友人を名乗る部下と通り過ぎた馬車
「それで、お仕事は──何をされてるの?」
「ああ、えっと……色々と、雑務を」
ロエマの部屋で、俺たちは向かい合って座ってる。
紅茶が出されて、菓子が並べられて、なんというか──普通の、お茶会みたいな雰囲気だ。
レミが「ロエマ様がお会いになりたいと仰っています」って言ってきた時は驚いた。なんでも俺とレミが会ってたところを見てたらしく、レミが「友人」と紹介したことで気になったんだとか。「ご主人様」とか言い出さなくて助かったよ。
俺だってロエマの様子は確認しておきたかったし、レミに危ない真似させられてないか不安だったし、断る理由もなくて来たんだが……やっぱり結構緊張するな。
ロエマは写本師のアシェルを知ってるし、現場にもいた訳だから当然俺が死んだことも知ってる。なんならその光景だって見てるだろう。その俺が、別人の顔で、「レミの友人」って体で目の前に座ってるんだ。バレるわけがねえとは思うが、それでも落ち着かねえというか……気まずいというか……。
「雑務……大変そうね~……」
「そ、そっすね」
ま、まあ、嘘は言ってねえか……?
何かこれと言って決まった仕事をしてる訳じゃねえが、かといって普段何もしてない訳でもねえし。たまにソラナの手伝いしてるし。「自分のやるべきこと専門」の雑務をやっていると言えば一応嘘ではねえはず。
ロエマは笑顔で返事してくれてる。
滅多に見せない「レミの友人」だから、丁寧な応対をしてくれてるんだろうな。
相変わらず優しい、懐かしい笑顔をしてる。でも、なんというか──若干、無理してる感じもあるような。元気そうに見えるけど、目の奥に影があるというか。写本師のアシェルが死んでから、どれくらい経ったんだっけ。……数週間ぐらいか?
それでも、まだ引きずってるんだな。
そりゃそうか、これまでもっと長い期間引っ張ってるヤツらも沢山知ってたわ。
予想してたことだが、ロエマは結構よくしてもらってたし、亡き妹の面影を重ねてたし、死んですぐの俺の死体だって見てるだろうから──それだけ、強いトラウマになって残ってるってことだ。確かに、簡単に立ち直れる訳がねえよな。
「ええと……そっちの仕事は、どう、ですか」
「ええ、おかげさまで。最近レミちゃんが色々と手伝ってくれるようになったから、助かってるわ」
「そう、ですか──なら、よかった」
仕事はとりあえず順調な方向に戻って来てるのか。そりゃいいことだ。
ただ……レミが手伝ってる、ねえ。
確かにレミは有能だし、ロエマの世話も焼いてるんだろうが……何をどこまで「手伝ってる」のか、ちょっと怖いんだよな。アイツ、その気になれば競合相手をさらっと「不慮の事故」に巻き込んだりできるだろうし。教会の勧誘員を「追い払ってる」って話だったが、他にも何かしてそうで──それが怖い。
「レミちゃんとは、長いお付き合いなの?」
「いや……最近……っすね」
「そうなの? でも、すごく仲良さそうに見えるわ」
そ、そうだろうか。
果たしてそうなんだろうか。
非常に不本意なんだが。
俺がレミを怖がってるのが、ロエマには「仲良し」に見えてんのか。それとも、レミが上手く取り繕ってるのか。
「ねえ、ちょっと聞いてもいい? レミちゃんとは──どういう関係なの?」
「いやあ……ただの友人、です」
「友達~? 本当に~?」
「本当」
「ふ~ん……そ~なのね~……」
普通に嫌だなあ。
俺に友人って呼べる知り合いはいねえし、いたとしても全員縁が切れちまうから、どういうのを友人って呼んでいいのか分かんねえんだけども。その第一号にレミを選ぶってのはとんでもなく複雑だな。
そもそも、実際は俺を友人どころか、「ご主人様」呼びしてやがるし、俺はレミを怖がってるし、まるで対等な関係じゃねえ。そんなこと言える訳がねえからこう言ってるだけなんだけども。勘弁してくれ。
対して、ロエマは「またまた~。ホントは違うんでしょ~?」みたいな顔してる。
確かに、レミの態度を見てれば、「友達」には見えねえかもしれねえけど。
まあ、いいよ。それでアンタの気がちょっとでも晴れるなら大歓迎だ。
