平民と文官と信者と官僚
「アシェルさん……! た、助けて、ください……!」
「な、なんだソラナ。どうした?」
「す、少し前、タリエくんとベラさんに会った時……アシェル先輩が亡くなった後の、く、空白期間について……は、話があるって、言われて……」
「……あー。なるほどな」
「ど、どうしましょう……わ、私、あの時期のことなんて、言えるわけ、ないです……! きょ、教会の幹部として働いてたり、信者さんたちをまとめてたり……そ、そんなこと知られたら……!」
「落ち着けって。確かに、今のお前が元幹部だったなんてバレたら、アイツらの立場上、見過ごす訳にはいかねえだろうな。社会的にもマズいし、最悪の場合は尋問とか隔離とか、面倒なことになる」
「……よし、俺も行く。『俺も気になってた』って体でその話に混ざる」
「えっ? アシェルさんも、ですか?」
「ああ。一度は信者だったんだ、話を誤魔化すのに役立つだろ」
「で、でも……二人は、鋭いですし……」
「大丈夫だ。予めなんて答えるか決めとこう。堂々としてれば大丈夫……なはずだ」
「は、はい……! が、頑張ります……!」
*
「──それで、ソラナさん。今日は改めて、あの頃の話を聞かせてもらえませんか」
「は、はいぃ……」
タリエの声は穏やかだが、その目は笑ってねえ。
テーブルの上に置かれた酒に誰も手を付けてない。一応タリエとベラの昇進祝いって名目で集まったはずなのに、空気はまるで取調室だ。実際そうなんだろうけども。
「……」
ベラは黙ったままじっとソラナのこと見てるし。コイツ黙ってると怖いんだよな……。
でもまあ……無理もねえか。コイツらにとっちゃ、ソラナの空白期間は謎だらけだろうし、唐突に俺の死に目に現れて助けに来たってのも意味不明だろう。本人の性格も考慮すると、心配に思うのも当然だ。ただ、その心配の方向性がちょっとズレてるってだけで。
あとなんで二人は時折俺の方をちらちら見てくるんだろう。
普通にバレてるからなお前ら。
「……っ、えっと……その……」
……ああもう、そんな露骨に怯えるなって。余計に怪しまれるだろ。
堂々としてろって言ったのに、コイツのこういうところは相変わらずだな。まあ、幹部やってた時もこんな感じだったから、ある意味平常運転なのかもしれねえが……。
それにしても、タリエたちの前だと借りてきた猫みてえだな。
ソラナはかつての知り合い、自分の過去を知ってるヤツらに「教会に所属してました」「おまけに幹部でした」なんて黒歴史を絶対知られたくないって考えてる節がある。まあ、当たり前だな。
俺としても、いつまでもソラナの過去を秘密にするってのはどうかと思うが……二人の仕事を考えると──あの騒動で唯一死亡確認が取れてない生き残った謎の幹部って存在は見逃しようがねえ。既に解決し終わって、もう問題になってない案件を今から掘り起こすってのは、俺には意味があるように思えない。
だから、なんとかしてソラナは無実だってアピールをしなきゃならねえんだが……。
「僕たちは、あなたが心配なんです。あのアシェル先輩が亡くなってから連絡が取れなくなって……家にも帰っていなかったようですし。一体、どこで何をしていたんですか?」
「そ、それはぁ……そのぉ……」
言えるわけねえよなあ……「教会の幹部として働いてました」なんて。
タリエは純粋に心配してるだけなんだろうが、その真剣な眼差しが逆にソラナを追い詰めてることに気づいてねえ。善意の尋問ってヤツか……。
「ソラナ。私はお前がそうなっていたとは知らなかった。最近になってこの話を知り、心配になったんだ。言いにくいことなら無理にとは言わんが……」
ああ、確かにそうだった。
ベラはあの時暗殺未遂を受けて、なんとか一命を取り留めたものの、上層部からの刺客を恐れて逃亡中だったんだ。だからベラはソラナが行方不明だったことは知らねえ。
いざ皆と合流して、かつての部下は行方不明ですなんて聞かされた時は気が気じゃなかったはず──
「──だが、我々は一度だけ見たんだ……お前が昔、教会の施設に入っていくのを」
えっ。
「ひっ……!?」
……えっ?
