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第9話:新たな商品とギルドマスター

『暁の剣』との一件から数日、俺の店には平穏な日々が戻っていた。


アレクサンダーたちが再び現れることはなく、俺はこれまで通り商売に集中することができた。あの日の出来事は市場の噂好きたちの間でまことしやかに囁かれていたが、「新参の商人がSランクパーティを追い払った」という事実は、むしろ俺の店の箔付けに繋がり、面倒な絡まれ方をすることが減るという思わぬ副産物を生んでいた。


俺は稼いだ資金を元手に、ビジネスのさらなる拡大に乗り出していた。


カップラーメンとペットボトル飲料は既に市場に定着し、安定した収益源となっている。次なる一手として俺が目をつけたのは、『レトルト食品』と『缶詰』だった。


特に、カレーやシチューといったレトルト食品は、この世界の食文化に再び衝撃を与えることになった。


湯煎するか、皿にあけて温めるだけで、本格的な煮込み料理が味わえる。その手軽さと保存性の高さは、特に冒険者たちから熱狂的に支持された。


「なんだこのスパイシーな食い物は! 身体の芯から熱くなる!」


「これが『かれー』か! パンと一緒に食うと最高だな!」


「缶詰の果物なんて初めて見たわ! 甘くて美味しい!」


俺の店はもはや単なる食事処ではなく、最先端の食品を発信する文化の拠点となりつつあった。


売り上げは鰻登りで、露店という形態ではそろそろ限界を感じ始めていた。本格的な店舗を構えることを、真剣に考え始める時期に来ていた。


そんなある日、店の片付けを終えて一息ついていると、一人の男が俺の前に立った。


これまでの客とは明らかに違う雰囲気をまとっている。身につけている衣服は質素だが、仕立てが良く、その立ち姿には隙がない。歳は四十代半ばといったところか。鋭い目が、値踏みするように俺と店の商品を観察している。


「君が、商人アルス君かね?」


落ち着いた、だが芯のある声だった。


「いかにも。俺がアルスですが、何か?」


「私は、商業ギルドのギルドマスター、バルトロと申す」


男の言葉に、俺は思わず目を見張った。


商業ギルドのトップが、なぜ俺のような新参の露天商の元へ?


バルトロと名乗った男は、俺の驚きを意に介さず、並べられた商品の一つ――ツナの缶詰を手に取った。


「単刀直入に聞こう。君が扱っているこれらの商品は、一体どこで仕入れている?」


その問いは、俺の核心に触れるものだった。俺のビジネスの根幹は、異世界『地球』からの仕入れにある。それを他人に知られるわけにはいかない。


俺は慎重に言葉を選んで答えた。


「それは、企業秘密というやつでして。独自のルートがあるとだけ、お答えしておきましょう」


「ほう、独自のルートか」


バルトロはフッと笑うと、缶詰を元の場所に戻した。


「君の店については、ギルドでも噂になっている。突如現れ、これまでにない革新的な商品を次々と売り出し、莫大な利益を上げている、と。中には、君がどこかの大商会か、あるいは貴族のスパイではないかと勘ぐる者もいる」


「……買いかぶりですよ。俺はただのしがない商人です」


「しがない商人が、Sランクパーティ『暁の剣』を単身で退けるかね?」


バルトロの目が、鋭く俺を射抜く。


どうやら、あの日の出来事も彼の耳に入っているらしい。この男、ただ者ではない。


「……何が言いたいんですか?」


「警戒しなくとも良い。君の秘密を暴こうというわけではない。むしろ、私は君のその手腕を高く評価しているのだよ」


バルトロの口調が、少しだけ柔らかくなる。


「この街の商業は、長らく停滞していた。旧態依然とした大店が利権を独占し、新しい風が入ることを拒んできた。だが、君が現れた。君の店は、この市場に、いや、この街の経済に風穴を開けた。私はそれを歓迎している」


意外な言葉だった。商業ギルドのトップならば、俺のような秩序を乱す存在を快く思わないだろうと、そう考えていたからだ。


「アルス君。君に、一つ提案がある」


バルトロは本題に入った。


「君も、そろそろこの小さな露店では手狭になってきた頃だろう。ギルドが所有している空き店舗が、この市場の一等地にある。そこを、君に格安で貸し出そう。どうかな?」


願ってもない提案だった。


だが、うますぎる話には裏がある。


「……ギルドマスター直々に、ですか。何か、条件でも?」


俺が尋ねると、バルトロは満足そうに頷いた。


「話が早くて助かる。条件は二つだ。一つ、君の店を商業ギルドの『公認試験店舗』とさせてもらう。君が売り出す新しい商品を、ギルドが優先的に査定し、街の発展に繋がるかどうかを判断させてもらう」


「……なるほど。俺を、新しいビジネスモデルの実験台にする、と」


「そう捉えてもらっても構わん。もちろん、査定の結果次第では、ギルドが全面的にバックアップすることも約束しよう。販路の拡大、大量仕入れの際の資金援助、王都への進出……君の望む、あらゆる支援を惜しまない」


それは、俺一人では到底成し得ない、大きなスケールの話だった。


「……もう一つの条件は?」


「もう一つは、個人的な頼みだ」


バルトロは少し声を潜め、真剣な眼差しで俺を見た。


「Sランクパーティ『暁の剣』……奴らの横暴には、私も頭を悩ませていてね。冒険者ギルドの管轄である以上、我々商業ギルドは手が出せん。だが、奴らは最近、市場の商人たちに用心棒代と称して不当な金を要求するなど、目に余る行動が増えている」


やはり、アレクサンダーたちはそんなことをしていたのか。俺の店に現れたのも、その一環だったのだろう。


「君は、奴らを退けた。その『力』が何なのかは問わん。だが、君には奴らを抑止するだけの何かがある。君がこの市場に正式な店舗を構え、ギルドの後ろ盾を得ることで、奴らの横暴に対する強力な牽制となる。……これが、私の狙いだ」


バルトロの真意が、ようやく見えた。


彼は、俺の商才だけでなく、アレクサンダーたちに対抗できる謎の『力』にも目をつけたのだ。俺をギルドに取り込むことで、停滞した経済を活性化させると同時に、目の上のたんこぶである『暁の剣』を牽制するという、一石二鳥を狙っている。


腹黒い男だ。だが、その提案は、今の俺にとっては非常に魅力的だった。


俺の目的は、商人として成功し、俺を追放した彼らを見返すこと。そのためには、ギルドの後ろ盾は大きな力になる。利害は、完全に一致していた。


俺はバルトロの目を真っ直ぐに見返し、決断した。


「その話、乗りました」


「ほう、決断が早いな」


「ただし、俺は誰の言いなりにもなりません。俺は俺のやり方で、商売をさせてもらいます。それでもいいのなら」


俺の言葉に、バルトロは数秒間黙って俺を見つめた後、やがて愉快そうに口の端を吊り上げた。


「面白い。気に入った。よかろう、契約成立だ。アルス君、君の新しい門出を、商業ギルドが全力で祝福しよう」


こうして、俺は商業ギルドマスターという強力な味方を得た。


『異世界商店アルス』は、露店から正式な店舗へと、大きな飛躍を遂げることになる。


それは同時に、俺と『暁の剣』との対立が、もはや個人的なものではなく、街の権力構造をも巻き込んだ、より大きなステージへと移行することを意味していた。


俺の本当の戦いは、まだ始まったばかりなのかもしれない。

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