魔女との問答と結ばれた契約
は……!?
魔女……!? ノエリス……だと!?
「あはは。驚いてるみたいだね──ということはやっぱり……外部からの手先なのかな?」
そういや、森の中にいた時、ウィスプたちやノエリスが──
──『この森の奥にはネ、こわい女が住んでてサ』
──『この森の中心には魔女の家があるって噂があってネ』
──『僕は魔女のせい派なんだよネ』
あれを聞いた時、んなこと知ったこっちゃねえってまるで相手にしちゃいなかったが……まさか、あの噂ってのは本当だったのか?
森の仕組みがどうなのか、ウィスプたちの存在が何なのか、俺にはよく分からねえが……もしかして、あの不思議な森は、魔女の魔法によるものだったって? その魔女ってのがコイツなのか? で、ここは、『真の迷いの森』の中心……ってことか?
でも、どうしてノエリスなんて名前なんだ。ノエリスは……人間なんかじゃなかった。
だって、ノエリスは──
「ノエリスは──ウィスプだったはずじゃ……」
「……ウィスプ?」
あっ。
えっ?
「おかしいね。どうしてその『呼称』を知っているのかな、その呼び方をしていたのは『彼』だけのはずだけど」
……あっ。
扉の前にいる自称ノエリスの声は、さっきまでと違う。小屋の中から聞こえてた楽し気な声から一転して、探るような、警戒するような、不思議さと怪しさを含んだ声でこっちにものを聞いて来た。
そうか、「ウィスプ」ってのは俺があの光る球共を呼ぶ時用に俺が作った造語だ。別に元からあった言葉でも、一般的に使う呼称でもない。成り代わったばっかりの俺がそんな言葉を──探検家のアシェルしか知らねえ情報を知ってるってのはおかしい。
ただ、目の前の女がその呼び方を知ってるのだっておかしい。だって、俺はあの森で他の人間に誰一人として会っちゃいない。会ったのは無数のウィスプたちだけだ。俺が作ったその造語を知っているのは──同じく、俺と一緒にいたノエリス含むウィスプたちだけなんだ。
てことはつまり……「ウィスプ」って単語を「呼称」だと理解しているコイツは、今でこそ人間の姿をしているが──ウィスプそのものってことになる。
じゃあやっぱり、コイツは──ノエリス?
……いやいやいやいや。それでもやっぱりおかしいだろ。
なんで人間の姿になってる。魔女って何なんだ。「真の迷いの森」からは出られたってことなのか。あの死体の山は何なんだ。さっきまで何を話してた。
「ねえ、キミ。その言葉、どこで聞いたんだい? もしかして、キミは『彼』と関係があるの?」
「彼……?」
「うん。前に、この森で迷っていたニンゲンさ。ボクたちに『ウィスプ』って名前をつけて呼んでいたんだ。面白い子だったよ。最後まで諦めなくて、でも結局死んじゃったんだよね」
……そりゃ、探検家の俺のことか。
だよな。光る球に名前なんてつけて、最後まであきらめずに生きようと藻掻いてて、結局死んだ……それって俺のことだよな。
で、その俺や俺の末路を知ってるってことは……。
「というよりボクはさ。動かなくなった『抜け殻』のはずのキミが普通に動いてる方が不思議なんだけど。補充もしてないのに、微かに魔力を感じるし……」
いや、そりゃ俺にも分からねえ。
多分、俺の成り代わり現象のことについて言ってるんだろうが、なんで俺がこうして成り代わりできてるのかは知らねえし、なんで「結界」とやらが突破できてるのかも分からねえし。
というか、「微かに魔力を」ってなんだ。分かる言葉で言ってくれよ。
「まあいいや。とりあえず──家に入りなよ。話をしようじゃないか」
「え?」
「いやだって。キミ、ボクよりずっとずっと弱いから。何か企んでるとしても──キミには何もできなさそうだからさ」
……え?
話? 家? あの、小屋?