「やはり、そうか。あそこは、一般人が立ち入れる場所ではない。教会の人間か、あるいはよほどのコネがなければ……」
えっ……具体的な目撃情報……。
マジかよ、そこまで確実な証拠を押さえてたのか。否定しようにも言葉が出てこねえぞ。
出し惜しみせずに逃げ道を塞ぎに来てる。コイツら、事前に打ち合わせでもしてたのか? 役割分担が完璧すぎるだろ。タリエが優しく問いかけて、ベラが事実を突きつける。完全にプロの手口じゃねえか。
……プロだったわ。
もともとそういう仕事してたわ。
ていうか、否定も何も実際に「教会の人間(幹部)」だったし。
「ち、ちが……っ、私は……!」
「……おいおい、二人とも。そんな怖い顔して詰め寄るなよ。ソラナが怯えてるだろ」
とりあえず、場の空気を少しでも緩めねえと。
いやでもこれ、効果あるか? 二人はソラナが教会の人間だったんじゃないかって本格的に疑ってるってことだよな。じゃあちょっと間に入ったぐらいじゃ意味ねえかも……。
「先輩……ですが、これは重要なことなんです。彼女の身の安全にも関わる」
「そうだな。もし、ソラナが何らかの事件に巻き込まれていたのなら、我々も見過ごすわけにはいかない──ソラナ、正直に言ってくれ。誰かに脅されていたのか?」
……ん?
脅されていた……?
「えっ……? お、脅されて……?」
ソラナもキョトンとしてるが……。
……ああ、なるほど! そういう解釈か。
「そうだ。あんな危険な場所に、お前が自ら行くはずがない。誰かに弱みを握られていたか、あるいは……何かを強制されていたんじゃないのか?」
「もし、まだ誰かに監視されていたり、命令されていたりするなら……僕たちが対策を考えますから……」
「そ、それは……えっと……」
タリエとベラの中じゃ「ソラナはか弱い被害者」って図式が出来上がってるんだな。あんな危険な場所に自ら行くはずがない、だから誰かに強制されていたに違いない……と。
まあ、文官時代のソラナを知ってりゃそう思うのも無理はねえ。書類のミスで泣きかけてたようなヤツが、自ら進んで過激派組織の幹部やってたなんて、想像もつかねえだろうし。
「一人で抱え込まなくても、頼れる場所を紹介できます。教会の被害者を支援している、信頼できる人を知っているので」
「あるいは、お前を巻き込んだ人間に心当たりがあるなら言え。私が法に則って処理してやる。泣き寝入りする必要はない」
……困ったな。
二人が出してくる案、どれも善意百パーセントなんだよな。「大丈夫です」って言えば、「無理しなくてもいいんですよ」って返されそうだし、「必要ないです」って突っぱねても「遠慮しなくていい」と笑われる未来が、もう目の前まで来てる感じがする。完全に包囲されてるな、これ。
悪意でこう言われるのならいくらでも殴り返せるんだが。善意ならそんなことできねえし……。
「(アシェルさん……こ、これって、その、どうすれば……)」
「(その……これは……)」
ソラナはビビってて、元々考えてた応対が頭から飛んじまってる。
二人はソラナを追い詰めたいんじゃなくて、助けようって考えてる。
じゃあ、じゃあ……俺がやるべきなのは……。
「ちょっ、タイム! ソラナの顔色が悪そうだから休憩タイムだ! ほら、行くぞ!」
「えっ先輩?」
「ア、アシェル?」
「えっ、あぅ、その、アシェルさん……力、強……♡」
*
「……よし、ソラナ。作戦を変更するぞ」
「え? あ、は、はい……!」
……よし、顔色は最悪だが目は死んでねえ。
ここでコイツが折れたら終わりだ。俺が支えねえと、タリエとベラによる善意の波に飲み込まれて溺れちまう。
正直、今のままで「教会と無関係」を押し通すのは無理がありそうだ。
あの二人の反応を見る限り、ソラナが関わってたことは完全にバレてる。なのに「無実です」なんて言い張っても、余計に怪しまれるだけ。
ただ、救いはある。二人がソラナを疑ってるんじゃなくて、心配してるって点だ。「関係者」として尋問したいんじゃなくて、「被害者」として保護したい。その認識のズレが、唯一の突破口になり得る。もっとも、実際は被害者どころか幹部やってた訳だが……。
かといって被害者ぶるのも危険だ。調子に乗って「酷い目に遭いました」なんて嘘つけば、後で全部バレた時に言い訳できなくなる。それに、あの二人のことだ。さっきでさえああだったのに、加速すれば善意でとんでもねえ過激な解決策を提案してくるかも分からねえ。悪気がない分、ソラナじゃ余計拒絶しきれねえだろうし。
