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【完結】俺は死んだはずだよな?  作者: 破れ綴じ
6. 写本師

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思考の誘導と過去からの思わぬ伏兵

「──だからな、タリエ。お前はベラ元吏長と叔父さんがどれだけ仲が良かったか知らねえだろ?」


 タリエの少し困ったような顔。

 適当な店に入って、飯でも食いながら話をしようって体だったはずだが──今のタリエは目の前の皿に手もつけねえで俺の話に夢中になってやがる。


「……知りませんでした。そんな話は聞いたことがなかったです……」


「だろうな」


 思った通りの反応だ。

 俺とベラが仲良くなったのは、タリエとソラナの二人と別れた後の話だからな。その後俺は二人と会うことなく死んでるから、「アシェルとベラが実は仲良かったんです」って話を聞かされてもその真偽を知りようがない。


 これが俺の切り札だ。タリエが知らない情報。そして、タリエにとって信用できる情報源──つまり、叔父さんという設定の俺自身から聞いた話。これなら信じてもらえるはずだ。

 仲が良かったっつっても実際そうだった時間は短いが。まあ必要以上にべらべら喋ることもない。こう言っておけばあたかも前々から友好的な関係だったって誤解するだろうからな、嘘は言ってねえし。


「俺はそんな女知らねえんだが……叔父さんはよく酒を飲んでたって話してたぜ」


 こっちは嘘だ。俺が文官アシェル本人だから知ってるだけだ。ただ、酒を飲んでたのは事実だし、ベラが酒好きなのはあの部署の人間なら誰でも知ってる。となれば、又聞きって前提の俺の話にも信憑性がつくってもんだろ。


「ベラ元吏長のことをすごく信頼してたってよ。上司としてじゃなくて人として」


 じっと見てくる。疑ってる目じゃねえ。でも信じきってるわけでもねえ。半信半疑ってとこ。

 でもここで引き下がるわけにはいかねえ。このままタリエがベラを疑ったままなのはどっちのためにもならねえし、ベラは無実だって思い込ませる必要がある。もしそのまま突っ走って、取り返しのつかないことになっても困るし。


「叔父さんはベラ元吏長のことを『良い人だ』って言ってた。『あの人は本当に部下のことを考えてくれる』って。『俺が政院で働けてるのはあの人のおかげだ』って」


 ここはちょっと盛って話しといてやろう。実際にそこまで深く考えてた訳じゃないが、嘘って言いきれるほどベラのことを低く評価してたつもりもない。

 タリエの表情はだんだん動揺と共に変わっていってる。知らなかった情報に戸惑ってるんだな。


「それは……本当ですか?」


「ああ? 俺を疑うって? いいぜ、疑っても。たった一人の相談相手を信じないってんならな」


「い、いや……シェラさんのことを疑う訳じゃ……」


 ククク……。

 タリエはベラのことを信じてねえが、俺のことは信じてる。俺はあくまでタリエが尊敬して止まなかった文官アシェルの姪であり、タリエが知らない情報を持ちつつ、この危うい計画に賛同してくれてる数少ない協力者なんだ。そんなタリエにここで俺を切るって選択肢は取れねえ。

