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【完結】俺は死んだはずだよな?  作者: 破れ綴じ
6. 写本師

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思わぬ成長と橋の上の馬車

 一晩中考えたが──ベラへの対策は何一つ思いつかなかった。

 正直怖いとも、心の準備がまだできてないとも言う。

 寝床の中でも考えてたし、朝飯食いながらも考えてたが、どういう風に言えば信じてもらえるか俺には見当もつかなかった。有り体に言えば、もっと考える時間が欲しいってことだ。

 俺たちの間でしか分からないことを言えば通用するかとも思ったが、その手法は酒家のときに「シェラ」としてやってるし、「又聞きで知ったんだろ」としか思われなさそうで、それが壁になって立ちはだかってる。


 それに、今のベラがルシアやタリエと同じ、こう、なんというか……病んでる状態だと仮定しよう。多分十中八九そうだが。

 その場合、貴重な「アシェル」または「シェラ」の秘密を知っている「アシェル」あるいは「シェラ」と呼ばれている謎の少女──そんなものをベラが時間置いて訪ねに来る訳がない。来るとなれば翌日即座にだろう。俺に時間は残されてない。

 自分で言っててクソ面倒な立ち位置だな。なんだよベラが探してる、二つの名前の両方で呼ばれてる、別人だけど本人な女(男)って。過去最高に意味不明だぞ。


 ──なので俺は、時間稼ぎとして逃げの一手を打つことにした。

 いや、完全に逃げる訳じゃない。逃げてばっかりの人生はよくないって分かってるからな。いずれベラとはきちんと向き合う──ただ今向き合っても碌なことにならないと判断したまでだ。


「なあ、カル」


「何だ……?」


 朝食を食べながらカルに話しかける。

 カルは相変わらず無表情で黙々と食ってやがる。


「今日さ、ちょっと出かけたいんだが」


「……どこに」


「ロエマさんのとこ。化粧教わりに行こうと思って」


 ロエマは散髪以降もちょくちょく店に来ているが、その都度「いつでも来てね~」なんてことを言ってた。何の約束もしてないし、今時間が空いてるかどうかも分からねえが、とりあえずこういう名目でこの店を離れることができる。

 実際に化粧の勉強することになっても別に問題は無い。「変装に使えるかも?」とか思ってたんだし、そういった知識はあって損するもんじゃねえし。


「悪いけど店空けていいか? 後で埋め合わせするし」


「……きょ、今日、か?」


 うわ、嫌そうな顔。

 そりゃそうだ。雇われが今日その日に急に一日抜けたいなんて言い出したら、雇ってる側からすればまあ許せねえと思う。

 その上、カルは人と話すのが苦手なんだ。俺がいなくなったら全部カルが対応しなきゃいけなくなる。客が来るたびにあのしどろもどろな対応をしなきゃいけねえ。

 でも申し訳ないが今日だけはダメなんだ。お前だってもし俺がベラに連れ去られでもしたらもっと困るだろ。だから今日だけは見逃してくれ、頼む。


「……じゃあ。条件がある」


「お、なんだ。なんでもいいぞ」


 条件、か。

 まあこっちも無理なお願いを聞いてもらう訳だからな、カルの提示する条件を一つ飲むだけで今回見逃してもらえるってんならばっちこいってもんだ。コイツのことだから多分無理なお願いとかしてこねえと思うし。


「……お前に写本を、もう一回、教え直す。だから、覚えろ」


「……うん? 写本?」


「お前、写本できなくなってるだろ。なんとなく分かる」


 え? 

 ──ああ、そうか。元のアシェルは普通に写本の作業を手伝ってたが、今の俺に成り代わってからは仕事内容忘れてるからできなくなってんだ。だから、受付やってたんだが……。

 それを、教え直す? あれか? 受付でサボってばっかいるなってことか──


「──そうすれば、お前の苦手な客が来た時、裏で作業できる……その間、俺が受付をやる、から……」


「……えっと?」


「それなら、二人で。これからも、店を続けられる……だろ」


 ……? 

 ……ああ、なるほど! 


