迫ってくる重みと小屋に住む魔女
俺は死んだはずだよな?
じゃあなんで──視界は真っ暗で、体が埋もれたままなんだ?
「……っ、重……」
なんだこれっ……息がしづらいったらありゃしねえ。
胸が潰れて肺が押しつぶされて、空気を吸おうとしても何も入ってくる感じがしなくて、その癖吐き出そうとしても吐き出せねえ。
周りは真っ暗で何も見えねえし、体も動かしにくいから周りが何なのかも分からねえ。ただ全身に何かが覆いかぶさってて、その重みで体が押しつぶされてるっていう感覚だけがあって……。
俺は──瓦礫に押しつぶされて、圧死したんじゃなかったのか?
……いや待てよ、すごく嫌な予想が浮かんだんだが。
瓦礫に押しつぶされたはずなのに今こうして意識があるってことは……まさか、失敗したのか? 崩落に巻き込まれたはずなのに死にきれなかったって?
それで、今の状況は瓦礫が俺の上にのしかかってるが──俺はそれをどけることもできず、ただ身動きが取れないままここにいるってこと……になるのか?
それとも、あの瞬間の記憶が曖昧になってるだけで実際には別の何かが起こったのか?
「クソ……今の状況……助かったのか、助かってねえのか……」
さっきまでの熱は感じない。もう近くに火はねえってことだ。
もし成り代わりが発動してない、つまり俺が死んでないのなら──火事は収まって、俺は瓦礫の中にできた奇跡的な空洞の中で生き延びることができたってことだ。都合悪いことばっかりのあの最後で、最後に運に恵まれたってことになる。……いやでも、このまま助けもなく生き埋めのままだとどっちにしろ餓死しちまうぞ。
もし成り代わりが発動した、つまり俺がちゃんと死ねてたなら──成り代わり先が何かの下に埋まってるってことだ。成り代わりが発生して一発目に考えることが「息がしにくい」なのかよ。このまま殺すならせめて楽に死なせてくれよ……。
ああでも、俺は死んだが成り代わりは発生してなくて──ここが死後の世界って可能性もあるのか。死後の世界は生き埋めから始まると。へー、最悪だな。
「あ……でも。なんかやわらけえな……」
思いっきり手動かしたら何かに触れた気がする。
温くはないが……硬さは感じない。いや、確かに硬くはあるんだが……これが沢山乗っかってるからって押しつぶされるってことは無さそうな感じだ。
瓦礫じゃねえのか? いや、瓦礫ならもっと硬いはずだよな。石とか木材とか、そういうのが上に乗っかってるなら、もっとゴツゴツした感触があるはずだ。でもこれは……布か? 布みたいな柔らかさがある。その下に何かがあるような感じもするが、少なくとも表面は柔らかい。
ってことは、瓦礫じゃねえ。
じゃあ何だ? 何が俺の上に乗っかってる?
「……動くか?」
試しに腕を動かしてみて……おお、動かせる。
重みはあるが、完全に固定されてるわけじゃねえ。少しずつだが、腕を上に向かって持ち上げられる。指先が何かを押しのける感触がある。柔らかくて、でもそれなりに重みがあって……。
これ、本当に瓦礫じゃねえな。じゃあ、成り代わりは成功したってことか。もしかして、布団とか? いや、布団がこんなに重いわけねえだろ。それに、こんなに大量に積まれてるような感じもしねえし。じゃあ何だ? 何がこんなに俺の上に……。
「っ……とにかく、出ねえと……」
考えてる場合じゃねえ。息がしづらいのは変わらねえんだから、このまま埋もれてたらマズい。とにかく這い出ねえと。
……いける、いけるぞ。少しずつだが、隙間ができてる。光も差し込んできた。
もう片方の腕も動かして、体を捻って、肩を動かして。背中が何かに引っかかる気がするが──今丁度いいとこなんだ、てめえが何だか知らねえが強行突破させてもらうぞ……。
おっ! よし来た!
上半身が外に出せた!
「っ……はあっ、はあっ……!」
おお、やっと思いっきり息が吸い込めた。空気が一気に肺に流れ込んできて、ちょっと咳き込んじまいそうだ。喉が痛えし、若干胸が苦しい──でも息ができる。
周りはどう見てもヴェインの屋敷じゃねえ。てことは、成り代わりが起きたってことだよな。周囲の景色が全く違うんだから。
生きてる、生きてるぞ。息ができるし体も動かせる。次はあったんだ。俺はまだ終わってなかった、まだチャンスはあったんだ。これまでの色んなこと、全部このまま放り出さずに済んだ。
つまり──自死でも成り代わりは起きる。焼死を避けるために圧死を選ぶっていう判断は間違ってなかった。俺の仮説は正しかった。異なる死因が次に繋がるかどうかはまだ確定してねえが──自分から死にに行ってもとりあえず成り代わりは起こってくれる。それが証明された。
──で、ここはどこだ?
