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俺は死んだはずだよな?  作者: 破れ綴じ
1. 見習い兵士

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夢への足掛かりと草臥れた装備

誤字報告感謝致します!(`・ω・´)

 兵舎の裏手にある器材置き場は、朝のうちだけ静かだ。屋根の下に台車と桶が並び、縄と油の匂いが薄く残ってる。広場の端じゃ厨房の連中が大鍋を運んでいて、足元が滑らないように、わざと歩幅を狭くして進んでる。朝の空気は冷たいが、走ったあとの火照りがまだ残っているから、皮膚の表面だけ汗が張りつく感じがして若干気持ち悪い。

 俺とルシアは外縁三周を回って休憩中、水桶のそばで息を整えてるとこだ。水桶の側にある腰掛は朝露が抜けきってないせいか、座ると布越しにひんやりする。火照った体には丁度いいな。集合の鐘までまだ時間があるし、このままあと追加で一周走っても間に合うかもしれねえ。


 ああ……、水が旨い。胃袋の中が冷えていく感じがする……。


「私、王女様に憧れてて、いつかあの人を守る兵になることが夢なの」


 とか考えてたら、ルシアが脈絡もなく話しかけてきた。

 急になんだ。王女サマって、どうしたんだコイツ。何も聞き飛ばしてねえよな?


「……言っとくが俺に何か頼んでも王女サマ関係の手伝いなんてできねえぞ。んなツテもねえし」


「ただの世間話よ。別にあなたにどうこうしてほしいって話じゃない」


「そうか、そりゃよかった。でも何で急に夢なんだ」


 別にお互いの夢を語り合うってほど仲の良い関係でもないだろうに。

 ん? いや、毎朝一緒に走ってる相方ぐらいならそれぐらいの話もするか? マズいな。盗賊時代の思い出しかないから、普通の人間の距離感がどれぐらいで一番適切なのか分かんねえぞ……。


「なに、他に話したい話題があった?」


「いや別に」


「じゃあとりあえず聞いてて」


 まあ、言うのは勝手だし、俺に聞かせて何かさせたい訳でもないなら、まあ。休憩中だしな。

 柄杓を桶に戻し、濡れた指を軽く振って水気を落とす。


「今までも祝祭の巡行で王女様を何度か見てるんだけど、通りの奥のほうからでも、先頭に立つと周りの列が揃っていくのが分かるでしょ。歩幅の取り方とか、手の置き方とか、大声で合図を出してる訳じゃないのに皆が合わせる感じがある。私とそう年も変わらないのに、カリスマ性っていうのかしら」


「へえ……。まあ、ときどきいるよな、そういう凄い奴」


「そう。あの人は格好いいとか、見た目が綺麗とか、そういうのもあるけど、それ以上にこの人なら国を任せられる、任せてもきっと問題無いって思える人」


 確かに。俺も生で王女サマは見たことはないが、噂だけなら何度も聞いてる。

 市門の近くの犬が行列の音に驚いて飛び出したとき、足を止めずに護衛に指示を出して、犬を抱いていた子の前に人の壁を作らせたって話とか、有名な美談は数多い。誇張混じりかもだが。

 ただ、そう思えるのなら、コイツの普段訓練に対する身の入りようとか、誰も見てないのに朝走ってることとかも説明がつくな。本気で憧れる存在がいるってのは努力する理由に十分だ。

 そもそも兵士の見習いやりに来るなら、そういう理由が当たり前ではあるんだが。俺? 俺はほら、流れで今の職に就いてるだけで、実際は不本意だし。


「だから、ああいう人に仕えられるまでになれれば、きっと私も自分を誇れる、理想の兵士になれると思って。それで、近くで守れる立場までなりたいって思って、今ここにいる。見習いが何を、って笑う人はいるかもしれないけど、そこは気にしてられないわ」