好きに誤解してくれ。
「でも、レミちゃん。あなたのこと、すごく大切にしてるみたいだから。ちゃんと大事にしてあげてね」
「……はい」
俺がレミを大事にするんじゃなくて、レミが俺を大事にしてるんだが。
「アシェル、そろそろ……」
「ん。もうそんな時間か──じゃあ、ロエマさん。今日はこれで」
「ええ。会えて嬉しかったわ。ありがとう。また来てね~?」
「はい」
一応「友人」ってことでレミはロエマの前でだけ口調を変えるようにしてるらしい。
別に誰に対してもその口調なんだからわざわざ変えなくていいと思うが。レミの中だと、友人は敬語を使わねえ間柄って認識なんだろうか。アイツ自身も「仕事柄、友人はいたことがない」って言ってたし、俺もいねえし。結局どれが正解なのかは分からない。
分かったのは「私だってレミちゃんにそんな言い方されたことないのに……」と、残念そうなロエマから若干の嫉妬をぶつけられたことだけだ。
俺のせいじゃねえのに。解せない。
*
「久方ぶりのロエマ様はお気に召しましたか? ご主人様」
「食べ物みたいな言い方すんなよ……ロエマは人間だろ」
「失礼致しました」
部屋を出ると、レミが廊下で待ってやがった。
相変わらず無表情で、でもなんというか──俺を見る目がちょっと満足げというか。
まあコイツは目的を達成した訳だからな。そりゃ嬉しいのも当然……やめろやめろ見透かすなにっこり笑うな怖いんだよ!
「で、お前。ロエマに変なこと吹き込んでないだろうな」
「変なこと、とは?」
「俺たちの関係とか、教会の連中の話とか、お前の強さの話とかだよ。友人だってのも今日初めて聞かされたぞ」
「事実ではございませんか? ご主人様は私の主人であり、友人でもあります」
「友人じゃねえよ」
「そうですか。では、主従関係のみということで」
……コイツ、絶対分かっててやってやがる。
元々、コイツのレベルで有能なら主人がどういうこと言われて喜ぶのか、どういうこと言われれば不満なのか、それぐらい全部分かってるはずなんだ。なのに俺がどれだけ否定しても、レミは「ご主人様」呼びをやめねえし、人前じゃ友人だってことで通そうとする。全部分かってて俺をおちょくってる証拠だ。
クソ面倒くせえ。
「それで──教会の様子はどうだ? 今のとこ問題は起きてねえのか?」
「ええ、問題は起きていません」
「本当か? ロエマもお前も、怪我とかしてねえよな? 隠したりはしねえだろうが」
「……! ……はい、隠蔽などあろうはずがございません」
そうか。まあ、コイツがそういうならそうなんだろう。
仕事には真面目なヤツだ。「実のところとんでもない失敗をしちまったが、怒られるのが嫌なんで隠してます」ってのは、コイツに限ってあり得ないと思っていい。
「教会の連中はどれくらいの頻度で来る?」
「週に二、三度ほど。勧誘員が訪れます」
ふーん、なるほど。
週に二、三度、ね。教会はまだまだロエマのことを諦めてはいないと。
「で、お前は──どうしてる?」
「追い払っております──多少、痛い目を見せて」
「……どうやって?」
「骨を折る、指を曲げる、歯を抜く、など」
……うーん。
いや、戦闘能力を解禁してでもロエマを守れって言ったのは俺だからな……これぐらいはしょうがない犠牲として飲まざるを得ないか……。
教会がさっさと「ロエマは無理だ」って理解してくれたらいいんだが。
「……殺してはいないだろうな?」
「ご主人様がお望みでないことは致しません」
そうか。
つまり、俺が「殺せ」と言えば──躊躇なく殺すってことか。
こわ。
マジでコイツって運用していい人間なのか。
「ロエマ様には、『不審者を追い払った』と、詳細は伏せて報告しております」
「……そうか」
まあ、それはそれでいいか。
ロエマに、「あのレミが暴力を振る」ってるなんて知られたら、ショックを受けるだろうし。
とりあえず。
教会の勧誘員も上の人間に騙されてるだけの被害者なんだし、好き勝手レミに許可を出して、無実の人間がポンポン死ぬなんてことはあっちゃいけねえ。
