祝祭の裏と遺した思い
石のにおいと乾いた埃。裏手の通路は幅が狭い。敷石の段差は膝に来る高さで、排水の口は格子が歪んだまま。
角を抜ける。ルシアがいた。壁から半歩離して、通路の口に視線を置いている。目が俺を拾い、驚いた表情でこっちに顔を向けた。
「……? なんでここに、移動の指示があったはずじゃ」
「見ただろあの配置指示、北側通路だけ多すぎなんだ。もういっぱいだし、戻っていいってよ」
嘘だ。
そんな指示受けてないし、北側通路なんて行ってもないし、なんなら場所だって調べてねえ。
ここに来た理由は、ただとにかく嫌な予感がしたからだ。こういう時は、だいたい嫌なことが、後悔するようなことが起きる。
俺はいつもこの「嫌な予感」に従って行動してきた。コイツはただの気分じゃない、よく当たる。昔の稼業では、それで何度も助かった。これに逆らって碌な目に遭わなかった夜は無いし、前世でもこれをちょっと軽んじたおかげで、縄をかけられて首を落とされるハメになった。
だから今回は従う。命令されてるのは分かっている。俺の持ち場は北側通路の補助で、ここはルシアの巡回。後で減点されるだろうが、どうせすぐ抜け出す身だから、点が減ったところで俺にはどうでもいい。
そもそも掲示が直前に差し替わって、裏手巡回の人数が減らされてるのがおかしいんだ。ルシア以外にも名前自体は書かれてたが、その名前はいつだったか機密書類の件で俺の代わりで拘束中のはずの奴だった。つまりもういないヤツだ。
ただでさえ裏手は人の目が少ないんだから、複数人でないと穴ができる。表向き名前が書いてあるからって、実際ここにいるのが一人ってのは明らかにおかしい。しかも祝祭当日。
「ほんとに戻れって言われたの?」
「同じこと何回言わせる気だ」
「そ、ならいいけど」
押し返す。これ以上は掘らせない。掘らせれば、俺がここにいる言い訳を増やさなきゃいけねえ。さっさと視線を動線に戻す。
とりあえずいつも通りにやるんだ。手順を崩さない。崩す必要があるのは、やることが出た時だけだ。そうしてればこの嫌な予感も何とかなるはず。
「ねえ」
「ん?」
「朝の走りさ、今は五周でしょ。そろそろ六にする?」
ルシアの声はいつも通り。横目だけこっちに寄った。
いつもの話題だ。朝練の周回はどんどん数が増えて今や五になった。六か、この調子でいけば、正規の兵士になる頃にはとんでもない数になってるかもな。
「明日走って、余裕があれば追加、でいいんじゃねえか」
「ひとりで六は嫌だな」
「もう走る気でいんのかよ」
「ふふ」
それで言葉は途切れた。ルシアは周囲をしっかり警戒し、俺も隣に並んで同じ方向を見張る。
表の音は遠い。裏は静かだ。嫌な予感はまだ残っている。どうせ後で怒鳴られるだろうが。それでも、ここに来たのは間違いじゃない、はず。
*
──それでも、ここに来たのは間違いじゃない、はず。
石の匂いは変わらない。風は薄い。
時間だけが膝に乗って重くなる。裏手は表みたいに派手な音がない。遠くの歓声は湧いては消え、ここまでは届かない。何も起きない時間が続くと、体は勝手に余計な筋肉まで固め始める。余計な力を抜け、息は浅くしろ、まだ嫌な予感は消えてない。
急に空気が歯を欠いたのは、そこからだいぶ待った頃。
音じゃない。温度でもない。皮膚の裏で、歯車ひとつが空回りする感じ。嫌な予感が一層際立って背骨の下に刺さる。
殺気だ。