「まあ、言いたい奴には言わせときゃいいさ。現にお前はちゃんと努力して、上からの評価もいい訳だし。結果が出た時に見返す側なのはお前だろ」


「そうよね。あなたは朝の走りにも付き合ってくれるようになったし、トラブルもありつつ頑張ってるから、きっと分かってもらえると思って言ったの」


「……そうかよ」


 一応返事はしとくが、走ってるのは俺のアリバイ証明で役に立った礼みたいな意味だけだぞ。

 別に俺はこの王国になんて一切愛着ねえし、いかにもって感じのキレイな価値観も合わないから王女サマのことだって苦手だ。

 まあわざわざ乗り気な相方の気分に水を差すことも無いし、黙っとこう。


「じゃ、休憩も済んだしあと一周走りましょうか」


「はいはい」


 立ち上がって手の甲で額の汗を拭う。柄杓を桶に戻し、器材置き場の屋根の影から一歩で日向に出た。

 詰所の脇を抜け、城壁沿いの周回路へ。最初の角を、俺たちは二人とも余裕のある息遣いで曲がっていった。






 *





 金具が脚に触れる小さな音が一度。すぐ二度目。三度目は間が詰まり、ルシアの眉が寄った。

 歩幅がわずかに乱れ、太腿の外側へ手が伸びる。顔色は崩さないが、腿の筋が強張ってるんだ、と気づくのは盗賊やってた俺にとってそう難くない。


「あっ、ちょ、っと、待って」


 返事を待たずに通路の端へ寄り、ルシアはその場で足を止めた。人影はない、早朝で助かったな。

 ルシアは迷わず金具の舌を外して、革を捻じって通し直す。


 ……ただ、直すだけだろう。妙に手つきが速えし、落ち着きがねえ。こんなの何度も見習いなら何度もやって体に染みついた動作じゃねえか。

 順番が雑になり、同じ間違いを繰り返して、外し、つけ、また外し、またつけ。根元は締まらず、何だか落ち着かない。ルシアは眉を寄せたまま唇を噛み、額にうっすら汗を浮かべてる。

 何度目かの試行錯誤を見届けた俺は、とうとう抑えきれなくなっちまった。


「ああもう。何やってんだ、ほら貸せ」


 俺が手を伸ばすと、ルシアは一瞬ためらったように足を引きかけたが、結局その場に踏みとどまった。額に汗を浮かべたまま、渋々と金具ごと足首を俺のほうへ向ける。

 あー……。こりゃあれだ。触ったらすぐに分かったぞ。通し順は一応合ってる。だが、革の穴は片側だけ極端に伸びてて、金具の角には磨き跡が二方向に付いてる。

 つまり、普段から付け間違えを何度もやらかしてきた痕だ。しかも相当常習犯じゃなきゃやってられないぐらいの。それで金具に変な癖が残ってて、足を引っ張りやすくなってんだなこれ。


「おい、これ。さては前にも何回か逆につけてるだろ。跡が残ってるぞ」


 指で穴の縁を押しながら突きつけると、ルシアはわずかに目を泳がせた。だが、すぐに視線を正面に戻し、いつもとは様子が違う、覇気の弱い声で言う。


「……その、気をつけてるつもりなのよ。でも、急いでる時とか、他のこと考えてる時とか、つい逆にしちゃって。直したつもりで走って、結局こうなっちゃって……」


「何だそりゃ。知ってて繰り返してんのかよ」


「……言わないでほしいけど、ちょっと否定できない」


 口元だけ苦笑いを浮かべているが、額に残る汗と、指先の小さな震えが。コイツ自身もこの癖を情けなく思っている証拠だ。

 ああそういえば、前にもコイツ革紐逆にしてやがったな。あの時は凡ミスだって言ってたが、あれもこれと同じだったのか。真面目にやろうとしているのは分かるが。なんだこのポンコツ。


「ほら、もういい。俺が直す。動くな」


 革を捻じれのない向きへ戻し、舌金を内側へ寝かせ、余りを踵側に逃がす。伸びた穴は小さな革片を差し込んで誤魔化す。

 作業自体は一分もかからない。だが、何度も付け間違えてきた証拠を指で押さえるたび、「もうちょっと気をつけろよ……」と思わずにはいられない。


「歩け。……ほら、当たらねえだろ」


 ルシアは二歩、三歩と進み、顔を上げた。眉間の皺が消えてる。さっきまでの不快さも抜けてるはずだ。


「うん。さっきまでの痛みも消えた」


「痛かったのかよ……。そういうのは無理せずさっさと言えって、無理したところで兵士は味方の邪魔になるだけじゃねえか」


「ご、ごめんなさい」


 立ち上がると、ルシアは一拍遅れて小さく頭を下げた。

 コイツクソ真面目だからな。自分が辛くても、あんま周りに言えないんだろ。

 人から見れば美点かもしれない。俺も謙虚で慎ましいことが悪いとは思わねえ。が、こうやって今見習い兵士やってる俺にとっては邪魔なだけだ。曖昧な情報は色々面倒事を引き起こす。もっとはっきりしてくれた方が助かるね。