「……ん?」
さっきまで暗いとこにいたせいか視界がぼやけてるような。何度も瞬きして、痛くなるぐらいに目を擦って、ようやく少しずつ見えてきた。
えっと。周りは全部木で囲まれてて、床……というか地面には草が生い茂ってて、見上げれば夜の空が映ってて……どこだここ?
さっきまでいたはずの屋敷はどこにもなく。燃え盛る炎や崩れ落ちる天井も、煙も熱気も何もねえ。代わりに目の前に広がってるのは、木々に囲まれた開けた空間。空気は冷たくて澄んでて、なんだかどこかで見たような──懐かしい感じがする。
「……そういや、俺が埋もれてたのは、いったい──」
……え?
うわっ。
「……んだこれ。死体……か?」
*
うわ。
うーわ……。
俺が埋もれてたの……死体の山だったのか……。
「うげえ……」
何十人もの人間が、服を着せられたまま、山みたいに積まれてる。全員冷たくなって動かねえから多分、死んでるんだろう。
俺はその山の下の方に埋もれてたらしい。だからあんなに重くて息ができなかったのか。周りを覆ってたのは崩れた天井じゃなくて、人間の体だったと。うげえ気持ち悪。
不幸中の幸いなのは、何故かこの動かねえ死体たちが──一人も腐ったり汚れたりしてなくて、おそらく死んだ時そのままの姿で積まれてることだ。血の一つも流れてねえし、他の体液だって何一つ見えやしない。この山の中にいても、病気とかにはなってねえだろう……多分。
「うっ……」
それでも気持ち悪い。これだけの人数殺そうと思えば相当な時間がかかるだろ。誰がやりやがったんだ。
これは何だ。何でこんなところに大量の死体が積まれてる? 何で俺はその中に埋もれてた? 成り代わりが起きたのは分かるが、よりにもよって死体の山の中で起きたってことか?
それに一切損壊した跡が見えないってのも不気味だ。文官アシェルの遺体をあれだけ大事に管理してたソラナでさえ、多少は腐らせてたのに。ここにいる死体にはそういった跡が全く存在しない。
おまけに来てる服も全員同じだ。どれも似たような簡素なもので、適当に着せられたって感じ。無造作に積まれてて、手足の向きもバラバラで、まるで荷物みたいに扱われてる。これをやったのは相当悪趣味な──
「……ん?」
顔が──似てる?
いや、似てるっていうか……全員、同じ顔をしてる気がする。微妙に違うような気もするが、でも基本的には同じ顔だ。目の形、鼻の高さ、口の大きさ。どれもこれも、ほとんど同じに見える。
「何だこれ……双子か? いや、双子でもこんなに……」
何十体もの死体が、全員同じ顔をしてる。そんなことあるのか? いや、あり得ねえだろ。双子だって限度がある。三つ子、四つ子、いや、それでもこんなに大量にいるわけがねえ。
じゃあ、これは何だ? 何でこんなに同じ顔の死体が積まれてる?
それにこの顔、どこかで見たような気が……。いや、でも誰だか分からねえし、思い出せねえが。でも確かに、どこかで見たことがある気がする。どこで見たんだったか……。
「……まあ、いいか」
考えても分からねえもんは分からねえか。それより、今は他に確認すべきことがある。
ここはどこだ? 成り代わりが起きたのは分かるが、一体どこに成り代わったんだ?
とりあえず。
何か、手掛かりになるようなもん探して、とりあえず周囲を探索しねえと──
「──これ見たことあんなー……」
ちょっと歩いてすぐ。
白くてつるっとした綺麗な傘で、根元が袋みたいに膨らんでるキノコが山ほど見つかった。
当然覚えがある。忘れる訳がない──これは「迷いの森」で「ウィスプ共」に騙されて食わされた「毒キノコ」だ。おかげで食ったもん全部吐き出して、ウィスプの言うことは鵜呑みにしないと心に誓ったあのキノコ。
で、これが群生してる場所に──俺は一つだけ心当たりがある。
「てことは、ここ……『真の迷いの森』じゃねえかよー……」
最悪だ。よりにもよってとんでもないとこで目覚めちまった。
ここは──真の迷いの森だ。探検家の時、最後に迷い込んだあの森だ。木も葉も枝も根も近づくだけで危ないような特性を持ってる場所、この毒キノコが群生してて、あの『怪物』ですらここには入ってこない。
俺はノエリスと一緒に森の中に入っちまって、出ることもできず、食料も水も見つからないままで、結局餓死した。あの森と同じ空気、同じ冷たさ、同じ雰囲気。間違いねえ。
もし今回も王都で成り代われれば良かったんだが……なんでこんな離れた場所なんだよ……!