となれば、打つ手は一つしかねえ。
教会に対し「無関係」は捨てて、かといって「被害者」にもなりすぎない。「任意の協力者」というポジションに滑り込む。俺を探すために、自分の意思で動いてた。それなら「可哀想な被害者」として扱われる筋合いはなくなるはずだ。
「──という訳だ。よし、これで行くぞ。堂々としてろよ」
「りょ、了解です……!」
……正直、ちょっと胃が重いが。
全部話せれば楽かもしれねえ。幹部やってたことも、そこから今に至るまでの経緯も、全部正直に言えたら、どんなに気が楽か。
でも、それをやった瞬間、二人は職務として動かざるを得なくなる。タリエもベラも、友人を逮捕なんてしたくねえはずだ。だったら、俺が中途半端な真実で濁して、あいつらに「友人を裁く」なんて最悪の役目をさせずに済ませてやる方がマシ……のはず。
言えることだけ言って、隠すことは隠す。それしかねえ。
「──で、だな。さっき二人で話をしたんだが……ソラナはただ巻き込まれただけじゃなくて──俺を探すために、自分の意思であそこにいたんだ」
「は、はい、実は、そうでして……」
よし、言った。言ってやったぞ。
声のトーンもちょっと軽めにしてみた、これで重くなりすぎた空気もちょっとは緩まるといいんだが。
……二人とも、同時にこっち見んな。「お前だけ能天気か?」って目するんじゃねえよ。
違うからな。能天気だから止めてるんじゃなくて、全部分かってるから止めてるんだからな。
「そ、そうなんですか……?」
「自分の意思……だと?」
おお、いやでも、悪くない反応だな。さっきまでの「心配で心配で仕方ない」って顔から、一気に「え? 何それ?」って顔に切り替わったのが分かる。
そりゃそうだよな。あいつらの中のソラナ像、完全に「守るべきか弱い後輩」で固定されてただろうし。自分から危険地帯にダイブしたなんて話、想像の範囲外だったはずだ。
「信じられないかもしれねえが、ソラナは俺が死んだって話、どうしても信じられなくてな。手がかりを求めて……危ねえって分かってても、あそこに潜り込んでたんだよ」
「……ソラナさん。それは……本当に?」
よしよし、いいぞ……。
一応今日は『俺も気になってた』って体で来たことにしてるが、俺が来た時二人は歓迎するだけで「何で来たの?」とか聞いてこなかったから話してない。これが功を奏した。
つまり、ついさっきのソラナを外に連れ出した俺は、二人からすれば「ソラナの行方不明期間を気にしてやって来た第三者」じゃなく「事情を把握して適切に情報を聞き出してきた伝言役」に見えるはずだ。
なんか騙してるみたいで……っていうか騙してるんだけども。いざここで真実が明るみになって、今は何もやってないソラナが逮捕ってなっても誰も喜ばねえからな。身内贔屓なのは自覚してるが、俺はこれでいいと思うぞ。
な、ソラナ? 取り決め通りに頼む。
実際にお前は本当に、俺を探してたんだから。その点において、お前の気持ちに嘘はねえはずだ。
「……は、はい! アシェルさんのために、必死で……!」
おお、いいぞソラナ。声ちっちゃいけど、芯が通ってる。
幹部やってたのも、突き詰めれば全部「俺のこと」が根っこにある。その執着心が、今だけはこっちの都合に味方してくれてる感じだ。
「今はもう、あの教会からは、抜けているので……その、隠してて、ごめん、なさい……」
「……そうだったんですか」
いいぞいいぞ。タリエの肩から、目に見えて力が抜けてる。
安心したんだな。「可哀想な被害者」じゃなくて、「自分で決めて動いた奴」だって分かって、張り詰めてた糸が一気に緩んだ感じがする。
「なるほどな……それなら、我々が心配しすぎていたということか」
ベラもベラで、納得したって顔してる。
さっきまでの「何とかしなきゃ」って空気が、一気に引いてる感じがするぞ。自分の意思で動いた人間に、余計な手出しはしない。そういう線引きがちゃんとあるからな。
「そうですね。それなら……もし何かあったら、その時は言ってください。それまでは、余計な心配はしないでおきます」
「ああ。困ったことがあれば、遠慮なく言え」
「あ、ありがとうございます……」
……ふぅ。なんとか、ギリギリで踏ん張れたな。
あー……よかった。背中の汗、いっぺんに噴き出した気がする。
これでしばらくは平穏に過ごせるだろ。少なくとも、「今すぐ保護施設行き」みたいなコースからは外れた、これで当面の平穏は守れたはずだ。