 なんか悪い駆け引きしてるみたいで気が引けるが、実際には正しいことなんだから大丈夫なはず。無実のベラを容疑の線から外すって大義名分が俺にある。


「だから俺は──そのベラって女が犯人だとはとても思えねえんだよ」


「なるほど……」


 ……唇を噛んでるな。俺の言葉を考えて、信じようとしてる。でも疑いも消えてない。

 そりゃそうだ。タリエにとっちゃベラは犯人の最有力候補なんだから、そう簡単に疑いを捨てられるわけがねえ。でもこれで少しは揺らいだはず。


「まあ要は慎重にやるべきだって話だ。証拠を集めてから動け。焦って間違えたら取り返しがつかない。だろ?」


 タリエが少しだけ頷いた。

 よし。


「……その通りです、理解しました。突発的な行動は控えるように気を付けます」


「おお。ちゃんと分かるじゃねえか」


 疑いのあまりちょっとはごねるかと思ったが、案外素直に納得してくれたな。

 よーしよーし撫でてやろう。ぐしゃぐしゃーって。


「! や、やめてください……!」


「なんだよ。褒めてやってんだろ?」


「そういう問題じゃないです……! シェラさんより僕の方が年上なのに、こんな……!」


「ハハハ! 照れんなって!」


 年上なのは俺の方だぞー。

 そのまま俯いてブツブツ何か呟いてる。聞こえねえが多分恥ずかしがってんだろうな。可愛い奴め。


「ただ──」


 うおっ、急に顔を上げるな。

 俺の方が身長低いんだから撫でてる最中に顔上がったら驚くだろうが。この、この。


「──それでも、僕の復讐の意志は変わりません」


 ……いや、まあ、そうか。

 今の感じだとベラが容疑から外れるってだけで、別にコイツの復讐心が満たされる訳じゃねえんだよな。


「犯人を見つけたらそいつを、苦しめて苦しめて苦しめて──殺してやります。これだけは絶対変わりません」


 ゾッとする。いつもは真面目で優しい顔をしてるのに、今は全然違う。殺意が滲み出てる。

 冷たい声を出すなよ……。さっきまで照れてた顔とは別人みたいだぜ。


「……分かってる。それはお前の決めることだし、俺に止める権利はねえから……」


 う~ん……。

 アシェルが「俺が殺されても復讐はするな」って言ってたことにするか? いやでもそれじゃあ死ぬことを予期してたみたいになるからダメか……。

 当の本人からすれば復讐とかどうでもいいから、できるだけ危ない真似しないでくれる方がいいんだがな……。






 *






「じゃあ、今日はこれで解散だな」


「ええ。ありがとうございました、シェラさん」


 結局、タリエの復讐心をどうこうすることは出来なさそうだ。

 まあ、あれはルシアと同じで、俺への執着がなんかヤバイ方向に行った末路みたいなもんだからな。執事長の時にあの状態のルシアをどうにか宥めろって言われても「絶対無理」としか言えねえし、タリエも多分無理ってことだ。

 だから別にいいや。今日はベラへの疑いを完全ではないにしても、多少は晴らせたってだけで良しってことにしよう。これでタリエがいきなりベラを襲うなんてことにはならねえはずだ。捕まえて事情を聞き出そうとするぐらいはあるかもしれねえが……。


 店の外に出れば、外はもう暗くなり始めてた。夕暮れ時ってやつか。

 街灯に火が灯り始めて、人通りも少しずつ減ってきてる。昼間の賑やかさは消えて、静かな夜の雰囲気が漂い始めてる。飯屋にしちゃ今からが稼ぎ時なんだろうが、さっきこの店で済ませた俺たちにはどっちにしろ無縁だな。


「……本当に送っていかなくて大丈夫ですか? まだ少し明るいとはいえ、女性を一人で帰すのは危険じゃ──」


「いいっていいって。それよりお前は自分の心配してろ」


「あっ痛い痛い。叩かないで!」


 タリエ相手だとつい文官の頃みたく先輩ぶって接してしまうような。

 今は俺の方が年下で、目線の位置も下なのにな。なんか不思議なもんだ。


「シェラさんは時々、女性とは思えないほど男らしいというか……。やっぱり先輩の姪というだけあって似てるんでしょうか……」


「さて、どうだかな。ほら遅くなる前に帰った帰った」


「ああ、はい──じゃあ、シェラさん。また」


「ああ、またな」


 タリエが手を振って歩き始める。


 さて、俺も帰るか。本当に遅くなって暴漢に囲まれでもしたら、今の俺じゃどうにもできねえし。

 ええと、写本工房は真逆の向きにあるから──


「──ん?」


 ……気のせいか? 

 何か、視線を感じる。誰かが、こっちを見てる気がする。


「……?」


 周りを見渡すが、特に怪しい奴はいねえ。通行人が何人か歩いてるだけだ。どれも普通の光景だ。

 でも、この感覚は何だ? 誰かに見られてる気がする。背中に視線を感じる。「嫌な予感」ってほどじゃないが、なんとなく変な感じだ。

 気のせいか? 最近レミのせいで神経質になってるのかもしれねえ。あの女に会うたびにビクビクしてるから、こういう時も過敏に反応しちまうんだろう。


 念のためにもっかい見回してみるけど、やっぱり怪しい奴はいねえ。

 路地の裏とか、部屋の窓とかから、隠れながら見られてるんなら流石に分からねえが。

 今日は別に化粧してるって訳でもねえし、そんなに人目を集めるようなことをした覚えもねえし。


 まあ、いいか。今日はもう帰ろう。

 カルも待ってるだろうし、王都月報の続きも読まなきゃいけねえし。


 ほら、そうこうしてるうちにもう写本工房が見えてきた──


「失礼、そこのお嬢さん」


 ──って。


 ……えっ? 


「少し話をしたいのだが、いいかな?」






 *






 えっ……誰、だ……。


 振り返ったら、フードを被った奴が立ってた。

 顔は……見えねえ。フードが深くて表情が分からねえ。でも声は女だ──どこかで聞いたこともあるような、そんな感じがする。

 体格は──女にしちゃ大きい方か。背はそこそこあって──いやでも、俺が女だからデカく見えるだけかもしれねえ。


 ……誰だこの女? 