隠してるって訳でもない素人丸出しだが、それでもこれから人を殺してやるって意気込みがこっちに漏れ出してきてる。
来る。体が先に動く。俺はルシアにも気づかれないようにさっと息を潜め、壁の陰へ半歩沈めた。視線は通路の口。角のその先。
──いた。狙いは俺じゃない。視線の高さが違う。刃の線が、俺の位置より半段下を意識している。
とっさに隠れたおかげでこっちには気づいてないらしい。ソイツの目と武器はルシアを狙ってた。
角の影がどんどん膨らむ。走らない。歩いて来る。複数人なら、気づかれる前に手早く仕留めなきゃいけねえし、逃げる相手を追いかけられなくなる。速さを出さない歩き方は、「相手が一人」だって思ってる時の足ってことだ。舌打ちが喉で鳴る。つまりアイツはここの人員が一人しかいないことを知っててここに来てやがる。
掲示の差し替え、拘束中の名前、紙の上だけの人員、出欠の穴。やっぱり、最初からここは意図的に一人にされてる。機密書類で騒がせて人員を削り、祝祭前日に配置換えなんてものを差し込んで、裏手の巡回は表向き複数人体制のふり。実際にはルシア一人。今日ここを薄くするための、前からの段取り。
嫌な予感は的中した。俺みたいな下っ端盗賊じゃない、裏の人間が本気を出すときの匂いだ。それが今ここに来やがった。
影が角の縁を踏んだ瞬間、俺は下を向いたふりで半身を引っ込め、排水口の格子を踏み台にして、角の内側へ潜る。背中で壁を撫で、槍から穂先を抜き、肘を前に。
最初の一撃は頭じゃない。喉仏の下から突き上げる。盗賊の頃から人を殺すときの慣れ切ったやり方。これをするには槍じゃダメだ。今の俺に上手くできるかは疑問だが、息を止めて、音を作らず……。
「──っ……うわッ!?」
驚きが喉に引っかかって出た声だ。失敗した、刃が遅れた。急所から外れる。
が、確かに刺し込んだ。どうだ、殺すつもりだった奴が殺されかけるってのは動揺するだろ。
「離せ、離──ッ!」
左手で刃の根元を掴んで押しつけ、右肘で顎、膝で股。壁に押し当て、石の角で肘を返す。
「いッ……てえ、って……この!」
歯が欠ける音。息が切り替わる音。爪が俺の胸を掻く。指が目に来る。避ける。顔を擦らせるな。引き抜いてもう一撃。肩に刺さった。
相手の体が沈んでいく。沈ませろ。沈め切れ。
ぐっ、空いてる足で暴れやがる。待てって、この……!
「っざけんな──ッ!」
ッ!!
刺された、腹か! 畜生! 落とすのに時間がかかりすぎたか、だがこれぐらいの傷なら盗賊の頃に何遍も受けてきた!
ふくらはぎが攣る力。俺は軸足をずらし、踏みの角度を空振りさせ、肩で押し、肘で押し、距離を潰す。
「話がッ、ちげえだろ、ここにいっ、ッ──!?」
今だ。喉を潰す。言葉はいらねえ。チッ、まだ暴れやがる。肘で俺の脇をえぐってくる。
刃が、遅れて、入る。布の下で肉が熱を吐く。
「──カハッ、ァ……」
吐いた息が頬に当たる。生臭え。
掴んでる刃をひねって、指の関節に短い痛みを返す。
「痛ッ痛ッ痛いっ、やめ、やめろ──!」
やめない。やめたら死ぬのはこっちだ。
「──ッ、ルシア! 来い! 敵だ!」
俺の声を聞いて、ルシアの影が右から差す。気配が速い。
敵に刃物ぶっ刺しながら抑え込んでる俺を見て、ルシアは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに切り替え、抑え込んだ手首の外側から、槍が真っ直ぐに刺した。
