ。
次は、あるのか? 分からねえ。
でも、今の俺には信じるしかねえ。今までだって、何度も死んで、何度も生き返ってきた。きっと、次もある。ノエリスが仕組みを解明できてねえだけで、この魔法はきっと次も作用する。そう祈るしかない。
だから、今回も。
きっと、大丈夫。
「キミは、キミは……このままじゃ……!! 待って、待ってアシェル!! ああ……!!」
「………………なら、ボクが、その魔法を完成させればいいんだ」
「名前はアシェルで、性別関係は……苦手だから、上手く維持できるか分からないけど」
「魔力だってボクの全力を注ぎ込んで、三百年前の言語でもなんでも使って……」
「ただ、初めての魔法だから、暴発して──ずっと過去に飛ぶかもしれないけど……」
「この魔法を、ボクが完全に作り上げて、ボクがアシェルを蘇らせればいいんだ……!」
これで第9章終わりです。
この後、彼女は時間をかけて「成り代わりの魔法」を完成させ、発動するも慣れない魔法のため暴発し、盗賊(一回目)のアシェルの元へ魔法が飛んで行ったようです。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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それでは、次話以降も宜しくお願いします。
みんなもに生物濃縮は気を付けよう!(´・ω・`)