あの森の奥にこんな開けた場所があるとは思わなかったが……足元のキノコが「これが現実だ」って突き付けてくるような気がする。
かつて遭難した時は空の「そ」の字すら見えないくらいに木々が生い茂ってたんだが。周りこそ森に囲まれてるだけで、ここ自体はかなり開放感のある場所だ。
とりあえず、今、一つだけ確かなことがある──ここから動くのは危険だ。
もし、ここが本当に真の迷いの森なら、ここから森に入った瞬間また出られなくなっちまう。
探検家の時の教訓だ。分からねえ場所では、無暗に動かない。安全な場所を見つけたら、そこを拠点にする。それが生き延びるための基本だ。三週間未満の教訓で何をほざくんだって感じだが。
ここは開けてて、空が見えて、空気も悪くねえ。少なくとも、今すぐ死ぬような場所じゃねえ。ここを拠点にして、周りの様子を探る。それが一番安全だ。
「でも、水と食料がねえな」
周りを見回しても水場は見当たらねえ。死体の山があるだけで、他には何もねえ。当たり前だ、真の迷いの森には食べるものも水場もないって自分の身を以て経験してるんだから。散々ウィスプ共から忠告を受けてたし。
ああクソ、また餓死するのか? 探検家の時と同じように、ここで飢えて死ぬのか?
……いや、待て。ここには死体があるよな。
いや、死体を食うって意味じゃねえが。本当に追い詰められた時にちょっとはやるかもしれない……ぐらいの認識だが。
でも、死体があるってことは、ここに誰かが来たってことだ。誰かがこの死体を運んできた。誰かがこの死体を積み上げた。
──ってことは、ここには人がいる。
「……じゃあ、そいつを探せば」
これだけのヤツを殺した人間なんだ。
俺だって無事で済むかどうか分からねえ。
ただ、話せば意外と分かるヤツかもしれない。それを信じるほかない。
今の俺には、その可能性に賭けるしか、生き残る選択肢が残されてねえんだから。
*
「……ん?」
あれ何だ?
開けた場所をちょっと進んで奥の方。木々の間に──何か大きな建物が見える。
いや、建物っていうか……木の上に建ってる? でけえ木の枝や幹を柱にして、その間に小屋が建ってやがる。
あれか? あれが「ここにいるヤツ」が住んでる家なのか? あのツリーハウスに住んでる誰かが、この死体を運んできた。
てかそれ以外ありえねえよな。そこまで大きいって訳じゃねえが、木の幹に沿って建てられてて、窓もいくつもあって、屋根もちゃんとついてる。あんなもんをよく作ったよ。中にいるのはよっぽどの大男か……。
耳を澄ませば──微かに物音もする。
探し人は在宅中らしい。
「……行くべきか?」
いや、でも危険だよな。
あんだけの死体を積み上げるようなヤツだぞ。まともな人間のはずがねえ。接触はいずれ起こさなきゃいけないアクションだが、何の情報も無しに対面するのも危ない気がする。もしかしなくても、俺だって殺されるだろう。
じゃあ、アイツが小屋の外に出てくるのを待つ方がいいか。アイツが出てきて、どんな人間なのか、今の俺でも返り討ちにできそうな可能性があるか、そういうのを探ってから接触する方がきっと安全に決まってる。
だから今は、物陰に隠れて、大人しくチャンスを待つだけ──
『あはははっ!』
……ん?
……今、笑い声したよな。
楽しそうな、はしゃいだような、そんな声が確かにあの小屋から聞こえてきたような。
複数人で駄弁りながら花を咲かせてる……って感じじゃねえ。声は一つしか聞こえなかった。小屋の中にいるヤツは──何が可笑しいのか、一人で笑ってる。
ていうか女の声だった。俺の予想してた大男ではまるで出せねえような声だったぞ。
『やったやった! また死んだ!』
お、おお?
死んだ? また? 何が?
『やっぱりボクの言った通りじゃないかー! 彼ほど長く生き延びる個体はそもそも珍しいのさ!』
え? え?
な、何言ってんだ、あの女?
誰が死んだって? 『彼』って誰のことだ? 個体ってどういう意味で?
