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俺は死んだはずだよな?  作者: 破れ綴じ
1. 見習い兵士

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1/85

処刑の夜と見習いの朝

 頬に張りついた石が、体温を奪う。

 湿った鉄の匂いは鼻の奧で固まって、吐いても動かない。

 縄は手首の骨の角を選んで締まっている。勝手に仕事を覚えるやつだ。


「見せしめ、か」


 返す相手もいないのに呟いた言葉が、壁で跳ね返って耳に戻ってくる。いつもの俺の声のはずなのに、なんか他人みたいに聞こえやがる。

 俺たち数人を殺したところで大した見せしめにはならないだろう。実際、処刑場所は牢獄隣にある別棟だ。盗賊崩れを公開処刑って訳にもいかない。ただ生かす価値もない輩で牢が埋まるのを避ける口実が欲しいだけだ。

 その口実のために今日俺は殺される。


 港外れの夜。合図の笛は短く二度、風はこっち側、いつもの段取り。

 違ったのは見張りの歩幅だ。半歩、短かった。半歩を笑って見逃したのが、こうなってる理由だろう。

 団の数人は逃げた。数人は逃げ損ねた。俺は──ここ。

 マトモな生き方? 悪いが知らねえ。俺には他に道がなかった。それがこのザマだ。


「名前は?」


 処刑人の口から乾いた声。気まぐれか? これから殺す相手の名前知って何になる。

 顔は上げない。見た顔が頭に残ると向こうの夢に俺が出て寝付きが悪いだろう。迷惑は互いさまだ。


「……はっ、要るのか、それ」


 舌は軽いのに、喉が重い。意識してないのに勝手に震える。

 やるならさっさとしてくれ、と言いかけて、言葉は口の外で蒸発した。

 チッ。こんな態度取っておいて結局俺も死ぬのが怖いのかよ。


 クソみたいな人生送って来て、結局終わり方もクソってのは一周回って笑えてくる。

 もし、生まれ変われたら──なんて考えようとして、やっぱりやめた。んなことやって何になるってんだ。

 鍵が回る。刃が石に触れて、氷が割れたみたいな音がした。天井から水が一滴。

 落ちて、砕けて──


 音が、朝の鐘に変わった。






 *






 待てよ。

 俺は死んだはずだよな? 


 視界がぐるぐる回る感覚が襲い掛かって来て目が覚める。

 手足の感覚がさっきまでとまるで違う。筋肉がつきすぎだ。なんだこれ、少なくとも今までの俺の体じゃないぞ。


 肩に柔らかくぬるい重み。背中が沈む。石じゃない、布だ。

 乾いた藁と日向の板の匂い。血の匂いはどこにもない。

 目を開ければ木の梁と薄い白布。光が板の節で丸く滞って震えている。

 跳ね起きる。布団が床へ滑り、足に絡む。

 両手を見る。縄はない。赤い跡もない。喉に触っても皮膚はつながってる。

 心臓が、さっきより早く叩く。膝が抜け、木枠の角で脛を打つ。痛みで現実だって分かった。


 並んだ寝台は、どれもきっちり整えられ、人の形だけが失われている。

 足元の木箱に焼きごての字が焼けていた。


《兵舎四号棟・見習・アシェル》


 ……俺の名前だ。なんで俺の名前が焼いてある。

 見習い? 兵士? いつの話だ。誰の冗談だ。どこの悪趣味だ。

 そんなもんになった覚えはない。生まれてからずっと俺は盗賊業で食ってきたってのに。


 いつもの調子で、鼻で笑おうとしたが、出なかった。喉がそれを拒んだ。声の響きまで違う。これも俺のものじゃない。

 息を整える。天井、壁、窓、床板、釘の頭の削れ、扉の蝶番の擦り音。

 壁の紙には、行の端に「正門」「巡回」「交替」の文字。そこからさらに細かい字が続いている。

 見習いは二人一組。持ち場外の離床は連帯減点。異常は医務室の承認必須。四号棟は正門担当。つまり、兵が勝手に外れれば、相方の点も一緒に落ちる仕組みだ、と。

 読むことは読める。読み書きは団にいた頃、厳しく仕込まれた。けど、読めるからって納得できるか。内容が頭に入らねえ。なんで俺が兵士なんだ? 


 俺は死んだはずだよな? 首を刎ねられて、それで終わりのはずだった。なのになんで生きてる? しかも全く違う体で? 