 今まで俺は写本ができなかったから受付仕事やってたけど、仕事ができるようになればカルと立ち位置を交換できるようになるんだな。

 カル一人じゃ上手くやっていけねえから俺が受付をやってたが、俺にだって苦手な客はいる。例えば、レミとか、レミとか、レミとか……。そういう時に俺が写本できるようになってればカルの代わりに引っ込めるって寸法か。

 普段は会話が苦手なカルを庇うために「カルが写本&俺が受付」ってスタンスだったが、俺の苦手な客が来た時だけ「俺が写本&カルが受付」って切り替わることで、お互い無理をせず経営を続けられると。

 へえ、カルなりに色々考えてたんだな。


 にしても──苦手な会話を自分から引き受けるって提案したり、親父さんから受け継いだ誇りある仕事を仮にも一回忘れたってことになってる俺に教え直す気になったり。カルが結構俺に歩み寄ってくれてるような気がするぞ。仕事内容忘れたのは俺のせいじゃねえけども。


「分かった。その条件──飲ませてもらおう」


「……本当に?」


「ああ。今までずっとサボってた訳だからな。それぐらい構わねえよ」


 じゃあ、これからは写本の勉強もしなくちゃいけねえな。

 まあこれまでの人生に比べりゃ命の危険がある仕事って訳でもねえし、俺としちゃドンと来いってもんだ。


「……今日は、風が強いから。気をつけろよ」


「おお。じゃあ今日は頼むぜ」


 拳を突き出すと、カルがそれに合わせてくれた。


 ──? 嬉しそうだな、コイツ。よく分からねえが、いつもと顔が違うような。

 何だ。何がそんなに嬉しいんだ? よく分からねえ奴だな。まあいいか。






 *






 ロエマの家に着いたのは、店を出てから三十分ぐらい経った頃だった。

 約束もなしに突然来たから断られるかもしれねえと思ってたが……。


「その、こんにちは。ロエマさん」


「あら、アシェルちゃん! どうしたの~?」


「あの……化粧教えてもらいたいなー、って思って」


「まあ! 嬉しい! 待ってたのよ~!」


 まあこの歓迎ぶりだ。

 いやはやよかった。断られたら断られたでどこか適当なとこにでも行こうかと思ってたが……これならここで一日潰せそうだな。少なくともベラとの会合まである程度の時間が稼げる。今頃カルは店にやって来たベラに頑張って対応してる頃かな。


「ふふふ。今日はたっぷり教えてあげるわ~。楽しみにしてて!」


 ロエマが嬉しそうに笑いながら準備を進めてる。

 ……大家ってのは普段仕事とかしねえんだろうか? この人と会う度に毎回時間取ってくれるんだけど。管理とかをよそに委託してたりするんだろうか。


「実は化粧道具を置いてある専用の物件があってね~。道具も揃ってるしゆっくりできるから、そっちに移動しましょ?」


「別の物件?」


「ええ! 馬車で一時間ぐらいかしら。少し離れてるんだけど、大丈夫?」


「あ、はい。全然大丈夫、です」


 まあ、それぐらいなら何でもいいだろ。無理にお願いしに来たのは俺の方なんだし。

 それに、馬車で一時間、か。それだけの距離なら十分ここから離れられる。夜になってから帰れば、ベラも流石に諦めてるだろ。

 にしても、ロエマは結構裕福なんだろうな。いくつか物件を持ってて運営してるのは知ってるけど、そんな遠い場所にまで持ってるってことは、ガルトンやヴェミーニみたいな大富豪・貴族ほどじゃないにしても相当金があるってことだろ? まあ、見た目からしてそんな感じはしてたが──


「──お出かけですか?」


 ──げっ。


「外出の準備をされているようですが……」


 うわ、レミだ。いつ入ってきやがったんだコイツ。

 ていうかこの女、なんで毎回ロエマと同じとこにいるんだよ。コイツこそよっぽど暇なんじゃねえか……?


 ……いや、暇か。

 そりゃそうだよな。今はメイドじゃねえし、腐るほど金持ってるはずだからな。仕事をする必要も無いんだし、そりゃ暇してるか。

 それどころか、もしかしたら。金を持ってて、欲の薄いロエマを次の仕えるべき人間として見定めようとしてるのかも……。


「あ、レミちゃん! ええ、アシェルちゃんに化粧を教えにちょっとそこまでね」


「なるほど、そうでしたか。楽しんできてください」


「ありがと~!」


 ──あ、ああ。「楽しんできてください」ってことは、レミ自体ついてくる訳じゃねえんだな。

 よかった。せっかくベラから離れられるのに代わりにレミがついてくるってなったらどっちにしろ俺の心臓が持たなかった。

 怖え。一度殺されたからってのもあるが、やっぱりレミは怖え。何度会っても慣れる気がしねえというか。むしろ会うたびに怖くなってる気がする。多分慣れる頃には俺もおかしくなってるんだろうな。


 ロエマがニコニコしながら手を振って、いつの間に呼んだのか──馬車に乗り込んだ。

 俺も早く行こう。早くここから出よう。レミと同じ空間にいるのは耐えられねえし……。


「ああ──『アシェル様』」


「!?」


 えっ? 


