驚異的な存在と魔法の道具
「なあ、『呪い』って知ってるか?」
「呪い?」
飯──っつっても、手の込んでない簡単な料理だし、食ってるのは俺だけなんだが。その最中にふと思い出したことがあって聞いてみることにした。
対するノエリスは……あれ、首を傾げてやがる。
知らねえのか? 魔女なのに?
「うーん、知らないな。何それ?」
「あー……相手の動きを封じたり、遠隔で呪い殺したりできる……なんか」
「なんか……って。それは魔法と違うのかい?」
いや、俺にも分からねえぞ。
俺より魔法とか呪いとかに詳しそうなお前が知らねえってんなら俺にはどう足掻いたって分からねえ。もしかしてソラナに聞いた方が早かったか?
「──ああ、そうか。今はそう呼ぶのか。ボクの時代は『魔法』って呼んでたけど、名前が変わったんだねー」
「……な、なるほど?」
そういうこと……なのか?
実質的にほとんど同じもので、時代が違うから呼び方も違うってだけなのか。
じゃあ、ソラナが使ってた呪いと、ノエリスの魔法は……原理的には同じもんってことになるのか?
「お前の時代ってことは──他にも魔法使いっていたのか?」
「昔はいたよ。今はどうなんだろうね、ボクは外に出ないし」
そりゃそうか。何年も森に引きこもってりゃ、外の世界なんて分からなくなるよな。
でも昔はもっといたってことだよな。ノエリスだけが特別って訳じゃねえと。
当たり前か。世界にたった一人しか魔法使いがいねえなんて、そんな都合のいい話があるかよ。
「どんなヤツらだったんだ?」
「悪いけど覚えてないね。だって興味ないからなー」
へえ、薄情。まあ、こいつらしいが。
魔法使いが他にもいたってことは──じゃあ俺の成り代わりをかけたのも、その誰かかもしれねえってことか。ノエリスは「魔法使い特有の癖がある」って言ってたし、魔法使いの仕業だってことは間違いねえと思うんだが……。
「──でも、ボクの森に入ってきた連中もいたよ」
「……入ってきた?」
「『伝説の魔女を倒す』とか言って息巻いてたんだ。全員死んだけど」
ええ……。
いやまあ、ノエリスは自称『伝説の魔女』らしいし、そのことを知ってるヤツがいたら森に突っ込んでいくバカもいるってことか。もし、この悪辣な魔女が本当に伝説の存在なら、それを倒せば英雄扱いだろうし。名声も金も手に入る、だから挑戦者が来る。
ただ、この森は真の迷いの森。入ったら最後、ノエリス以外は出られねえ。俺だって探検家の時に散々苦しんだ。食い物はねえ、水もねえ、出口もねえ。最後は餓死だ。討伐隊だろうが賞金稼ぎだろうが、結末は同じってことか。
「魔法使いは基本──実験だとか、復讐だとか、暇つぶしだとかで魔法の研究をするんだよね。ごくたまに崇高な目的を掲げる人もいるんだけどさ」
「ほーん……」
なんか、イメージ通りだな。ソラナだって俺を生き返らせるために呪いの研究してた訳だからな。そういう真面目な理由で魔法を覚えた連中も何人かいて、そういうヤツが突っ込んできたと。
もしかしたら、俺の人生も誰かの暇つぶしで十回も繰り返されてるかもしれねえなあ。
「ただ、他に魔法使いがいるにしても──キミの成り代わりは特殊だね。こんな複雑な魔法、暇つぶしで作るには手間がかかりすぎるし、真面目な目的にしては意味が分からないし……」
「……そうなのか?」
「うん。死んでも生き返るなんて、相当高度な魔法だよ。ボクでも作る気はしないな」
ノエリスでも難しいのか。
じゃあ、かけた奴は相当な実力者ってことか。
「しかも、死ぬたびに別の体に入るんでしょ? それって、死ぬ瞬間を見計らって、新しい器を準備して、魂を移して……いやー、面倒だねー」
「面倒ってお前なあ」
「だってホントに面倒なんだよ? ボクなら絶対やらないね」
てことは、それを俺にかけた奴は、よっぽど暇だったのか、それとも明確な目的があったのか。
何だろうな。十回も人生繰り返して、俺は何をやってきた? 盗賊から始まって、兵士、文官、酒家、探検家、執事、写本師、盗賊、教会員、そして今の人形。バラバラすぎて共通点が見つからねえ。強いて言えば、全部「アシェル」って名前だったことぐらいか。