「あの……何か?」


「さっき聞いたはずだが──少し話を聞きたい、と」


 んなこと言われても。

 顔をフードで隠してる見るからに怪しい奴に話しかけられて、何の疑問も持たず「はいそうですね」って言える方がおかしいだろうが。


「いや、用件があるならまず──」


「先程、『シェラ』と呼ばれていたな?」


「──!? あ、え……」


 シェラ。俺の偽名。タリエがさっき俺を呼んでた渾名。

 え、なんで、それを? 


「私は『アシェル』という男を探してる。半年ほど前まで、王都で書記官をしていた男だ」


「!?」


 ──アシェル。俺の名前だ。本当の名前だ。

 な、なんでこの女が、俺の名前を知ってる? なんで探してる……? 


「かつて私は『シェラ』と名乗る男に会った。その男は『アシェル』を知っていると言っていた」


「しかし、以降『シェラ』とは会うことはなかった。原因は不明。彼への言伝も頼んだのだが」


「そのため、王都に戻って『アシェル』を探していたのだが……これがまあ、見つからない」


「記録を調べ、情報屋を回り、あらゆる場所を探して。死んでいるという情報しか見つからず」


「つい最近件の本人の墓にまで案内された。彼は病死だったとも聞かされた」


 シェラを名乗る男。

 アシェルを知っていると言っていて。

 コイツ自身もアシェルに言伝を頼んでいて……。


 い、いや。心当たりが無い訳じゃないが。でもアイツは今ここにいないはず、なのに……。 


「嘘をつかれたのかと思って取り乱してな。そのまま墓を掘り返したんだが……」


「えっ」


 墓掘り起こすって、そんなことやっていいのか、罰当たりな。

 タリエ辺りに見られたら殺されてもおかしくねえ──


「結局墓の中には何の遺体も埋まっていなかった。やはり彼は生きているのだと思う」


「……えっ?」


 ……ん? それは、おかしい……だろ? 


 いや、墓があることは知らなかったが……墓があるなら中には遺体が入ってるもんじゃねえのか。墓ってそういうもの──だよな? 

 例えアシェルが死んで次のアシェルに成り代わったところで、前のアシェルの体は消えるって訳じゃない。盗賊のアシェルの処刑記録が残ってたんだから、それは確認済みだ。


 だから、文官のアシェルが死んでるなら、墓が建てられてるなら、そこには文官のアシェルの死体があって然るべきだろ。

 無かったって、そりゃどういう……。


「そして今は、『アシェル』の居場所を知っているはずの男──『シェラ』の居場所を探している」


 女が近づいてくる。

 距離が近え。近すぎる。俺より明確に身長があるからなんか圧を感じちまう。


「見たところ、貴女は女性だ。だから『シェラ』本人では無いのだろうが。同じ名前で呼ばれているということは──何か知っているのではないかと思ってな」


 女が俺の腕を掴む。

 男の頃だったら振りほどけたかもしれないが、今のこの体じゃ逃げられそうにねえ。


「もし、お前が『シェラ』という男と関係があるなら──もしお前が『アシェル』の居場所を知っているなら──」


 頭が近づいて、中の顔が見える。


 ──ああ、やっぱり。この顔は。

 まさかとは思っていたが、声に聞き覚えがあるとは思っていたが。

 王都へ「戻って来た」なんて言った時に、なんとなく察してはいたが。

 今まで二回の人生で見てきたことがあって──今丁度三回目になるこの顔は……。


「──ベ……ベラ……!」


「おや? 私の名前を知っているのか──ということは、関係者ということで、もう間違いなさそうだな」


 ……待ってくれ。待ってくれよ。

 あの時は慰めるために言ったが、コイツがあの夜を後悔してそうだから言ったんだが、ついでにどうして墓の中に遺体が無いのかは分からねえんだが……。


 ──文官のアシェルが生きてるってのは嘘なんだよ! 

 なんてこった! なんてタイミングで、どうしてベラがここにいるんだ! 




「そ、その。例え話をするんだが……」


「ああ、好きにしてくれ。その代わりに私の質問にも答えてもらうからな」


「あ……ありがとう。じゃ、じゃあ、もし、なんだけどさ……」




「もし、その『シェラ』って奴が、嘘ついてた、としたら……ど、どうする?」


「ふむ。もし、彼の生存が嘘だったら……か。そうだな……」






 *






「──すまない。自分でも何をしでかすか、分からなかった」


 ひ、ひえええええ!! 

 や、やべえ! あの一瞬だけ、目にとんでもない殺意が宿ったのを確かに俺は見た! 

 え、冗談だろ。一晩一緒に飲んだだけの仲じゃねえか。なんでコイツまでルシアやタリエみたいになってんだよ……!? 