ためらいがない。訓練で作った線だ。綺麗に入った。
「ガ──ッ!」
喉の奥で潰れたカラスみたいな音。
相手の腰が折れる。なおも足で蹴ってくる。弱い。当たっても力がない。
俺は壁圧を増して肩で押し切り、相手の手首を角に叩きつける。骨が小さく跳ね、柄が落ちる。金属が床で一回鳴る角度に落とす。
「く、そ、くそっ、ここに、いるのは……!」
喉潰されといてよくしゃべる。が、もう終わりだ。
胸の上下が細かくなる。目が泳ぐ。俺の肩を掴んで、指がずるっと落ちる。
「……一人の、はずじゃ……ねえのかよ……」
泡混じりの息に絡んで遺言がこぼれ、顎が落ちる。目は俺じゃなく、俺の向こうの空を見ている。
だろうな。今日の絵は、ここを一人にして潰すこと。目的は知らねえが、市中行幸はこっち側の表も通る。ここを陣取れれば、王女サマにも線が通るだろう。紙を差し替え、名前を飾り、裏を薄くして、当日に乗っ取れば王女暗殺だって不可能じゃねえ。
静けさが戻ってきた。妙に息が切れる。が、よし。ちょっと刺されたが、ギリギリでなんとかなったな……。
「だ、大丈夫だった?」
「平気だ、ちょっと掠ったがよくある程度」
「そ。そっか」
ルシアは呼吸を整え直して、若干震える声で聞いてきた。
「……これ、誰、なの。どう、する……?」
ルシアの目が俺を伺ってる。さっきはかなり思い切りが良かったが、今は敵の死体を見ないようにしてる。まあ、そりゃそうか。見習いに人を殺す機会なんてある訳ねえ。動揺してんだろな。
そもそもコイツが誰なのかも分からねえ。ルシアからすれば言われるがままにヤっていいのか分からねえ人間にトドメを刺したことになる。
「──安心しろ、殺して正解な奴だ。初めから立入禁止の場所に入って来て、お前を殺す気で狙ってたし、襲われても言い訳せず反撃してきた。敵襲だってことだ。俺がいなきゃ死んでたぞお前」
「……このことに気づいて、こっちに来たの?」
「いや? さっぱり。偶然だ」
声が掠れても荒く言い切る。押し返すように。
そもそも俺がここにいるのは命令違反なんだ。分かって来てたってなりゃ逆に怪しい。
「『武装した人間から敵襲を受けた』。──さっさと上に報告行け。俺はここで他に誰か来ねえか見張っておく」
「でも──」
「この場所を抑えるってことは狙いが行幸中のお偉いさんの可能性があるだろ。他にも別動隊がいりゃ、お前の憧れの王女サマだって危ないかもしれねえ。ほら、走れ。今すぐ」
「! わ、分かったわ、待ってて」
一瞬ためらったが、王女暗殺の線に辿り着いた瞬間、ルシアは頷いて踵を返した。靴が石を蹴る音が遠ざかっていく。
そうだ。それでいい。心ん中整理するために死体からは離れておくべきだ。
俺は背中を石に滑らせて、足を投げた。視線の先で、ルシアの背中が小さくなっていく。真っ直ぐな背筋。速い歩幅。
これで報告して、実際に暗殺阻止、みたいなことになりゃルシアは大手柄だな。夢に近づくための大きな足掛かりにもなるだろ。
……にしても、おかしいな。俺、盗賊の頃は骨も皮も割られて、それでも動いた。動いて逃げてた。これぐらいの傷慣れっこだったはずだが。なのに今は顔が青ざめて、手が冷えて。
あれ? 俺の体、こんなにやられ慣れてなかったっけか。
──ああ、今は盗賊の体じゃなくて、刺されたことなんざ一度もない、兵士の体だから……か?