「にしても、んふふ。驚いてたねキミ。『伝説の魔女』の異名はまだ健在ってことかなー?」
「いや、その『伝説』ってのは聞いたことねえが」
「えっ」
*
小屋の中は──思ってたより普通だった。
魔女の家って聞いてたから、もっと怪しげなもんが並んでるかと思ったが、そんなことはねえ。テーブルと椅子があって、棚には本が並んでて、窓際にはベッドがある。普通の、人間が住む家って感じだ。
壁には布が掛けられてて、天井からは乾燥させた草みたいなもんが吊るされてる……薬草か何かか? 分からねえが、少なくとも人間が住める空間ではある。
小屋の中に入ってすぐ、俺はノエリスに提案した。「後でどんな質問にも正直に答えるから、先に俺の質問に答えてくれ」と。
目の前の相手が一切理解できない、あるいは信用できない現状。もしコイツが先に質問を初めて、途中でうっかりなんかの地雷を踏んじまったり、質問が終わった直後に用済みだと殺されたりする可能性がちょっとでも考えられる以上、先手を取らせるのはどう考えてもマズイ。だからこその提案だ。
ノエリスは初めこそ「何対等に話し合えると思ってんだ」って態度だったが、俺が「何なら今すぐ死んだっていい」「俺には他人に殺されても、あるいは自分から死んでも問題ないという保証がある」「その理由は俺からじゃないと聞き出せない」と告げることで、無理やり承諾を取り付けた。
「──これで以上かな」
「ああ……」
で、ある程度知りたいことの質問を全部終えて、今に至るという訳だ。
ええっと……整理しよう。
まず、この女の正体について。
曰く、ノエリスは「本当の魔女」らしい。本当じゃない魔女がいるんだろうか。
詳しい経緯は長くなるからって省略されたが……普段は今の人間の姿で、この小屋に住んで暮らしてるんだとか。時折、所謂「魔法」ってヤツを使って分身を創り出し、姿を光の球に変えさせて森に送り込んで遊んでいると言っていた。
所謂って言われても俺には分からない。「呪い」なら知識として知ってるんだが。
ただ、これを聞いてようやく納得がいった。信じられねえが……目の前の女は確かにノエリスで、魔女で、あのウィスプだったってこと。探検家だった俺が出会った時にウィスプの姿してたのも、あくまで姿を変えた分身だったってことだ。俺が必死に生き延びようとしてた時、話しかけてた相手は本人ですらなかったってこと。
次に、あの人形の山について。
曰く、あれはノエリスが作った生命体こと「人形」……の失敗作、だという。
元々、日常の作業で扱き使ったり、あるいは単純な余興で作ろうとしたそうだが、時間が経つとエネルギーが切れ、「魔力」とやらを補充しないと動かなくなるから、作っては捨ててを繰り返してたらしい。全員同じ顔をしてるのは、同じ「型」で作ったからだとか。それぞれ微妙に違うところがあるのは、創る時の手癖なんだと。
つまり、あれは死体じゃなくて、最初から生きてない「もの」ってことだ。魔法で作った実験の残骸。で、今回の俺はその人形の一体に成り代わった。だから、アイツは「魔力を補充してない人形の抜け殻がどうして動いてるのか」と疑問を投げかけてきたって訳だ。
てめえで分からねえなら、人形には絶対分からねえと思うぞ。
あと、この森は何なのか。
曰く、この森にはノエリスの「結界」と「魔法」が張ってある。
ノエリスは自分が「大きな伝説を残し、人々に恐怖された魔女である」と主張し、その存在が人々に知られると間違いなく討伐対象になると語ってた。で、見つからないようにするため、自宅であるこの空間を囲む森を、中心に到達できないかつ劣悪な環境──つまり「真の迷いの森」っていう結界で覆うことで、他人からの干渉を防いでいたらしい。ただ、それだと暇を持て余すから、外側の森全体に魔法をかけて「人が死んだら魂になって復活する森」に作り変え、迷い込んだ人間の生死を賭けて遊ぶことで暇を潰してるんだとか。
探検家の時、真の迷いの森に一緒に入って出られなくなったはずのノエリスがここにいるのは──そもそも分身だからってのと、魔法をかけた術者本人だってのが理由。俺が出られなかったのは、あの森にそういう結界が張ってあるから、逆にアイツが終始余裕そうだったのもそれが原因なんだろう。
ちなみにノエリス以外が出る方法は無いらしい。最悪だ。
ちょっと情報量が多すぎて混乱する……。
で、今回の俺はその結界を無視して、ノエリスの人形の一つとして成り代わった。
そりゃノエリスも疑問に思うよな。絶対誰も入ってこれないはずの空間で、魔力の補充をしてない捨てた人形が勝手に動きだした。しかも設定したものとは明らかに違う、「自我」を持っている。会話の流れから多分、「賭け」の最中だったみたいだし、楽しんでる時に俺を見つけたってのも驚いた理由の一つなんだろう。