ソラナも、この街で「普通っぽい生活」を続けられる。まあ、今のソラナがどんな暮らししてるかは知らねえけど……少なくとも二人に連行されるよりはマシだろ。
*
「でも、よかったです。あの時のソラナさんは……本当に、見ていられないほど落ち込んでいたので」
「ああ。私もあの時は逃亡中の身だったが……大切な人を失った直後だ。誰だって心は脆くなる。そこに付け込まれたとしても不思議ではなかった」
「え、えへへ……その、心配させちゃって、すみません……」
「そんな思い詰めんなよ、ソラナ。二人とも別に気にしちゃいねえって、なあ?」
でもなるほどなあ。疑いが晴れた今だからこそ言える、当時の本音ってやつか。
俺も薄々そう思ってたけど──文官の俺が死んだ直後だし、同僚であり友人でもあったソラナが塞ぎ込んでたのは事実だろう。その心の隙を突かれて教会に取り込まれたんじゃないかと、当時は本気で心配してたってことだよな。
ベラも、直接見てはいなくても、状況を考えれば想像はつくだろうし。自分自身が同じ経験をしたからこそ、他人の脆さにも敏感になっちまうのかもしれねえ。
……ただなあ。
信者の時に見たソラナってそこまでヤワなイメージ無かったんだよな。
確かに最初は落ち込んでたかもしれねえが、そこから立ち直って、俺を生き返らせるために教会に潜り込んだ訳だし。俺の死にショックを受けて、ヤバい方向に進みそうだったのは事実だが……果ては幹部にまで登り詰めた女だぞ。俺を探すために、苦手なことにも歯を食いしばって挑んでたはずだ。
だから、その認識がある俺にはそこまでソラナが撃たれ弱いって印象無かったなあ……どっちかっていうと、もっとこう、図太いっていうか。
「なあ、お前ら。俺の印象だと、ソラナってもっとこう……肝が据わってる気がするんだけどな」
「えっ……?」
「肝が据わっている? ソラナが?」
ああでも、実際に幹部だったソラナを見たのは俺だけだもんな。
やっぱり、ピンとこないか。
えっと、じゃあ……。
「例えば……ほら、あの毒あっただろ? 俺とベラに盛られた、ヴェインを殺すときに使ったヤツ」
「これですか?」
「なんで持ってんだよタリエ」
まだ持ってるのかよお前。あれから随分経ってるし、やっぱ良い護衛用の道具として味占めてるよな?
タリエは涼しい顔で「戒めですから」「いざという時これで先輩を守るんです」「今は解毒剤もありますし」とか言ってるが……物騒な戒めだな、おい。
「……まあいいや。話が早くて助かる。お前には後でお説教だが」
「えっ」
何はともあれ──俺がやりたいのは単純な思考実験だ。あくまで例え話。
理不尽な命令をされた時、自分の意思で「嫌だ」と言えるかどうか。
「例えばの話だぞ? 俺がソラナに『これを飲め』って言ったとするだろ? いや言わねえけど、もし言ったとしたら……飲むか?」
いくら俺の命令とはいえ、訳もなくあんなに苦しむ毒を「はい飲みます」ってことはねえだろう。「いくら俺の命令でも流石に……」って言うはずだ。むしろそう言わせたいからこんな肯定しにくい問いをした訳だが。
で、その姿を見せればソラナはちゃんと自分の意思で物事を断れるヤツだってアピールできるし、ふわふわ流されるような脆いメンタルしてる訳でもねえってことが分かるはず──
「飲みます! アシェルさんの言葉なら、そもそも、疑う意味がありません!」
……ん?
あれ、変だな。ちょっと意識改革が必要なのか──
「まあ、普通ですね。僕も飲みますよ。先輩の指示なら正しいに決まってますし」
んん??
「そうだな。正直嫌だが……お前に言われれば私も飲むだろう。その指示をするということは──お前がまだ私を許していないということだからな……」
んんん???
あれ、おかしいな。
思ってた反応と違うっていうか、むしろ俺の周りに爆弾が急に三つ現れたみたいな雰囲気感じるんだけど。
「そ、そうですよね! アシェルさんには、従うことが、当たり前なので!」
「当たり前って、先輩こそが正義に繋がるというだけです。僕は盲信している訳では……」
「まあ、その考えが出る辺り、教会に取り込まれる心配も無さそうだな。安心したぞ」
「ベラさん……! え、えっと……で、ですって、アシェルさん! えへへ……♡」
「あーそっかあ、意識改革必要なの全員だったのかあ……」
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