「でもありがとう。おかげで助かったわ」


「礼はいい。次からは焦って付け間違えんなよ」


 額の汗を手の甲で拭うルシア。その横顔は妙に真剣で、恥ずかしさと悔しさが入り混じった色にも見える。

 まあいい。これで走りの間は持つはずだ。まあ、こういうタイプは意識して直せるようなもんじゃない。またどこかで同じ失敗を繰り返すだろうな。難儀な性質してやがる……。


「……おい、さてはこの分だとお前他にも色々な道具に変な癖つけてるんじゃねえか?」


「いや、そんなこと……無い、と、思う、けど……」


 嘘つけ。絶対あるだろ。






 *






「これで、一応全部」


「おう」


 訓練が終わってからルシアに装備を全部持ってこさせた。女性用の兵舎に俺は入れねえから、場所は自由に使える器材置き場だ。

 装備を全部ひっくり返す。ああ、思った通り、っていうか思ってたよりひでえ。

 革の擦れ跡、鉄の角の鈍い艶、汗が乾いた塩の粉。どれも見慣れた劣化のサインだ。見習いは皆こうだと言えばそれまでだが、こいつは皆より一段階、雑に壊しかけている気がする。

 根が真面目だから他よりも丁寧に磨かれてるとこはあるが、本人のポンコツっぷりが炸裂してそれ以上にダメージの方が大きい。まさかここまでとは。

 俺は2週間前に成り代わったばっかりだから、見習いとしてはコイツの方が先輩だよな? 


「……順番にいくぞ。途中で口挟むな。余計なこと考えるなよ。言われたとおりに、いいな」


「……了解」


 返事はちゃんとしてる。そこはいい。問題は手元だ。さっきの金具いじりで分かった。自分では丁寧にやってるつもりなのに、集中が別のところに行ってる。結果、穴を一つ飛ばす。左右を入れ替える。留め具の向きを間違えたまま力で押し切る。そういう癖は直さないと一生やるぞ。

 脛当てを掴む。左のやつだ。持ってきた時点で穴が伸びてるのは見えてたが、改めて触ると縁がふかふかになってる。何度逆に付けたか知らねえが、金具の舌が斜めに擦れて跡が二方向。力で無理やり締めてたのが丸分かりだ。結構無理やりやってんな? 正しい使い方知ってるくせに違和感とか感じねえのかコイツ。


「ほら見ろ。穴の縁がぐちゃぐちゃだ。正しく通してりゃ真っ直ぐ擦れる。こりゃ完全に逆噛みの癖」


「……そんな癖つけてるつもりはなかったけど」


「つもりは当てになんねえ」


 余った革片を指でちぎり、穴に押し込んで噛ませる。舌金を内に寝かせ直し、踵側に逃がす。これで足を動かした時の突っ張りは減るはずだ。脛当てをルシアの脚に当て、革紐を引かせる。金具が音を立てずに締まった。