「ま、解析が進むのを待っててね」
「頼むぞ、マジで。誰にかけられたか分からねえって想像以上に気持ち悪いからな」
「はいはい」
俺の命運は、この性格悪い魔女に託されてるんだ。
なんとも心許ねえが、他に頼れる相手もいねえんだし。
「ところで、キミってさ。結構美味しそうなご飯作るよね」
「……まあ、色々料理をする機会はあったからよ」
「ちょっと気になるな。一口貰っていい?」
「俺が命がけで取って来たんだが。正当な理由があるんだろうな?」
「キミは眷属」
「悪かった悪かったくれてやるよほら口開けろ」
*
ノエリスが俺の魔法を解析してくれるのは日に数時間だ。
できることなら他の何より優先してずっとやっていてほしいんだが……まあ、眷属が主人にそんな命令できる立場じゃねえだろう。機嫌を損ねて中断されても困るし、俺はただノエリスが結果を出せるのを待つだけになる。
「へー、今日は軍議かー。つまんないなー」
で、今のノエリスは自分の寝床に座って、窓に映る……映像? みたいなものを見ながら色んなこと好き勝手言ってやがる。なんだこれ。俺も近づこうとしたが、「眷属が主人のベッドに近づこうっていうの?」って言われたから近づいちゃいけねえらしい。正論だ、畜生が。
小屋の窓には豪華な部屋が映ってて、金髪の見たことないほど高そうな服を着た少女が、同じく高そうな服を着た男たちと地図を囲んで何か話し合ってる。
「何見てんだ、それ」
「ん? 王女様の様子。最近は敵国との戦争の準備で忙しいみたいでさ」
「……?」
──王女、サマ?
「……この子が?」
「そうだよ? その言い方だと、キミは見たこと無いんだね。珍しいな」
……へえ!
じゃあこの子が噂の王女サマか。初めて見た。ルシアが憧れてる女ってことしか知らなかったが……思ってたより若いな。綺麗っちゃ綺麗だが、なんだか疲れた顔してそうだ。駒みたいなもんを動かしながら、何度も額を押さえてる。
で、この言い方だと、ノエリスは遠隔で遠くの様子を見る魔法も使えると。本当に魔法ってのは何でもありだな。
というより、ちょっと聞き捨てならねえ言葉が聞こえたんだが。
「で……戦争って?」
「隣国との国境で小競り合いが続いてるんだって。まだ本格的な戦争じゃないけどね」
へー……。
そんなことが起きてたのか。知らなかった。
俺が教会で死んでから、どれくらい経ったんだ? 数日? もう一週間? その間にもうそんな面倒なことが起こってたのか、それとも気づかないだけでずっと前から起こってたのか。
「王都は大丈夫なのか」
「今のところはね。でも、いつ本格的な戦争になるか分からないよー」
皆は巻き込まれてねえか、無事でいるか。
戦争なんて碌なもんじゃねえ。盗賊時代に何度か戦場跡を見たことがあるが、死体と血の臭いしかしなかったし。
「軍議終わったみたい。次は執務室に移動かな」
そう言うと、ノエリスが指をくるっと回して……映像が切り替わった。
今度は別の部屋。さっき言われてた王女がまた別の連中と一緒に書類に向かってる。
「朝から晩までずっとこんな感じなんだよねー。ボクなら絶対やりたくないよ」
「お前は何もやってねえだろ」
にしても、この魔法、便利だな。
多分リアルタイムで起こってる状況をそのまま映像にしてるんだろうが、ほんのちょっとの動作だけで相手の動きを全部見れるってことになるじゃねえか。盗みをしてた時に欲しかっ……ああダメだ、今更変なこと考えてんじゃねえ。
ということは、あれだな。
俺が成り代わった初日、コイツが自分の小屋の中で喋ってた相手なのはこれなのかもしれねえな。分身を森に向かわせて、その様子を窓に投影して喋ってたと。確かにこれなら自分は部屋の中に籠りつつ、外の状況を実況中継できるし。
つまり、探検家の時の俺も──
「キミが必死に生き延びようとしてたのも、これで全部見てたよ。面白かったなー」
「……そうかよ」
「特に最後の方とか。もう動けないのに、まだ諦めてなくて。ああいうの、見てて楽しいんだよね」
ああ、やっぱりな。
俺の苦しみを、娯楽として楽しんでやがったのか。まあ、今更驚かねえけど。
「他にも色々見てるよ」