逆になんで「成り代わり」はそんなことができんだよ。お前ホントに何なんだマジで。
「さて、と。じゃあ約束通り──次はキミがボクの質問に答えてもらう番だからね」
……来たか。
約束だ。どんな質問にも正直に答えるって言った。これについては守るしかねえ。死んだっていいとは言ったが、死にたいとは言ってないんだから。
「じゃあキミ。どうして動いているの? どうやってボクの結界に入ってこれたの? どうして『ウィスプ』の名前を知っていたの? 本当のこと教えてね」
じっと見られてる、探るみたいな目だ。俺を試してるような。
で、求められてる内容は、俺がずっと秘密にしてきた──「成り代わり」について。
ただ……今回は別に話してもいい気がする。
これまで隠してきたのは、毎回理由があった。
執事長とか盗賊とかの時はマズい立場だったから、相手を巻き込んではいけないって制約があったり、そもそも第一印象が最悪だったりで話せなかった。
それ以外だと、相手が過去の俺に強く執着してるおかげで、下手なこと言うと相手の逆鱗に触れかねない──俺の告白が、逆に俺の命を奪う可能性があったからだとか。
そもそも成り代わりなんて現象を信じてもらえそうになかったり、性別が違うから説得力に欠けるとか、そういう理由があった。
ソラナに成り代わりのことを話せたのは──ソラナが「呪い」なんて現象を信じてるっていう下地があったからだ。
「……じゃあ、聞いてくれ」
「うん。どうぞ?」
そう考えれば、今の状況はこれまでと全然違う。
俺の立場は人形の一体で、犯罪者でも容疑者でもねえ。そもそもノエリス相手なら俺が配慮する理由がねえ。
ノエリスは探検家の俺に執着してねえし、死んだことも軽く流してやがった。俺の事実を語ったところで、「嘘をつくな」と激昂する理由がない。
相手は魔女だから、不思議な現象だって受け入れられるってのもある。魔法だなんて単語をごく当たり前に使ってるし、信じてもらえる可能性が高い。
それに、俺はもうここから動けねえ。真の迷いの森の中心だ。周りは結界に囲まれてて、ノエリス以外は出られねえ。どの道、ここで喋らなかったところで取れる選択肢は何も変わらない。
つまり、ここまでくると──隠さなきゃならない理由がねえんだ。
「俺、実は──」
*
「……なるほどね」
はあ……はあ……満足そうな顔しやがって。
こっちは結構緊張しながら話してたってのに。
俺は、成り代わりのことを全部話した。
何度も死んで、何度も別の体で目覚めて、今回で十回目だってこと。探検家の時に会ったアシェルも俺だったってこと。ウィスプって言葉を知ってたのも、それが理由だってこと。で、それ以上のことは──俺はただの巻き込まれた一般人だから分からねえってこと。
ソラナにだって一部はぼかしながら話してたんだ、全部包み隠さず話したのは多分これが初めてになる。初めてこの悩みを打ち明ける相手が性格の悪い魔女ってあたり、俺にはよっぽど運が無いと見える。
「つまり、キミは『死んでも別の体で生き返る』っていう、特殊な能力を持ってるんだね」
「……まあ、そういうことになるな」
「で、今回はボクの人形に入り込んだ、と」
「ああ」
「へえ……面白いね」
口だけじゃねえか。顔が面白いって言ってねえぞ。
ノエリスは途中で何度か質問を挟んできたが、大体は黙って聞いてやがった。
信じてるのか、信じてねえのか、表情からは読み取れなかったが……最後まで聞き終わって納得したような顔をしてやがるし、こんな変な話聞かされたってのに不気味なほど落ち着いてる。
普通なら「そんなこと信じられるか」って反応が来てもおかしくねえのに。何の疑いもなく受け入れてくれたってことでいいんだろうか。
まあ、心当たりのない顔してるところ見るに、コイツ自身はこの現象に関わってねえんだろうが。誰だよ元凶は。
「ま、信じる信じないは別にしてさ」
「おい」
なんだよ。
あんなに神妙な顔して聞いてた癖に結局あんまり信じてねえのかよ。
「ねえ、アシェル……でいいんだよね、キミは。探検家だった頃の記憶を持っていて、人形とは違うきちんとした魂を持っていて、きちんと思考できる脳を持っている。これは合ってる?」
「……まあ、そうだと思うが」
「そう。じゃあ提案なんだけどさ」
……提案? 何だ? 「もう用済みになったから今すぐぶち殺すけどどんな死に方にしてほしい?」って提案か? それならすごく嫌だけど、同時にすごく助かるぞ。
そうじゃねえなら、一体何を言い出すつもりで──
「──キミ、ボクの眷属にならない?」
「……は?」
け、眷属?