「これで引っ張られても穴が裂けねえ。お前が力で締めても、ある程度は持つ」


「力でって、そんなに乱暴にしてた?」


「自覚ねえのが一番質が悪い」


「……耳が痛いわ」


「ほら、歩いてみろ」


 二歩、三歩。足が軽くなるのが表情に出た。本人は無言だが、眉の皺が消えてる。


「最初からこれでやれ」


 次は胸甲だ。肩革が斜めに噛んで、片方だけねじれていた。金具の縁に擦れた跡が二重になってる。

 外して通し直して、潰れた穴の裏に革片を当てて補強。蜜蝋を指で擦りつけて摩擦を和らげる。革を引くと、低い音で鳴った。片側だけ高かったのがこれで揃った。


「着ろ。で、ほら、動かせ」


 ルシアが腕を回す。背中の鳴き音が消える。肩が均等に落ちる。


「前より軽い」


「今まで重さを自分で増やしてただけだ」


「ぐ……」


 んな風に顔歪めたって自業自得だろうが。

 次は剣帯。思えば訓練のときコイツのだけよく暴れてた。革穴が斜めに伸び、金具が削れて艶が二本筋で出てる。

 刃の背で削りカスを落とし、裏に小片を貼り込んで、金具の舌に布を巻き、当たりを柔らかくする。鞘を差して揺らせば、ぐらつきは多少マシになった。


「走れ。鞘が暴れるか見ろ」


 ルシアがその場で三歩駆ける。腿に当たらず収まった。息が少し弾む。


「……全然違う」


「当たり前だ」


 籠手。革が固くなって、曲げるとギシギシ鳴る。内側の縫い目が固着して、指の付け根が赤く擦れていた。

 水で湿らせ、油を指で揉み込む。糸の飛び出しは刃で短く落とし、蜜蝋を擦って封じる。ルシアの手を掴み、握らせる。動きが滑らかになった。


「豆ができかけてんぞ。布裂いて貼る。動かすな」


「別に大丈夫──」


「動かすなって言ってんだろ」


 布を巻いて固定。握らせる。柄を掴んでも剥がれない。


「これで滑らねえ」


「……ありがと」


「黙ってろ。まだ残ってるぞ」


 腰袋。蓋が勝手に開いてた。金具を木槌で軽く叩き、角度を戻す。片手で開け閉めさせる。カチ、と音が出た。


「音がすりゃ正解だ」


 短剣の鞘。口金が楕円になって、刃が引っかかる。木片を差して角度を一定にして叩く。音が鈍くなったところで止める。差し込ませる。スッと入った。


「抜け。……よし」






 *






 あー……全部終わった。

 多すぎだ。ほんとに。中にはいつ爆ぜてもおかしくないやつだってあった。使い方が荒い訳じゃないが、どこもかしこも癖だらけ。こんな見習い他にいねえだろ。


「──こんなになってて気づきもしなかったのか?」


 俺が呆れ半分に言うと、ルシアは気まずそうに肩をすくめた。


「……一応、使えてたから」


「使えてたんじゃねえ。ギリギリ死んでなかっただけだ。自分の腕前に自身を持ちすぎだぞ」


 言葉が重いのか、ルシアは視線を下に落とした。耳の先まで赤くなって、悔しさと情けなさ、それに少しの安堵が混じった顔だ。

 俺は油布を丸めて台の端に投げ、桶の水で手を洗う。黒ずんだ油が表面に浮いて、波紋が広がった。


 盗賊の頃もそうだった。道具の使い方が荒い同僚は何人もいたが、そういう奴に限って一番重要なとき道具に裏切られる。

 せっかくあんなに大層な夢を語ってたやつが日頃のポンコツのせいであの盗賊どもみたいに心半ば逝っちまったりすれば寝覚めが悪いなんてもんじゃない。


「次からは間違えんな。偉くなって王女サマ守るんだろ。その頃には、その癖直しとけよ」


「肝に銘じておくわね……」


 ルシアは袋に装備を詰め直しながら、小さな声で、ただきちんと聞こえる程度の大きさの声で。


「あなたが一緒についてきてくれたら、安心なんだけどね」


 その言葉に、俺の手は一瞬だけ止まる。


 ……何言ってんだ。

 どっちにしろ、祝祭が終われば俺はここから抜け出すかどうかの計画に移るんだぞ。規則だらけの見習い兵士は俺の性に合わねえし。こんな汚れ仕事をしてきた男が、ルシアと一緒に王族の近衛兵なんて大層な人間になる、そんなのどう考えても馬鹿げてる。

 そもそも俺はあの王女サマが苦手だし、いくら相方とはいえ、それは訓練のもの。実際にそこまでやるほど仲良しって訳でもない、はずだ。

 あんなこと初めて言われたから、流石に俺も驚いた。

 乗り気だなんて思われるのは癪だから、振り返りはしない。実際乗り気じゃないが、誤解すらされたくねえ。桶から滴る水を指先で払って、鼻で笑う。


「ハッ。安心なんて安物だ。そんなもん気になるなら日頃から気い配っとけ。そのうち自分で稼げるようになる」


「そ。まああなたはそういう人よね、あんまり誰かと群れたりはしなさそう」


 背後で革と鉄が擦れる音がして、ルシアが慌ててついてくる気配を感じる。袋を担ぐ仕草はさっきよりも自然で、金具の鳴る音も出ていなかった。

 器材置き場を出ると、夕陽が差し込んで金具の角に赤い光が走る。

 長く伸びる影の中できっちり揃った歩幅を見て、確かに上手くやれそうな仲だって一瞬見えた。見えたが、言いやしねえぞ。俺はそういう人間じゃねえからな。

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