*
……靴音が戻ってくる。
細かく刻む、石を擦る、速い。ひとり分の音じゃないように耳が錯覚するほど、踵の返りが真っ直ぐだ。息を詰める。喉の奥に砂が貼りつく。
「──っ、戻った、報告済み! 上は動かす、裏手は一時封鎖、詰所から人が来るって──」
角を切って、ルシアが飛び込んでくる。
肩で息をしながら、まず俺の顔、すぐ腹。瞳の焦点が一瞬泳いで、まぶたが二度、間を詰めて瞬く。
「……なに、その、色。顔、白い、え、ねえ、血、なんで」
「大げさ、だ。ちょっと擦っただけ」
「ウソ。ウソでしょ、だって──」
言い切る前に、ルシアは俺の手を勝手にどけ、上着の裾を乱暴にめくった。止めようとしたが、上手く腕が動かねえ。
布が音を立て、赤がひと息に露わになる。目が見開かれたまま動かなくなる。
「まって、ちょっと、これ、どこ、どこから出てるの、止まってない、ねえ、止まってない」
「立てるし、歩ける。問題ない」
立とうと腰を浮かせた瞬間、膝が勝手に抜けて石に指をついた。おかしい、指が震えてやがる。舌打ちしようとして、舌まで重いことに気づいた。
ルシアは迷わず俺の肩下に身を差し入れ、ぐっと引き上げた。
「──医務室連れてくから。行くよ、今すぐ!」
言い聞かせるように自分へ命じ、ルシアは一度だけ大きく吸うと、ばらけた言葉を飲み込んだ。
「右、壁側。私に合わせて。三、二、一──」
一歩。腹の内側で湿った重さが揺れ、熱が一枚剥がれた気がした。
「痛む?」
「……まあ、少しだけ」
「無理しないで。ほら──吸う、吐く」
荒い息の合間に、彼女の指が俺の肘の角度を調整する。裏手の段差、歪んだ格子。
足場ごとに彼女の肩が高さを変え、落ちかける重心を拾う。さっきまで取り乱していた口調はまだ熱いが、目的にまっすぐだ。
「ねえ、なんで黙ってたの。さっき報告してる間、こんな顔で──」
「いや、なんか大丈夫だと思って」
「バカ。後で絶対怒るから。──次、段差」
石から砂利、砂利から土へ。足元が変わるたび、俺の視界の枠が少しずつ狭くなる。なんだか視界が霞んできた気もする。
狭くなる輪郭の外で、遠い歓声が泡みたいに弾けては消え、腹の中の温度だけが確実に下がって。
「──ああ、もう」
ルシアが低く吐いた。足元を見ると、彼女の軍靴の踵留め革が甲側にねじれて噛んでいた。足首が不自然に固まり、歩幅の切り返しが遅れている。
ハッ。コイツこんなときにも間違えてつけてやがんのか。なんか歩きにくい気もしたが、コイツがドジ踏んでたせいだな? ははは、らしいのなんのって……。
「ごめん、また間違えてる私、脱ぐわ」
「ここで?」
「ここで。走れないよりマシよ」
言うや、彼女は片足を後ろに払って壁に踵をかけ、手早くバックルを外した。金具が鳴り、革がほどける。紐を引く手が震えているが、動きは迷わない。甲の拘束が解けた瞬間、彼女は靴を片手でぐっと引き抜き、指先で廊下脇へ弾いた。片足裸足。躊躇がない。裸足の足裏が土を掴む音が生々しく響く。
「スピード落とさず頑張るから。耐えるのよ」
裸足で痛そうに進んでいくが、それでも顔は苦痛より心配の色が濃い。スピードだってほとんど落ちてねえ。
大げさだな。ちょっと血が出てるだけだろ……。
ただ引かれる動きに合わせて呼吸を刻む。だんだん視界の黒がわずかに押し返され、すぐまた滲み出す。滲む速度は早まっている。足の裏の温度が、さっきより確実に低い。
大げさなのは俺の体も同じか。こんな怪我で分かりやすい反応しやがって。
「大丈夫? 顔色どんどん悪くなってる」
「大丈夫、大丈夫だって」
「嘘はやめて」
「嘘じゃないさ、どうにか、なるだろ、たぶん」
なんだかやけに声が細いな。ルシアの指がすぐ反応して握りを強めた気がした。
骨が折れそうなぐらい強い。力入れすぎじゃねえか?
