おどおどした幹部と確かめたい事実
……(´・ω・`)
「それでは、新しい幹部のソラナ様より、皆様へご挨拶を──」
──ソラナ。
間違いねえ。あの声、あの喋り方、あの言い淀む癖──全部ソラナそのものだ。衝撃のおかげで進行役のじいさんの声だって耳に入ってこねえ。
やっと見つけられた。割と本気で心配だったんだぞ。行方不明だって聞いて、どこに消えたのか分からなくて、もしかしたら死んでるんじゃないかとも思ってて。でも、ようやく今になって生きてることを確認できた。
それはよかった、よかったんだが……場所が場所だ。正直見つかってほしくない場所で見つかったっていうか。嫌な予想が当たっちまったのに喜んでいいのかっていうか。
……てか、そもそも。
──なんで幹部なんだ?
何があった? どういう経緯でそうなった? 俺としては、文官のアシェルが死んだことで精神を病んで、職を失ったところを教会に拾われて、そのまま無理やり連れてこられて今に至るってイメージだったんだが。
そこから幹部の座にまで上り詰めた? マジで? そんな変な方向の才能があったのか、お前。ホントにソラナなのかちょっと不安になってきたぞ。もしかしたら似た姿の別人か、ソラナ本人だが中身は変わっちまったみたいな、そんなオチだったりするんじゃ──
「あの、その──挨拶は、いいです。私、人前で話すの、苦手ですし……」
え。
……え?
ちょ、おい。
「し、しかしソラナ様。信者の皆様も、お言葉を──」
「いや、その……私が教えられることなんて、ない、ですし。それに、作業の邪魔はしないでって、言ってたのに」
「そ、そんな。せめて一言だけでも」
「無理です。失礼、しました」
「え、ええ……」
あっこれソラナだ。
間違いなく本人だわ。
お前が人付き合い苦手なのは知ってたが──その場所にいたってことは段取りとか把握してたんだろ。流石にその対応はねえだろ。信者じゃねえ俺だってそう思ったんだ、そりゃじいさんだって困惑するぞ。
……いや、でも、よく考えりゃソラナは教会の被害者だもんな。むしろ幹部になっても昔と変わってねえのは、アイツがアイツのままって証拠でもあるんだし。責めるようなことでもねえか。
ただ待ってくれよ。このまま引っ込まれたらそれはそれで困るんだよ。お前が無事なのか確かめたいんだ。頼むから、もう少しだけでいいから、そこにいてくれるとありがたいんだが……・
……あー、行っちまった。
気配がどんどん遠ざかってく。ていうかこっちにも聞こえるぐらいの大きさで扉が開く音と閉じる音がしたぞ。隠す気微塵もねえなお前。
マジで帰っちまったよ。
その雰囲気で帰れるの逆に肝座ってるぞお前。
じいさんも諦めちまったみたいだ。なんか逆に可哀想な。
「……どうやらソラナ様は、お疲れのようで。では、本日はこれで……」
……クソ、何も確認できなかったな、声聞いただけだぞ。
でもまあ、声だけでも一応十分か。ソラナが生きてるって分かっただけでもとりあえずは収穫だよな。
にしても──ここからどうやって会えばいいんだ?
俺は一般信者で、ソラナは幹部だ。俺が殺したあの幹部は一般信者を大量に連れてたが──今のソラナを見た感じ、普通に話しかけるのは無理そうな気がする。
それに、ソラナは俺のことを覚えてるのか? いくら俺が死んだことが病んだ原因とはいえ、文官のアシェルが死んでからもう数ヶ月経ってる。今は「作業」ってのに夢中みたいだし、もしかしたらもう教会の教義とやらに飲み込まれてるのかもしれねえし──
「──挨拶もしないとは。相変わらず気味の悪い」
……あ?
え、なんだそれ。
「ええ、本当に。いつも部屋に引きこもってばかりで」
「信者と関わろうともしない。何を考えているのやら」
「まあ、神のお選びになった方ですから。我々が口を出すことではありませんが」
……信者共がぐちぐち言ってるのが聞こえてくる。
なんだコイツら。どうせソラナのことろくに知りもしねえくせに。
もしかして、ソラナは教団の中でも結構有名人なのか? それも悪い方向に。
だとしたら困るな……。周りに嫌われてるってのは色々と不都合で……。
──ん? いやそんなことねえな。
これから長いことここで暮らすならまだしも、さっさと抜け出すんだから別に大丈夫か。
*
「それでは皆様──今回はこれでおしまいになります」
ん?