 戸口が二度、間をおいて、もう一度叩かれる。整っていて急いでいる音。

 待て。落ち着け俺。訳分かんねえ状況なのは確かだが、だからって見苦しく慌てふためいてりゃ怪しいことこの上ない。ただでさえ後ろ暗い過去持ちなんだ。堂々としろ。


「──起きてる?」


 扉が少し開いて、顔がのぞいた。結い上げた髪。整った襟。目の線は強い。動きに無駄がない。

 俺の反応を見る間も置かず、あっさりした声で続ける。


「もう点呼、終わってる。ほら、装備、槍。遅刻だって……なにしてるの」


「寝てた」


「知ってる。見れば分かる。いつもはとっくに起きてるはずだけど」


 いつも? 知らねえよ。俺は今朝が初日だ。

 口に出すとまずい。噛んで飲んだ。

 何しろ俺は盗賊……のはずで、目の前のやつは見習いだが兵士の服を着てる。

 余計な真似は一発アウト、二回目の死へ一直線だ。


「その、当番で来たのか」


「違う。班長が『いないなら引っ張ってこい』。で、来た。──動ける?」


「動く……待ってろ」


 とりあえず話を合わせとこう。都合の良いことに女は俺の事をなぜか「見習い兵士」のアシェルだと勘違いしてる。

 寝台から降りて、名札のついた箱を開ける。折り目だらけの上衣、革帯、金具。

 ……なんだこれ、袖はどっちだ。留め金はどっち向きだ。見れば分かる? 無理だろ。んな服着たことねえんだぞ。

 布を裏返して、また戻す。布切れ一枚に負けてるのが腹立たしい。


「……なんで分からないの?」


「……寝起きだからだ」


「はぁ、貸して」


 女が「あなたが遅れたら私まで怒鳴られるんだから」と言って半歩寄ってくる。近づきすぎない距離で止まり、二本指で襟を返し、金具を回して穴を一つずらす。

 目は合わせない。さっさと済ませたい、けど放っておけない、そういう手の動きだ。

 俺は黙って手を上げて通し、余計なことを言わないように舌の根を押さえる。


「体調は?」


「悪くは、ない」


「顔色は悪いけどね。あと、口も悪い。今日は」


「いつもの俺は優等生?」


「までは行かないけど。でも俺って聞くのは初めてね」


 しまった。いきなりボロが出たか。

 けど、ここで声を荒げたら余計な目がつく。


「ねえ、私の名前──分かる?」


 喉が固まった。

 知る訳ねえだろ。昨日までの俺はただの盗賊崩れだぞ。ここで暮らしたことなんざ一度も無いんだ。

 知らない、と言えば面倒が膨らむ。だが、知ってる、と言えばあとで困るだけだ。


「……悪い。今は出てこない。言えば出るかと思ったけど、つかめない」


「医務室?」


「勘弁してくれ。まず怒鳴り筋から避けたい」


「……本当にどうしたの? 昨日まで敬語だったのに。大丈夫?」


 女の眉がぴくりと動く。じっと俺を見つめて、一歩下がった。


「私はルシア。同期で──あなたの相方。思いだした?」


 キツめの語調。オトモダチって感じじゃなくて、言われたから組んでいるってだけの興味ない仕事仲間って感じだ。

 よく分かる。おかげでよーく思い出せた。とりあえずそういう体でいこう。俺はあえて素っ気なくうなずいた。


「……ああ。悪いルシア」


「驚いた。いっつもさん付けだったくせに」


 しまった。またボロか。

 誤魔化すみたいに廊下へ出た。夜の冷えがまだ残っていて、足裏から静かに登ってくる。

 石の継ぎ目の深さ、灯具の間隔、人の足音の重さ。頭に叩き込む。

 規則だの礼法だのは大嫌いだが、知ってるふりはできる。観察して真似するのは、昔からの仕事だ。






 *






 装備室。革と油の匂いが混じって、鼻の奧で重たくなる。

 壁に槍が並ぶ。全部同じ顔に見える。どれが俺のだ? 