横を見れば、必死そうなルシアの顔が視界に映る。
こんなにまじまじ顔だけ見たことないな。思ったより面がいいぞコイツ。
ははは、何考えてんだ俺、らしくねえ……。
*
あれ? なんか本格的にマズイ気がしてきたな。
前が全然見えねえし、声が笑っちまうぐらい細くなってるし、足先の感覚がまるでねえ。
「──もう少し。もう少しだから」
ルシアの声が、さっきより低い。俺の足が動かなくなったせいで今は完全に背負ってもらってる状況。おかげで進みはだいぶ鈍足だ。
一番の近道が裏手の道だったことと、見習い兵が皆任務に出払ってるおかげで兵舎の周囲はほとんど人がいない。いても速度が上がるかは分からないが。
俺は、呼吸のリズムを数えようとして。四つ、吸おうとして。……二つで止まる。勝手に。胸が持ち上がらない。
……これもしかして結構重症か、もしかして死ぬんじゃないか。
「大丈夫、大丈夫、絶対なんとかするから」
「……お前、足、痛い……だろ」
「そんなことどうでもいい、ほら息して」
あ? 息止まってたか? 頭回らなさすぎて気づかなかったぞおい。
視界の黒が、また一段濃くなってきやがった。ルシアの顔だけがかろうじて見える、焦点を合わせないとそれすらも見えなくなってきた。
おかしいな? これマジで死ぬんじゃないか? 今日死ぬつもりは全然無かったんだが……。
「ねえ、ねえ──」
ルシアが覗き込んだ……気がする。多分。
「目、閉じない。怒るよ。閉じたら怒る」
「……なんだ? やさしいな……」
「そう。後でもっと優しくしてあげるから、っ、頑張って」
言って、今度は顔を一瞬そむけた、気がする。
脳内に、過去の光景が勝手に浮かんできた。夜の屋根、濡れた縄、刃の線。昔の稼業の景色。
段々、それが思い出せる途端に全部色あせて、代わりに三週間の断片が鮮やかに浮かび上がってきた。朝の走りで聞いた息の音、装備室の金具の匂い、食堂の湯気、机の角、紙の手触り、店で食べた飯、あー……こりゃ走馬灯か?
そういや結局盗賊の俺がどうなったかの答えをタリエから聞けてねえな。それだけでも答え知りたかったが。
本格的に分かってきたぞ。こりゃ無理そうだ。
「──ちょっと、ねえ、まだだから。っ、息して」
ルシアの声が、走馬灯の手前で引き戻す。
なんだか涙声だな。俺たちってそんなに仲良しだった、か……?
「ほら、明日、六周走るんでしょ、言ったじゃん」
「……できたら、追加、しようって、俺、は……」
「待って、ねえ、本当に待って」
彼女の目を見る。見ているつもりだ。何も見えねえが。
「──なあ、これ、まに、あわねえ、と、おもう」
「大丈夫。間に合わせるから」
「はは……」
笑ったつもりだったが、口角が、動かない。
こりゃ、ダメだ、マジで、無理だ。
じゃあ、俺、せっかく生き返って、二回目のチャンスを、三週間で潰しちまった、ってことか。
はっ、お笑いだな。俺みたいな奴が、上手くやろうとしても、これが限界、ってことか……。
結局、何もできずに……。
「やだ。やだ、やだ、待って、まだ、ほら、起きて、ねえ──」
ああ、そうか。俺が来なきゃ、コイツ死んでたんだよな。
盗賊として何も成せずに死んだ俺が。将来の王族の近衛兵隊長殿の命を救ったってことか、それも三週間で。
なら、だいぶ、上手くやった方、か……?
「──なあ」
「な、なに。待って、すぐ着くから」
いや、もう、それは、無理だ。
その前に、せっかくだから、言わねえと。
「──お前、偉い兵士、になんだろ……。せっかく、生かした、んだから、頑張って、くれよ……」
「お願い、お願い、いやだ、ねえ、お願いってば、やだ、やだ、やだ──!」
言って、息が抜けた。声が割れた。
耳も聞こえねえ。言えたかもわからねえ。まぶたが重い。息ができない。
視界がぐるぐるする。何も見えねえのに。
ルシアはなんていってんだ。俺はちゃんと言えたのか。
ああ、でも。
正直もったいねえ気もするが、まだやり残したこともあるが。
二回目の人生は、クソみてえな一回目に比べりゃ。
中々、悪くなかった、と思う。
「ごめん、ごめん、私のせい、私が」
「私が、敵を殺すのが、遅かったから」
「私が、先に、報告なんか、行ってたから」
「私が、靴の結び方を、また間違えてたから」
「私が、私が、私が……!」
これで第1章終わりです。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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それでは、次話以降も宜しくお願いします。
みんなも出血性ショックには気を付けよう!(´・ω・`)