映像がまた切り替わる。
今度は貴族の屋敷。着飾った人間たちが集まって、パーティーをしてる。
「貴族の社交界。表向きは親睦会だけど、裏では派閥争いしてるんだよねー」
また切り替わる。
市場の様子。商人たちが忙しそうに動き回ってる。
「王都の市場。戦争の影響で物価が上がってきてるみたい」
さらに切り替わる。
どこかの酒場。兵士たちが酒を飲んで騒いでる。
「兵士たちの憩いの場。明日には戦場に送られるかもしれないから、今のうちに楽しんでるんだって」
「へえ……よく分かるな、そんなこと」
「だって何年も見てるもん。ニンゲンの行動パターンなんて大体同じだよ。大体いつも同じことの繰り返しだし」
そう言いながら、つまらなそうに窓を眺めてる。
つまらないならやめればいいのにって思うが、この場所から出られねえんだし、コイツにとっては数少ねえ娯楽の一つなんだろう。娯楽の一環で王国の最重要人物のプライベート覗くのって俺どうかと思うんだけど。
「だから、キミみたいな変わった存在は面白いんだよ。死んでも生き返るなんて、今まで見たことなかったし」
「そりゃどうも」
*
ノエリスが見てる小屋の窓には、さっきから色んな映像が映り続けてる。
普通の窓のはずなのに、外の景色じゃなくて王都の様子が見える。しかも、ノエリスは何もしてねえのに勝手に場面が切り替わってる。
「なあ、その窓って──」
「ん? ああ、これは魔法の道具だよ」
魔法の道具?
てっきりノエリスが毎回魔法を使って映像を出してるのかと思ったが、違うのか。
「そう。一回窓に魔法をかけて、後は魔法をかけなくても操作できるようにしてるんだ。いちいち魔法を使い直すって面倒だからね」
へえ、そういうもんがあるのか。
魔法って、その都度使うもんだと思ってたが……道具にかけることもできるのか。
……いや、待てよ。
そういや、外にある人形の山。あれも確か「魔力で動く」って言ってたよな。つまり、人形っていう道具に魔法をかけて動かしてたってことか。そう考えれば、道具に魔法をかけるってのは別におかしくねえ。むしろ当たり前のことなのかもしれねえ。
「魔法の道具なんて珍しくないよ。昔の魔法使いが作ったものが、今でもあちこちに残ってるし。皆気づいてないだけ」
「そんなにあるのか?」
「うん。でも使い方を知らない人間が持っても、宝の持ち腐れだけどね」
へえ、なるほどな。
魔法の存在を知らねえ人間からすれば、ただの変な道具にしか見えねえ、あるいはそもそも魔法の効果や存在にすら気づかねえってことか。使い方も分からねえし、何のために作られたのかも分からねえ。結局、変な特徴のあるガラクタってことで捨てられるか、物好きに売り払われるかのどっちかだ。
じゃあ俺の成り代わりも、盗賊の時に何かしらの道具を盗んだ時、その道具にかけられてた魔法が発動しただけって可能性もあるよな。あの時は金持ちの家に忍び込んで、価値のありそうなもの何でも盗んでいってたし、その内のどれか一つに成り代わりの魔法がかけられてたのかも。
……いや、その場合だとすると、俺は盗品をボスに献上してたから、ボスにも魔法が発動して成り代わりしてるってことになっちまうな。
嫌だな。もう俺ボスには会いたくねえんだけど。
にしても、あの人形の山を思い出すと気味が悪い。
死体みたいに積み重なってて。あの中から這い出してきた時の感覚は今でも忘れられねえ。冷たくて、重くて、息苦しくて。とにかく雰囲気が不気味だった。全員同じ顔で、同じ格好ってのも不気味で仕方なくて──
「……なあ、ずっと気になってたんだが」
「何?」
「あの人形、なんで全部同じ顔なんだ?」
「ああ、あれ?」
そういやそうだった。これは最初に目覚めた時からずっと疑問だった。
なんであの人形たちは全員同じ顔だったんだ? 作業の手伝いとか余興の一環とかなら、別に顔に拘る必要はねえよな。それになんだかあの顔に見覚えもあったし。
ノエリスが窓から完全に目を離して、ニヤっと笑う。
なんだその顔。また性格の悪い答えが返ってきそうだな。
「──あれは探検家のキミの顔だよ」
「……?」
探検家の時の……俺の顔?