 背筋がゾクっとして振り向くけど、いるのはいつもと変わらない表情のレミ。

 いつも通りの上辺だけの笑顔を貼っ付けて。ふと油断したら飲み込まれちまいそうな気迫を漂わせて。


 いや、そんなこと重要じゃない、それよりも。

 今、確かにコイツ、アシェル「様」って、言ったよな。アシェル「さん」じゃなくて、「様」って……。


「──くれぐれも、『事故』には、気をつけてくださいね」


「……えっ?」


 …………………………えっ? 






 *






「それでね~。この前新しい色で合わせてみたんだけど、これが中々でね~」


 馬車の中で隣のロエマが嬉しそうに化粧とかオシャレの話をしてる。どんな道具があるとか、どんな色が似合うとか、どんな服が素敵だとか色々喋ってる。

 普通に聞いてりゃまあ中々面白い話だ。化粧事態にあんまり興味は無かったが、一つ一つの内容に色々考え抜かれた跡みたいなものが見えて、確かにこれは奥深いって思わせられる。もし、この話を集中して聞けてたならそこそこに楽しめてたんだろう。


 でも、俺には半分くらいしか頭に入ってきてねえ。いや、正直なところ半分もまともに返事できてるかどうか定かじゃない。

 何でって、さっきのレミの言葉があまりにも、俺にとってあまりにも強烈すぎる。


 何だよ。「事故には気をつけて」って。

 しかも、その前に「アシェル様」って言った。「さん」じゃなくて「様」だ。

 なんで? なんで「様」なんだ? その言い方をしてたのはメイドの時だけだったじゃねえか。


 もしかしてこれからレミは俺の正体に気づいてるのか? あのイカレ女、それを分かってて、これから事故の一つでもけしかけるつもりなのか? 

 アイツのことだ、何考えてるか分からねえし、あり得ないとは言い切れない。次は事故で死ぬんじゃねえかって考えちゃいたが、まさかそのタイミングが今だったりするのか? もしかしてこっちに来たのは間違いだったか? 


 なんで、レミが、それを言う? 偶然か? ただの挨拶か? 

 いや……そうだよな。事故には気を付けてなんて言葉は普通に言うよな。別におかしい台詞じゃないよな。変に怪しむもんでもないよな。


 でも、「俺を殺すつもりなのかも」って考えたら--それを否定できるだけの証拠が俺にはねえ。


 ……いやいや、レミが俺を殺す可能性はあるが、それを実行する理由がねえぞ。俺はレミにとって何の脅威でもねえ、ただの写本工房の店員だ。金だって持ってないし、特に嫌われてるって訳でもないし、正体について知ってる訳でも……いや知ってるけど。でもバレてないはず、だろ?


 じゃあ逆に、もしレミが俺の正体を知ってたら? 

 そしたら、殺す理由があるかもしれねえ。いや、どんな理由だ? 執事長アシェルをもう一度殺してレミに何の得がある? 

 分からねえ。何も分からねえ。心臓がバクバク鳴ってる。落ち着け。落ち着けよ俺。

 俺、今日死ぬのか? 事故で死ぬのか? いや、考えるな。考えても仕方ねえのに──


「……アシェルちゃん、大丈夫? 顔色が悪いわよ~?」


「あ……はい。大丈夫、です」


「そう? なら良いんだけど……気持ち悪くなったら言ってね?」


 ああいけねえ。ロエマに心配させちまった。

 確かにこの馬車はよく揺れるが、多分道のせいか風のせいだ。それでロエマの気を揉ませるほどのもんでもない。


 てことは多分、俺の考えすぎなんだな。あんな挨拶ぐらい一般的なものだし、相手がレミだからって俺が余計に警戒して深読みしすぎたんだ。

 今ここにいるのは俺とロエマだけでレミはいねえし、今は関所のある橋の上で交通量も多くないから事故だって起こりようがないし、衛兵もいるから今ここで暴漢に襲われて絶命ってこともねえだろうし。


 大丈夫、大丈夫だ。きっと何も起こらねえ。起こらねえはず。

 いつもの『嫌な予感』だってしてねえ。俺がこれまで死ぬ前に必ず感じてた、あの予感。

 盗賊の時も、兵士の時も、文官の時も、酒家の時も、探検家の時も、執事長の時も。死ぬ前には必ず嫌な予感があった。背筋がゾクっとして、何か悪いことが起こるって感じがあった。

 でも、今は何も感じねえ。死ぬって予感はしねえ。


 ってことは、大丈夫ってことだよな? 