じいさんがそう言った瞬間、周りの信者が一斉に動き出した。
ローブの内側に手を突っ込んで……何だ、何を取り出そうとして……。
「献金の列はいつも通りあちらにお願いします」
──金袋だ。皆、金の入った袋を持ってやがる。
え、どういうことだ。「これでおしまい」って言ったじゃねえか。
献金? 何だそれ。金を出すのか? 教会に? 今? そういうシステムなのか、ここ? 心の弱ったヤツを黙くらかして金を奪い取るってのが普段のやり方ってことなのか。
……てことは、部屋にあったあの金袋は──集会で渡す献金用の金だってのか。
待て待て待て。俺、持ってきてねえぞ。んなもん要るだなんて思ってなかったから普通に置いて来ちまった。いきなり呼びに来られて、とりあえずで持ってきたのはあの聖書だけだ。
どうする。このまま何もしなかったら、献金しない異端者だって思われるってことか?
そうなったら目えつけられて、ソラナに余計会いにくくなっちまう。それだけはマジでゴメンだぞ……。
やべえ、信者たちが列を作り始めてる。壇の前に箱が置いてあって、そこに金袋を入れていくみたいだ。終わったヤツから帰っていいシステムらしい。箱の周りには監視役の信者か立ってて、ちゃんと献金してるかどうか見張ってやがる。
うわ面倒くせえ。盗賊団のボスへの上納金思い出すわ。アレと似たような空気だな。
「──これでまた神の救済に一歩近づけますね」
「──俺の不幸もいずれ終わるってことだ」
「──呪いの力で私はもっと成功するんだ……!」
うわあ。
献金する側も側だぞ。多分、教会から「献金すればするほど、呪いの力で救われる」みたいな風に教えられてるってことだよな。なんで呪いなんだよ。それはダメな方の力だろ。
……でも待てよ。
……これ、やれるんじゃねえか?
箱の周りに監視役が集まってるってことは、逆に言えばそこ以外は手薄になってるってことだよな? 列に並んでる信者たちは皆、祈りの言葉を唱えながら順番待ちしてる。周りなんかまるで見えちゃいねえ。
人混みでのスリは基本中の基本だ。初めの盗賊だった頃、盗みの練習って体で何度やらされたことか。考えてもみろ、任務は相手が祈りに夢中になってる隙に金袋を抜き取る──造作もねえ。
それに、ソラナを「気味の悪い女」だなんて言ってた連中がいたよな。
別にソイツらに怒りを爆発させていきなり殴りかかるなんてことはしねえが、もし、ああいうヤツらの献金が失敗しても──特に俺は何も思わねえしな。そういうヤツらの金袋が「偶然」なくなるってこともよくありそうなことだよな。
「……えーっと、誰だったかな?」
列の後ろの方に並んで、周りに合わせて頭を下げて、手を組んで。ちょっと進む度に「神の救済」だとか「呪いの力」だとか「不幸を取り除ける」だとか、願ってばっかりの祈りの言葉が周りから聞こえてくる。
呪いだと? そんなもんあり得ねえだろ。馬鹿馬鹿しい。むしろ呪いが存在するなら、それは俺の「成り代わり」の方だろ。
列が少しずつ進んでく。前の信者が献金を済ませて、次、また次。俺の番が近づいてくる。焦る必要はねえ。落ち着いて、自然に。狙いは決まってる。さっきソラナの悪口を言ってやがったヤツら三人だ。俺に愚痴を聞かれたのが運の尽きだったな。
一人目は俺の斜め前。金袋はローブの内側、左の懐。二人目は列の真ん中あたり、右の腰に下げてやがる。三人目は一番後ろの方、両手で金袋を握りしめてる。
よし、一人目の真後ろだ。ブツブツ祈りに夢中だな。俺のことなんか気にしてない。
懐に手を伸ばせば──ああ、金袋に触れた。紐を掴んで、よし、抜けたぞ。簡単なもんだ、何も気づいちゃいねえ。
次は二人目。腰から金袋の紐が見えてるぞ。列をちょっとばかし離れて、横から近づいて、自然に、何食わぬ顔で。紐を掴んで──よし。こっちも簡単だった。
三人目は──両手で金袋を握りしめてやがるな。アレは……仕方ねえ、諦めるか。まあいい。二つあれば十分だろ。一つは献金に使って、もう一つは予備で。
列に戻って──順番が回ってくる。俺の前の信者が献金を済ませて、次は俺の番。
じいさんと監視役の信者がこっち見てる。はっ、何も怖かねえぞ。俺にはちゃんと献上するだけの金があるんだから。どうせ気づいてたとしても、てめえらは金さえ手に入ったなら特に気にしねえだろ──ほれ。
「……確認しました」
「はい。では、献金を確認したので、お帰りいただいて構いませんよ」
ありがとよじいさん。
まあ俺は用事があるから帰らねえんだけども。
*
献金が終わって、信者たちがぞろぞろ帰り始めてる。おつかれさん、また次の集会でな。