となると……やっぱり大本を叩かなきゃダメだな。レミはロエマを守るためにここから外せねえし、ソラナの呪いなら遠隔で殺せるだろうけど……ソラナにそんなことさせる訳にはいかねえし。下手に俺が動いても証拠が残るから俺自身が危ねえし。
「──ご主人様は、慎重に行動を選択されますね」
「……は?」
なんだ。
また、藪から棒に。
レミが、満足げに笑ってやがる。
なんだよその顔。気持ち悪いな。
「目的に対して短絡的に行動せず、後のことをしっかり考慮して──それでいて欲を出し過ぎない。ご主人様のそういうところがとても好ましく思います」
「……そうかよ」
「ええ。安泰で、欲が薄く、慎重。理想的な主でいらっしゃいます」
……なんか、褒められてるのか、値踏みされてるのか、分からねえ。
でも、レミが満足してるなら、それでいいか。とりあえずそれさえ満たせれば、少なくとも、ロエマは守られる訳だし。今の俺にはそれだけで十分だ。
「……ところで、ロエマが『最近レミちゃんが色々手伝ってくれる』って言ってたんだが」
「はい」
「前までそんなことしてなかったろ。なんで急に」
「ああ。いえ、何故だなんて。それは勿論……」
「元々ロエマ様は殺すつもりでしたから。手伝う必要はないかと」
「あっもういいわ。お疲れさん。今後もよろしく」
「承知致しました」
ロエマはお前のこと友人だと思ってんのに。なんて非情なヤツなんだ。
お前にちゃんと色々言い含めておいた過去の俺を褒めてやりてえよ。
*
──やっぱ、大本を叩かねえとダメだよなあ。
レミと別れて、教会に戻る道を歩いてる訳だが。
街は相変わらず賑やかだ。商人が声を張り上げて、客が値切って、子供が走り回ってる。いつも通りの平和な光景だ。いつも通り過ぎてちょっと飽きるぐらいの。こういう日常が、ずっと続けばいいのにな。
ただ、俺の頭の中は全然平和じゃねえ。
ロエマはレミに守られてる、だからそこについて心配する必要は無い。現にレミは週に二、三度来る勧誘員を追い払ってる。骨を折る、指を曲げる、歯を抜くとか……まあ、えげつねえ手段だが、効果はあるだろう。教会の連中も、そのうち「ロエマは無理だ」って諦めるはずだ。諦めなきゃバカだ。
ただ、カルみたいに後ろ盾が無くて、かつ大きな心の支えがない場合は教会の勧誘に乗りかねないっていう危険性がある。写本師のアシェルを失って、幻影と話すようになって、仕事にも影響が出てる。新しい人も雇えねえ。元々はロエマが後ろ盾だったが……今のロエマに無理はさせられねえし。
ソラナだってそうだ。いい加減アイツの目を覚ましてやらねえといけねえが、呪いを信じてる以上これといった決定打に欠けるのが今の現状。地道に認識を変えさせるより、大きく「あっこの組織ダメだ! やめよ!」って思わせる何かが無いと先に進めねえ。
つまりは結局のところ──根本は、大本を叩かねえといけねえんだ。
できればトップ──所謂、教祖ってヤツか。あるいはそれに連なる重要な幹部あたりをぶちのめしてその首をソラナにでも見せてやるのが一番早いんだが、まあそんなことしても別のトラウマ植え付けるだしな。……腐敗した死体弄りまわしてるソラナに生首如きが影響するのか分からねえが。
「あの『長老』って言われる幹部あたりを狙うべきか……?」
ヴェイン。『洗脳の呪い』を使えるヤツは俺の知る限りほかにいない。あの野郎を殺せば、カルを守れる可能性は上がるだろう。他の幹部が介入してこなくなれば、ソラナの独断で勧誘は自由に操作できるだろ。そうなればロエマへの勧誘も止まる。証拠を積み重ねれば、ソラナに「教会の嘘」を見せられるかもしれねえ。
いや、でもあの幹部を殺したところで、教会は残るよな。どうせ他の幹部がまた同じことを繰り返すだろうし。教会そのものを潰さなきゃ、何も解決しねえ。いやでもそのためにはやっぱり、その手足となる幹部を潰さねえと──ああ、こんがらがってきた。
実際、どうやろうか? 丁度良い感じに幹部クラスのメンバーを追い詰める状況まで持ち込めればいいんだが……俺一人で、教会を潰せるのか? 幹部がいて、教祖がいて、王国全体にまで広がってるかもしれない組織を……。
じゃあ、誰かの力を借りるか?