 そうだよな。そうに決まってる。嫌な予感がしないなら、大丈夫だ。






 *






 ──そう、思っていたのに。


「──ん?」


 何だ、この匂い。焦げ臭い。

 煙の匂いが鼻を刺す。どこかで何かが燃えてるみてえな──


「……なんか、焦げ臭い匂いがしな……しませんか?」


「あら本当……近くで火事でもあったのかしら……」


 ああ、火事か……。

 懐かしいな。ありゃ案外ちょっとした不注意から起こるもんだ。あれを最後に見たのは──ああ、そうだ。酒家の時にマドリーを助けに突っ込んだあの火事だ。あれで多分マドリーは助かって、俺は多分焼死して……。


 焼死して……。


「ん?」


「……? アシェルちゃん、どうしたの?」


 ……焼死、か? まさか、今から? 

 いや、待て。それはマズいぞ。酒家の時と死因が被っちまう。もし死因が違うことが成り代わりの条件なら、絶対に避けなきゃいけねえぞ。

 落ち着け、落ち着けよ俺。まだ決まった訳じゃない。ただの煙の匂いだ。誰かが料理でもしてるだけかもしれねえし、誰かが煙草を消し忘れたのかもしれねえし。さっきの事故死云々のせいでちょっとした違和感にも変に気が行っちまうだけだ。


 ──ああいや、でも。確認しねえとなんだか気が済まねえ。

 そうだよな。もし、このまま馬車の中にいて、知らないうちに火に囲まれてたなんてことになったら──まるで笑えねえぞ。

 そうなる前にちょっと外に出て様子を見るのはおかしいことじゃねえよな。


「ロエマさん、ちょっと外見て……きます」


「え? あ、アシェルちゃん? どうしたの~?」


「いや、ちょっと匂いが気になって……すぐ戻る……戻ります、から」


「そ、そう? 気を付けてね。危ないと思ったらすぐ戻るのよ?」


 馬車の扉に手をかけて、外に出る。

 橋の上、髪が顔にかかる。周りには馬車が何台か並んでて、人が歩いてて、衛兵が何人か立ってて──


「ん? ああ、あった。あれか」


 橋の向こう側、ちょっと離れた場所で煙が上がってる。手すりがめちゃくちゃ低いおかげでよく見えるぞ──小さなボヤだ。

 誰かが捨てた煙草の火が燃え広がったのか、それとも何か別の原因か。衛兵が何人か駆けつけて消火してる最中みてえだ。

 ああ、なんだ。ただのボヤじゃねえか。こっちまで火が来る訳じゃねえし、大したことねえな。心配して損したぜ。


 ベラのことでピリピリしすぎてたんだ。レミの言葉も気にしすぎだったんだろう。

 さっきから何度も「事故で死ぬかも」「焼死するかも」って考えちまってたが、結局何も起こらなかった。嫌な予感もしてないし、これなら大丈夫だ。今日は何も起こらねえ。


 さっさと戻ろう。ロエマを待たせちまってるし、化粧の話の続きも聞きてえし──って。


「お、おわっと……!」


 おお、マジで風が強いな。

 さっきよりだいぶ強い──突風だな。馬車の中にいた時は気づかなかったが、外に出たら想像以上だぞ。髪が顔にかかって前が見えねえ。ああもう、体重が軽いとこういうことになって──


 足が、何かに引っかかった。

 何か──飛び越えたみたいな。

 あれ……。

 いやでも、『嫌な予感』はしてなかったはずじゃあ……。


「──えっ?」






「──ア、アシェルちゃん……? まだ? どうしたの~……?」


「待て! 今は外に出ない方がいい! 子供が落っこちたんだ!」


「えっ? いや、私は……さっきここに女の子がいたはずで……」


「あ、あんた、知り合いか! 見るな! 見ない方がいい! あの子、頭から──」


「え……? な、何を……? アシェルちゃんは……どこに……」

これで第6章終わりです。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

可能であれば、感想や意見や評価やリアクションを頂けると嬉しいです。大喜びします。

それでは、次話以降も宜しくお願いします。


みんなもに欠陥建築は気を付けよう!(´・ω・`)

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