皆、満足そうな顔で出口に向かってるな。献金も済ませたし、神の救済とやらに一歩近づいたって思ってんだろう。ご苦労なこった。呪いの力だの不幸を取り除けるだの、よくもまあそんな馬鹿馬鹿しいことを本気で信じられるもんだ。
何故か金を忘れて怒られてたヤツもいたな。次の集会には二回分の金を持ってくる必要があるらしい。なんでだろうな、うっかり忘れちまったんだろうか。へー可哀想に。
で、俺はというと──帰る気なんてさらさらねえ。
ソラナがどこにいて、何をしてるのか。確かめてあわよくば回収しねえといけねえんだから。
「ほーら全員、さっさと帰れー……」
暗い照明ってのは便利だ。これだけ広い広場でも、壁の近くの柱の裏に隠れるだけで簡単に闇に紛れられる。石の壁が冷てえが、明かりが届かねえから薄暗くて丁度いい。人の気配もねえし、誰かがこっちを見る気配もないし。
監視役の連中は献金の片付けで忙しそうだ。金袋を数えて、記録をつけて、何か確認して。じいさんは壇の上で書類を整理しつつ、残りの信者の処理してる。几帳面な性格なんだろうな。一枚一枚丁寧に揃えて、端を叩いて、また確認して。教会とは関係ない普段の生活だとさぞかし有能なじいさんなんだろう。
信者の数もかなり減ってきた。最初は数百人近くいたはずだが、今じゃ……三十人ぐらいか? いや、もっと少ねえな。二十人ぐらいか。出口の方を見れば、黒いローブの集団がぞろぞろと外に出ていくのがはっきり分かる。
残ってる連中は、まだ献金が終わってない信者と、その献金を処理してるヤツらと、じいさんと、あとは壇の裏側で何かやってる連中が数人。掃除でもしてんのか? 箒の音が聞こえるし。全員いなくなるまで待つしかねえな。
思えば俺の人生って、こうやって待つことが山ほどあった気がする。
盗賊の頃は、標的が寝るまで待つ、見張りが持ち場を離れるまで待つ、ボスの機嫌が直るまで待つ──待つってのは、盗賊の仕事の半分以上を占めてた。兵士の頃は教官の匙加減に合わせて直立姿勢のまま待ってなきゃいけなかったし、文官の頃はタリエとソラナの指示をずっと待ってる日々だった。酒家の頃は俺が酒に触れられねえせいで、ほとんどの仕事を他所に任せっきりだったから待つことが多かったし、探検家の頃はやることがよく分からなくて時間を持て余しつつあった。執事の頃はいつレミに殺されるんじゃないかって恐怖で次に何が起こるかをビクビクしながら待ってたし、写本師……看板娘の頃はシンプルに受付業務が暇すぎた。で、二回目の盗賊の人生は、計画成功のためにネルと一緒に森の奥で潜伏してばっかだった。色々質問してくるネルを黙らせるのに四苦八苦してたっけ。
こうして考えたら俺の経歴ってとんでもないな。やろうと思えば大抵のことができるんじゃねえか? 次の仕事に困らねえなおい。
「──はい。確認しました。帰っていただいて結構です」
……おっ。
信者の数がゼロになった。じいさんが書類を抱えて壇を降りて、反対側にある扉に向かってやがる。てことはそろそろだな。
あとは、献金の処理をしてるヤツら数人と、掃除してるヤツら数人。処理してるヤツらは──金袋を箱に詰めて、蓋を閉めて、鍵をかけて——おお、終わったみたいだな。箱を持ち上げて二人がかりで運んでやがる。献金ってのは儲かるもんだな。箒の音も止まった。誰かが何か喋ってる。声が小さくて聞こえねえが多分、「今日はここまで」ってことだろう。
よし、じいさんは消えた。
残りのヤツらも別の扉から出ていく。足音が遠ざって、扉が閉まる音が聞こえる。
「……やっと静かになったな」
誰もいねえ。本当に誰もいねえ。広場には俺一人だ。よし、これなら大丈夫だな。
ソラナが帰っていった扉は──確か、あっちの方だな。まだ帰ってないならこの建物の中にソラナはいるはずだ。あの時の角度、歩く速度、扉が開いてた時間も全部、しっかり頭に叩き込んである。盗賊の頃からボスの機嫌を損ねねえために、観察眼だけは鍛えられてたからな。おかげで、こういう時に役立つ。
よし、これから探しに行くぞ。
*
「へえー……陰気臭えー……」
廊下が薄暗くて、窓から月明かりが差し込んでるが、それでもよく見えねえ。
壁に手をついて進んでるが、石の感触が冷たくて指先がじんわり痺れてくる。床のこれは……絨毯だな。さっきまでの石畳とは全然違う。足音が吸い込まれる感じで、音を立てずに歩けるのが楽でいい。
やっぱりここは幹部専用の区域ってことだ。一般信者とは別格ってことか。
壁にあるのは……宗教画ってやつか? よく分からねえが、聖人っぽい奴が描かれてる。金の額縁がついてて、やっぱり高そうだ。どんだけ金かけてんだよ、この教会。信者から巻き上げた献金で、こんなもん買ってやがるのか。
……あっ、ソラナ!? ソラナの絵がある!? 幹部になったから!? すげえ!?