「それは重い」


 俺が手前の一本に伸ばした瞬間、ルシアが別の一本を抜いて差し出した。

 黙って受け取る。重さは……まあ、手の中で暴れない。本物の俺には到底持てない重さのはずだが……。この新しい体はだいぶ健康な生活をしていたらしい。

 使い方なんて知らないが、今は周りを見ながら真似するしかねえか。


 自分の舌が「持ち場は?」なんて言いかけて、急いで噛んだ。知らないことは訊くべきじゃない。訊けば露骨だ。

 ルシアに気づかれないよう壁の当番表を目で拾う。正門、第二列、交替、文字の癖、紙の端の折れ。頭に放り込む。


「行くよ」


 ルシアが先に歩く。俺は半歩後ろ。

 いつもと逆らしい。廊下の角で彼女が横目で俺を見る。苛立ちと、計算。言いたいことはあるが、勤務中にやらない人間の顔だ。


 中庭。白い光で、砂の粒が均一に明るい。

 見回せば石造りの高い塀。鉄格子の向こうに街の屋根が見える。ここは砦か? 俺がいた牢獄とは建物の造りが違う。どこまで来ちまったんだ。

 見習いの掛け声が重なり、革の擦れる音が近い。水筒の金具が光る。

 俺は前を向き、耳を外に伸ばす。靴が石を叩く音。屋根の縁で金属が擦れる高い音。


 ……やっぱ夢じゃねえ。体が重くて、これが夢じゃないってのがよりはっきりした。

 じゃあなんだ。どうして俺は首を飛ばされたあとで布団の上にいて、見知らない女に「同期」と呼ばれ、兵士のふりをして槍を持ってる? 死んだ人間が別の体で生き返るなんて、おとぎ話でもねえだろ。


「体調、やっぱり悪いんでしょ」


 ルシアの声が横から落ちる。


「平気」


「言い方が平気じゃない」


「言い方を選ぶ余裕がないだけだ」


 彼女は一つ息を飲み込んで、言い直した。


「遅れた分、今のところは私が庇うから。でも、私の負担が積もる前に、元に戻って。昨日までのあなたに」


 そうか。元に戻れるなら、俺が戻りたいわ。あの石の上に戻してくれ。

 ああやっぱ戻さなくていいわ。普通のフリしてたが直前になるとやっぱり恐怖に負けていた。

 喉まで来た言葉を、舌の裏で殺す。


 列に入る合図がして、ルシアが短く手首を返す。俺はその手の動きを盗んで同じ角度に槍を落とす。

 号令。前。歩幅を合わせる。これで合ってるのか? 頭の中では混乱が暴れている。だって初見だぞ。


 正門は石がぬるく、影が濃い。

 俺は真正面。耳と鼻は外へ。

 干した布の石鹸、焼いた肉の脂。遠くで子どもが笑い、音が壁で砕け、細かい破片になって戻る。

 この匂いと音の混ざり方。前の世界の延長にあるのか、まるで別物なのか、判断がつかない。判断がつかないまま立ってるのは、どうにも気に入らない。


 交替の時間。列がほどけ、別の列がはまり込む。

 俺は周りに合わせ、声を出し、出し過ぎず、角度を合わせて、余計なことはしない。

 訊きはしない。見てるだけだ。見張りの歩幅、交替の人数、荷車の軋み。


 ここが「仕事場」だという空気は分かる。だけど、俺は「仕事仲間」を知らない。名前も、ひとつも。

 俺はここにいないはずの人間だ。なのに、なぜ全員が俺をいる前提で動く? 