「キミは森の中で急に性格が変わって変な行動を取り始めたからね。賭けの中でもウィスプたちが話しかけることになった初めての事例だもの、印象深くて。それで面白かったから、記念に。人形を作る時、その顔を使うことにしたんだよ」
ああ、なるほど!
あの大量の人形、全部俺の顔だったのか。だから既視感があったのか。どこかで見たような気がしてたのは、そういうことか。
「へえ……気持ち悪いだろ、それ」
「そう? ボクは気に入ってるけど」
「自分の顔が大量に、しかも死体みたいに積まれてたんだぞ」
「だから面白いんじゃん。キミが成り代わったのも、その中の一体でしょ? 運命的だよねー」
運命的って言うか、悪趣味すぎるぞ。
俺の顔した人形の山から、俺が這い出してくる。考えただけでもゾッとする光景だ。
今思えば、あの顔にどこか見覚えがありながら確信が持てなかった理由も分かる。探検家の時はずっとあの森の中でサバイバルしてた訳だが、あの場所には鏡なんてもの存在しない。顔を見るとなれば、水面に映った顔を見る時ぐらいだ。だから、自分の顔なんて、水場に戻った時ちらっと見た程度。はっきりとは覚えてなかったんだ。
それに、まさか自分の顔が大量生産されてるなんて思いもしねえだろ。普通に考えて。
「まあでも、自分と同じ顔の人形に入れたんだから、違和感なくて良かったじゃん」
「……そうかもしれねえが。俺は現に初め気づかなかったし」
「へえ、そうなんだ?」
「……え、ちょっと待ってキミ。自分の顔知らなかったの?」
*
「うおお!? ちょっ、これ、どうやって元に戻すんだ!?」
「あははっ! 下手だねキミー!」
さっきからノエリスの窓を使わせてもらってるんだが──これが全然上手くいかねえ。この魔法があるのなら、今の場所からでもみんなの様子を見れると思ったのに……なんだこりゃ、難しすぎるぞ畜生。
映像がぐるぐる回ったり、急に拡大したり縮小したり、全然関係ねえ場所が映ったり。今なんか、どこかの牛小屋の中が大写しになってる。牛が草食ってるだけだ。何でこんなもん見なきゃいけねえんだ。
「思考で操作するって言ったじゃん。集中しないとダメだよー」
「集中してるつもりなんだが……」
ノエリスは簡単そうに使ってたが、実際やってみると難しい。
見たい場所を思い浮かべるだけって言われたが、実際やってみると頭の中には色んな場所が浮かんでくる。実際思い浮かべてもその通りには動いてくれないし、ランダムにぐるぐる回るだけで。
というかもっと詳細なやり方教えてくれねえのかよ。ねえよな、ノエリスだもんな。
「あーあ。これじゃ碌に見れなさそうだね」
「分かってる、分かってるが……」
今度は森の中が映った。違う、そこじゃねえ。
俺が見たいのは……ああ、また変なとこで止まっちまった。どこだよここ──
……ん?
ルシア? ベラ?
「……っ! ……おお、当たった!」
ルシアとベラだ!
画面を上手く固定できねえが……見たこともねえどこかの部屋で、書類が山積みになってて、その中で二人が何か話し合ってる。間違いねえ、ルシアとベラだ。
……ん? でも、なんか変だな。あの二人、普通に話し合ってるぞ。前に見た時はめちゃくちゃ揉めてたはずなんだが……なんで一緒にいるんだ? しかも、険悪な雰囲気じゃねえ。二人で書類を見て、真剣に話し合ってる。
協力してる? あの空気から? まさか。
「ああ……! また狂っちまった!」
映像がまた乱れ始めた。
ちょっと待て、ルシアとベラは結局どうなってんだ。二人が再会した後、即座に殺し合いに発展した訳じゃないってのは収穫だが、もっとよく情報を集めねえと何も分からねえ。
だから、まださっきの場所を見てえのに──
「はーい、そろそろ没収ねー」
「あっちょっ! まだ色々見たいものが!」
「キミ本当に自分の立場分かってるんだよね……? 切るよー」
あっ、おい! なんで何も映らなくなったんだ! 待て! 止めてくれ!
ルシアーッ! ベラーッ!
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