いいなこの絵。この絵だけ貰って帰りてえな。
「ああいや、違う違う」
これから本物攫って帰るんだから絵なんか後回しでいいだろ。
扉がいくつか並んでる。どれも同じような作りで、小さな札がかかってるが特に名前とかが書いてある訳じゃない、番号だけだ。一号室、二号室、三号室──そんな感じでずっと続いてる。
ソラナの部屋はどれだ? さっき壇の上から消えた方向からすると……確か、左側に進んで、奥の方だったはずだ。
四号室、五号室──六号室。
「ってことは、この辺りか?」
いや、ここだ。多分ここがソラナの部屋だ。根拠はねえが、勘ってヤツだな。
中から音は……聞こえねえな、静かだ。
寝てんのか? それとも──「作業」ってやつに夢中で、音も立てずにやってるのか?
「──作業……」
……ソラナが言ってた「作業」って何なんだ? 部屋に引きこもって、何をしてるんだ?
信者たちは「気味の悪い女」だって言ってた。いつも部屋に引きこもってて、信者と関わろうともしねえって。
それって──おかしいよな?
普通、幹部になるぐらい有能なら、信者を指導する立場になるはずだろ? 教会の教義を広めて、献金を集めて、組織を大きくする──そういう仕事をするもんだろ?
なのにソラナは何もしてねえってことじゃねえか。挨拶もしねえし、信者とも関わらねえ、ただ部屋に引きこもってるだけ。教会はなんでソラナを幹部にしたんだ? ソラナに何か価値があったのか? それとも、教会がソラナを利用してるのか?
いや、待て。もしかしたら逆かもしれねえ。ソラナが教会を利用してるのかも。
幹部になれば自由に動けるだろ。部屋も与えられる、金も使える、誰にも邪魔されねえ。ソラナは、何かをするために、幹部になったのかもしれねえ。それも、教会の力がないと不可能なタイプの──世間一般的によろしくないタイプの目的が。
つまり、もしかしたらソラナには、何か後ろ暗い目的があって、こんなことをしてるんじゃ──
「っ! 待て待て! 早まるな! ソラナはそんなことしねえ!」
考えすぎだ。ソラナがそんな法に触れるような真似を──所謂盗みとか、殺しとかを率先してやってる訳がない。
もしソラナが犯罪者になってたなら、俺はソラナを助けた後に──ルシアとかタリエに身柄を引き渡さなくちゃいけなくなる。かつての同僚に尋問されるなんてちょっと見てられねえぞ。そんなことあっちゃいけないんだから。
俺が誰かとかの説明は後回しだ。
取っ手に手をかける。後はこれを捻るだけ。鍵は──かかってねえ。よし、開くぞ──
「……っ!」
っ、なんだこれ。空気が──重い。息苦しいってほどじゃねえが、何かが、違う。
かすかに、甘ったるい匂いもする。花の匂いとかじゃない。もっと嫌な感じの匂いだ。でも、臭いってほどじゃねえ。むしろ抑えられてる。何かで隠してるみたいに。
「……ソラナ?」
部屋の真ん中に何かがある。大きな机だ。その上に本が積んであって、それから燭台。
蝋燭は消えてるが、蝋が垂れた跡がある。つい最近まで使ってたってことか。
ソラナの姿は──見えねえ。寝てるのか?
ベッドはあっちか。カーテンが引かれてて、中が見えねえ。
でも──匂いの元は、ベッドじゃねえ。
部屋の奥、壁際に──何かがある。
「……なんだ、あれ」
これは──
──人間の、死体だ。
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