いやでも、他のヤツらに汚い真似はさせたくねえし……。
「おい兄ちゃん! あぶねえぞ!」
「ん? え──うおおお!?」
おっとっ……とおっ!?
危ねえ!? ボーっとしすぎてた! 馬車に轢かれるとこだった! ていうか、あと一歩遅かったら間違いなく大怪我してたぞ!
とんでもねえスピードだな!? いくら馬車兼用の道だからってそこまでスピード出すことねえだろ!? 御者か、中の人間が急いでるのか知らねえが、バカみたいな速さで馬を走らせてやがって。街中でそんなスピード出すなよ、危ねえだろうが!
「よお兄ちゃん。大丈夫だったか? 考えながらフラフラ歩いてちゃあぶねえぞ」
「あ、ああ、助かった。ありがとう、あとちょっとで来世行きだったよ」
「……らいせ? 兄ちゃん変な宗教にでもはまってんのか?」
おっと。
名前も知らぬ果物売りのおっちゃんよ。ご明察だな。
ハマってはいねえが、変な宗教団体の一員ではあるぞ。
おっちゃんはそういうのにハマらないよう気を付けてくれよな。
「にしても、あの馬車……どっかで見たことがあるような……」
どこで見たことあったんだったか。つい最近も見た気がするんだが……なんだか思い出せない。
デザインが妙に引っかかるような。あの装飾、あの色合い──何か、見覚えがあるような。でも、何だ? どこで見た?
王都には馬車なんて山ほどある。似たようなデザインのもいくらでもある。だから、気のせいかもしれねえ。でも、なんだろうな。妙に、胸騒ぎがする。
……いや、考えすぎだ。疲れてるんだろう。教会のこと、カルのこと、ロエマのこと、ソラナのこと──色々考えすぎて、頭がおかしくなってんだ。見たこともねえ馬車に、見覚えがあるような気がしてるだけだ。
それに、仮に本当に見たことがある馬車だったとして──それが何だっていうんだ?
別に、俺に関係ある訳じゃねえだろ。ただの偶然だ。
*
「──本当に合ってんだろうな、嘘だったら承知しねえぞ! 俺、王都なんて来たことねえのに!」
「もう、うるさいな! 王都だって言ってんじゃん!」
「二人とも落ち着いて。今は彼女の証言が真実であると信じるしかないんだから」
「本当だって言ってるし! アシェル兄が『王都に行け』って言ったの! アタシちゃんと手紙まで書いてもらったんだから!」
「何回言えば分かるのさ! アシェル兄は『成り代わり』で、何回も別々の人生を繰り返してるんだって!」
「んなこと言われたって……どう信じればいいんだよ」
「そうよ。貴女の言い分があまりにも見逃せない内容だからこうしてるだけで──本当は今頃、墓荒らしの犯人として晒し首にしてるところだったのよ?」
「ひ、ひぃっ! い、いやでも! 犯人は別に捕まったじゃん!」
「関係ないわ。王都に着いたらまず支店の準備を手伝ってもらうから。例え嘘だったとしても、貴女を殺すのは拘束時間に見合う金銭を稼いでもらった後でないと」
「こ、怖いってこの女! 助けてアシェル兄!」
「で、でも! アンタたちの兄貴と婚約者だって『アシェル』って名前なんでしょ!? 多分それもアシェル兄だから! 優しくて、面倒見が良くて、責任感が強くて、アタシのこと一番に考えてくれて、ちょっと荒っぽいけどそこがカッコいい……それがアタシのアシェル兄だから」
「それは……そうだが……って、おい! 『アタシの』ってなんだテメエ!」
「落ち着いて。正確かどうか分からない情報に踊らされてどうするの。彼の弟ならもっと思慮深くありなさい」
「と、とりあえず! 王都に着いたら『アシェルって名前』で、『初めからいた』って認識で、『最近急に性格が変わった人』を探すの! それが多分、次のアシェル兄だから! いい!? リアン! マドリー!」
「ていうかネルお前! その……『アシェル兄』って呼び方を止めろ! 兄貴は俺の兄貴だ、お前のじゃねえ!」
「アシェル兄はアタシのだし! アンタのじゃない!」
「テメエ! 馬車から蹴落とすぞ! 拘束されてるって分かってんのか!」
「………………アシェルは私の婚約者なのに」
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