それに、まるで会話してるみたいな喋り方だ。相手の声は聞こえねえのに。どう考えてもやばいヤツだ。
それか、一人で喋ってるだけで、小屋の中には他に人間がいるのか? それはそれでやばいヤツが二人以上に増えるだけなんだけども。
『……毒キノコ? 何言ってるのさ。あんなの、食べただけで死ぬ方が悪いんだよー』
いややっぱり誰かと話してるよな。
会話の流れからして、誰かの返事が含まれてなきゃおかしい文言がいくつか出てる。
毒キノコってのはどういう文脈の流れで出てきやがったんだ。死んだってのは誰のことを言ってやがんだ。
もしかして、今この瞬間に誰かを殺しやがったのか? 今からまた、動かなくなった同じ顔の人間を、あの場所に捨てに行ったりしねえだろうな? そんな真似されちまったら今後のご近所付き合いは絶望的だ。ちょっと幸先悪すぎるぞ……!
『全く、張り合いがないねー。でもまあ、仕方ないか。次に期待だね』
『あーあ、もっと頑張ってほしかったのになあ。でも所詮この程度かー』
『はいはい。負け惜しみなら好きに言ってなよ。勝ったのはボクなんだしー』
張り合いがない? 次に期待? もっと頑張る? 負け惜しみ?
何の話だ? 誰かと賭けでもしてたのか? で、その賭けに勝ったから喜んでるのか?
本当にさっきから誰に言ってるんだ。誰も返事してねえぞ。
何が所詮この程度なんだ。何を期待してたんだ。
笑い声がまた聞こえてくる。本当に楽しそうだ。勝ち誇ってるような、そんな感じの笑い方で──-
「あー満足した。今日はこれくらいにしておいてあげるよ」
──えっ。
しまっ、隠れねえと。
アイツ、急に出てきて──
「ん? ……え、誰?」
や、やべえ。
目が──合っちまった。
*
「──え、ちょっと待って。……キミは?」
やっちまった。急に出てくるとは思わなかったんだよ。
元々は物陰に隠れて様子を見るつもりだったのに、隠れる間もなく目が会っちまったせいで、完全に俺のことを認識されちまった。
逃げようにも周りは「真の迷いの森」で、入った瞬間俺の死が確定するし。
相手がどんなヤツかまだ分からねえってのに、もう見つかっちまった。最悪だ!
「変だなあ……なんで捨てたはずの『抜け殻』が動いてるのかな?」
……は?
な、なんだって? 抜け殻?
俺のこと言ったのか? 抜け殻ってどういう意味だ?
出てきたのは──やっぱり女だった。薄い紫の髪色で、鍔の広いとんがり帽子を被ってて、片手には変な棒を持ってる。
こっちに近づいてくる。警戒しつつ、不思議そうに。何だ、何が変なんだ。俺が変なのか? それとも、俺がここにいることが変なのか? 捨てたってなんだ、抜け殻ってなんだ、動いてちゃ何がおかしいんだ。
俺はどうすればいい? 話しかけるべきか? それとも黙ってるべきか? 下手なことを言えば、殺されるかもしれねえ。でも、黙ってたら不審に思われるかもしれねえ。どっちにしろ、もう見つかっちまったんだ。今更隠れることもできねえ。
でも、アイツの言い方からすると──あの死体の山は、やっぱりあの女が作ったものなんだ。あの女が「捨てる」ことによって出来上がったもので、本来なら動かないはずのもので、俺はその中の一つだったはずだって認識されてる。
で、俺が動いてることが、アイツにとっては異常事態ってことなのか。だから不思議そうな顔を?
「どうして動いているのかな。もしかして──外部から何らかの干渉を受けている? キミは誰の指示で動いてる?」
知らねえよ。お前が知らねえことはこっちだって知らねえんだよ。
成り代わりのシステムのことは俺にだって分かってねえんだし。てか、抜け殻って結局何なんだよ。
「やっぱり、おかしいよね……キミ、どうやってここに干渉できたの? ここにはボクの結界が張ってあって、外からは見つけられないはずなのに……」
……干渉できた?
俺は成り代わりで、気づいたらここにいたんだ。それを説明したところで信じてもらえるとは思えねえし、そもそも説明する気もねえが。
でも、アイツは本気で聞いてやがる。どうやって入ってきたのか、本当に知りたいみたいな顔をしてやがる。
答えに詰まってる俺を見て、女はなんだか楽しそうに笑いながら。まるで、面白いパズルを見つけたみたいに、俺が困ってることを楽しんでるみたいに……。
「キミはどうやって入って来たのかな、この──『魔女ノエリス』の結界の中にさ」
……え?
……魔女、ノエリス?
……ノエリス?
──ノエリス!?
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