 元々のこの体が何をやってたんだ? 何故俺の名前なんだ? 分からねえ。


「ほら、水」


 ルシアが水筒を差し出す。

 飲み込めば喉が驚いた。きれいすぎる水だ、こんな水前は飲めたことなかった。

 言えば借りになるから極力礼は言わない。俺はそんなもの逐一守れるような律儀な人間じゃない。別に借りを抱えて動けなくなるタイプでもない……はずだが。

 彼女は受け取りの言葉を待たずに、水筒を引き上げた。仕事中の真面目な顔に戻りやがった。


 日が傾く。影が長く、石の継ぎ目が深くなる。

 一日の終わりが近づく気配。ここでの「一日」が、俺の一日と同じ長さの保証はないのに。

 正直、気味が悪くて合わせたくない。だが、合わせないと生きてられる保証はない。どっちも本当だ。それぐらい今の状況が分からねえ。






 *






 兵舎に戻る。上衣を木箱に──のはずが、折り方が分からない。

 昨日までの俺は知っていたんだろう。今日の俺は知らない。

 適当に畳んで突っ込もうとしたところで、廊下の端から「待って」と声が飛んだ。


 ルシアが腕を組んで立っている。近づいて、布の端を取る。

 折り目は真ん中じゃなかったみたいだ。肩の縫い目に合わせ、角を内側へ隠す。金具は布に食わせない。

 簡単に見えて、指の角度がきっちりしている。昨日まで、何度も何度もやってきた動きだ。


「明日からは、同じように」


「やってみる」


「やってみるじゃなくて、やるの。──それで」


 そこで彼女は言葉を探した。真面目なやつが言葉を探すとき、目は少しだけ揺れる。


「今日のあなたは、昨日までのあなたじゃない。口の悪さはいい。礼儀の崩し方もこの際いい。ただ、私を『ルシア』って呼んだこと、今までなかった」


 そうか。昨日までの俺はもっと従順だったのか。そいつに申し訳ないが、俺は俺だ。

 それでも、そこまで露骨に露呈していたか。自分で自分に舌打ちしたくなる。

 人の真似をするのは得意だと思っていたが、実際やってみればこうも分かりやすいものか。

 いや、周りが言ってないだけで今日の俺は相当浮いていたのかもしれない。早く覚えねえと。


「念のため、医務室行って。体調不良で済むならそれが一番だし、じゃなきゃ上にした私の報告が嘘になる」


「あー……今じゃなくてもいいか」


 彼女は一瞬だけ時計を見て、首を横に振った。


「次も遅れると二人とも減点になる。だからすぐに。嘘は書かないこと」


 きっちり釘を刺してくる。抜け目のない。

 それで俺はうなずく。今日のところは、それで折り合う。


「それと、明日。点呼前に走るけど。起きる?」


「起きる……つもりだ」


「つもりじゃなくて起きる」


 彼女の声は、そこで少し和らいだ。和らぐ、というより、力が入っていた場所からわずかに引いた。


「いつものあなたに戻って。じゃないとやりにくいの。ただでさえ組んだばかりでよく知らない相手なんだから」


 いつもの俺だと。知らない人間の仮面を被れってことだ。

 そんな相手にずいぶん世話を焼いてるあたり、この女も面倒見のいい奴なのか。ほっとけない性格なのか。単に連帯責任が怖いだけか。

 いいさ。被って、剥がして、被って──その間に出口を見つけてやる。


「すまん。名前、もう一回いいか」


「ルシア。覚えて」


 喉の奥で反芻する。ルシア。

 名前は重い。呼べば、そこに線が引かれる。

 線は、逃げるときに引っかかる。だから嫌いだ。けど、知らないでいるともっと危ない。

 俺は一度だけ小さくうなずいた。


「覚えた」


「覚えて」


 彼女は引き際を間違えない歩き方で、さっと離れた。






 *







 部屋に戻る。扉を閉め、音の高さと響きを覚える。

 窓の桟、床板の浮き、釘の頭、隙間風の線。扉の蝶番は油が薄い。洗濯場から倉庫。倉庫から裏門。

 まだ分からないことだらけだ。初日でこれだけ動けたのは、運が良かっただけだ。明日はもっと注意しないとバレる。

 頭の中に地図を描く。線はまだ途切れ途切れだ。つなぐ材料が足りないが、そこは明日調べればいい。


 いつ抜け出す? 今すぐか? 

 いや、今すぐは無理だ。知らなすぎる。知らない路地で全力疾走は、馬鹿のやり方だ。だが抜け出す、いつか。

 それまで、俺は俺じゃない誰かのふりをして、息を潜めて、観察して、拾って、繋いで、嘘の継ぎ目を指で探る。

 これが誰の都合か。何の仕組みか。分からないまま従うほど、俺は素直に生まれてない。


 布団に腰を下ろし、喉元の革を指で押す。穴をひとつ緩める。息が入る。

 手のひらを見る。掌の硬さは、昨日の俺のもの。本当の俺のものじゃない。

 その違和感が、ずっと消えない。消えなくていい。消えたら、この状況を受け入れるってことだ。受け入れる気はない。


 外で笑い声。遠い足音。

 扉の向こうに、世界があるふりをしている。俺が知ってる世界とは別のやつが。

 目を閉じる。さっきの石の冷たさが、背骨の途中でまだしぶとく残っている。

 それでいい。冷たさがある間は、間違いを間違いのまま置いておける。


 今日の暮らしは盗賊やってた頃よりは格段にマシだ。きれいな水、温かい布団、規則正しい飯。だが、バレた瞬間に今度こそ本当に詰む。

 盗みばっかりやってたんだ。見た目こそ変わっちまってるが、そんな奴が兵士のふりをしてる。笑えねえ冗談だ。そもそもこんな規則だらけの生き方は性に合わない。

 どうして今生きているのか。どうしてこんな場所にいるのか。どうして兵士なんかやってるのか。

 分からないが、これは前世最期の血迷った思考回路を見込んだ神様がくれた、二回目のチャンスだと思うことにする。


 いつか抜け出してやる。今日じゃない。明日でも、たぶんない。

 それまでは今の暮らしを怯え半分で満喫させてもらうことにしよう。

感想やご意見をお待ちしていますのでよろしければ……(´・ω・`)

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