 そりゃコイツも「お前のことがちょっと気になってた」とは言ってたし、俺がもう一回会いに行くまでとんでもない後悔を抱えたまま生きてたってぽいが……。


 ──いや、それで十分か。

 それで拗らせたのかコイツ。


「そ、そうっすか……は、ははは……」


「何が可笑しいのか……まあいい、私の質問にも答えてもらうぞ」


 なんてこった。ベラを励ますためについた嘘が現在進行形で俺を追い詰めることになってやがる。俺はあくまであの夜を後悔していないって伝えるつもりであの嘘をついたのに。それが今じゃベラの行動原理みたいになっちまって、完全な逆効果だ! 

 ここにいるのだってよく考えれば当然だ。俺が酒家で死んでから、探検家で三週間いかないぐらい、執事長で七週間ぐらい、今の人生で六週間ぐらいを生きてるんだ。合計十六週間、つまり四か月近く! そりゃ回復して王都に戻って来ててもおかしくねえ。

 嘘ついた方が悪い? うるせえ! その時は騙そうと思って言ったんじゃなかったんだ! まさかこうなるとは思わねえだろ! 


「──で、『アシェル』という名前に聞き覚えは?」


「い、いやー……知らない、ですねー……」


 知ってるんだよなあ……俺の本名なんだよ……。

 言えねえけど。絶対ややこしくなるに決まってる。もうちょっと対応考えてからじゃないとどう答えてもマズイ気がする。


「ふむ。では、なぜ同じ名前で呼ばれていた?」


「え、あ、その……偶然、です……」


「偶然、か」


 ベラが、じっと俺を見てくる。

 信じてねえ。完全に信じてねえ。でも証拠がねえから追及できないって顔だ。やべえ。このままじゃ逃げられねえ。どうする? どうすればいい? 


「では、もう一つ聞く。お前は『アシェル』や『シェラ』と関係があるのではないか?」


「か、関係……?」


「ああ。何か知っているのではないか?」


「し、知り……ません……」


「そうか……なら、どう聞くべきか……」


 ベラが、少しだけ表情を緩める。でも、目は笑ってねえ。

 俺の腕はやっと解放してくれたが。それでも、まだ逃がさないって目つきで俺を睨んでる。畜生、どうすれば──


「──アシェル」


 え? 


「カ、カル……!?」


 カルが、こっちに歩いてくる。

 なんでカルがここに? 店にいたんじゃねえのか? 


「……買い物、遅かった。探してた」


「あ、ああ……すまねえ……」


 カルが、俺とベラの間に割って入る。

 買い物なんて、そんなこと頼まれてねえ。てことは、これは、カルが俺を庇うために咄嗟に出した──口実。


「……誰だ?」


「俺は……カル。あそこの店の、店主、だ」


 カルが、ベラを見る。

 無いつも通りの表情だが、慣れない会話でどこか緊張してるような気配。


 でも、俺を守ろうとしてる。


「アシェルは、うちの店員。……何か、用か?」


「ふむ……アシェルというのか。そっちが本名か? やはり偶然では無いよな?」


「なあ、おい。用があるのか、って……」


「──ああ、いや。道を聞いていただけだ。よく考えれば年行かない少女に少し大人げなかったよ。失礼した」


 ベラが、少し考え込むような表情になった。

 そ、そうだよな。今の状況って傍から見れば、完全にビビってるまだガキの女にフード被った怪しい奴が詰めてる状況だもんな。そりゃ大人げないよな、だよな。


 そう言って、ベラは去っていって──


「──後日客として店に伺う。その時にまた、ゆっくり話を聞かせてもらおう」


「ひっ……」


 そう言って、今度こそベラは去っていった。

 こ、こええ……。本気出した時のレミみたいな圧があったぞ……。


 いやでも──助かった。

 後日来るって言ってたが……とりあえず今この瞬間は助かった……。


「……大丈夫か」


 カルが、俺を見てくる。

 助かった。カルに助けられた。あのタイミングでカルが来なかったら、俺はどうなってたか……。


「ありがとう、カル。助けてくれて」


「いや……前に、お前が……文句、言ってたから……」


 ん? 


「店主なら、困ってる店員を助けろよって。だから、助けた。それだけだ……」


 ああ、レミが初めて店に来た時か。あの時、確かに俺はカルが助けに入らなかったことを文句言ってた。それを、カルは覚えてたのか。

 それで、今同じ状況だった俺を、助けに来たと。別に会話が得意になった訳でもなくて、まだ苦手なままなのに、それ以上に俺を助けようとして……。


「──! そっか、お前。ありがとな。マジですげえ助かったよ」


「……別に」


 お、おお……?

 何だコイツ。珍しく照れやがったぞ。素直じゃねえな、この。

感想やご意見をお待ちしていますのでよろしければ……(´・ω・`)

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