なんだそれ。何言ってやがる。
「ボクの眷属になって、ボクのために働いてよ」
「……なんでそうなる」
「だって、退屈なんだよ」
退屈。
こいつ、そんな理由で俺を、その……眷属ってヤツにしようとしてんのか。
というか眷属ってなんだ。
まず何するのか言えよ。
「ボクはね、ずっと一人だったんだ。この森でずっと。人形を作ったり、遭難者で遊んだりしてたけど──まあ、正直飽きちゃっててさ」
……いや。なんか急に悲しそうな背景みたいなのを出さないでほしい。
俺はこれまで壊してきちまった知り合いたちを矯正していくんだって目的がある訳で。このまま長い長い年月をコイツの眷属とやらで過ごすつもりは微塵もねえんだけど。
言いたいことは分かるぞ。人形だと魔力が尽きたら動かなくなるし、脳が無いただの器だから遊んでも、足りねえってことだよな。
だから、眷属が欲しい。使える道具が欲しい。俺は意思を持って動いてる。永遠にこき使える道具として、コイツは俺を見てやがる。
「だから──キミが欲しいんだ。ボクの眷属として」
ノエリスは、俺を見てる。期待してるような、そんな目で。
でも、その目は物を見るような。少なくとも対等な人間を見る目じゃねえ。道具を見る目だ。
「……眷属になったら、ここから出られるのか?」
「出られないよ」
「じゃあ、何のために眷属になる必要があるんだ」
「んー、特にないかな」
即答かよ。
本当に俺に一切のメリットがねえじゃねえか。
「でも、眷属にならないなら──ボクはキミを苦しめて苦しめて苦しめて殺しちゃうかな」
「……は?」
「言うとおりにすればよかったって後悔して、それでも足りないくらい苦しませて──次にもう成り代われないようその魂もぐちゃぐちゃにしてから殺してあげようか」
「っ!?」
は。ちょっ、お前。
それは、ずるいだろ。
いくら俺が外に出られねえからって、いくら俺が取るに足らないくらい弱いからって──自分の要求を突き通すために、従順な部下を手に入れるためにそこまでしてきやがんのかコイツは。
ああいや、そうだった。ウィスプ共は総じて性格が終わってるんだった。コイツはウィスプそのものじゃないとはいえ、そこに混ざっても周りから違和感を持たれないやべーヤツなんだ。じゃあコイツの性格が真っ黒なのも当たり前じゃねえか。
だとしても、その眷属ってのになっちまったら──いつ解放されるのか分からなくなっちまう。
それなら一瞬のチャンスでも狙って寝首を掻いて、結界を無理に破壊でもさせた方が早いような気もするぞ。
クソ、どうすればいい……?
ここでコイツの眷属になるのか、それとも反抗して機を伺うのか。
俺はどっちを選ぶべきなんだ。
俺は、どういう行動を取るべきで──
「あっ、そうそう。眷属になったらその『成り代わり』についても解析してあげるよ。ボクの力があればきっと調べられると思──」
「なんだよそれを先に言えよ何すればいい今日からご主人サマって呼べばいいか?」
「……ちょっと変わり身が早すぎないかい?」
*
「(眷属誕生記念ってことで、彼の体、ちょっと見せてもらったけど……)」
「(あの微かな魔力は……背中から出てたのか。どうしてそんな場所に?)」
「(それに、この魔法陣に刻み込まれてる文字……一体……)」
「(『ソラナ』……ってどういう意味だろ。どうして背中に書いたのかな)」
「(……まあ、いいか。大したものじゃないでしょ)」
「はい、これでいいよ。結果が分かったら教えるね」
「おう、頼むぞご主人サマ」
「それ気持ち悪いからやめてもらっていいかな?」
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