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第7話:ビジネスの拡大と忍び寄る影

翌日からの『異世界商店アルス』は、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。


カップラーメンの評判は口コミであっという間に広がり、開店前から店の前には長蛇の列ができるのが当たり前の光景となった。俺は仕入れの数を倍に増やし、お湯を沸かす鍋も大きなものに変えて、押し寄せる客を必死にさばいた。


「醤油一丁!」「お待ちどう!」「次は味噌の方!」「あいよ!」


市場に俺の威勢のいい声が響き渡る。


数日前まで裏路地で絶望していた自分が嘘のようだ。毎日、日の出と共に起き、市場へ向かい、日が暮れるまで働き、宿に戻って売り上げを数える。体は疲れているはずなのに、不思議と全く苦ではなかった。むしろ、充実感で満たされていた。


売り上げは日を追うごとに増えていき、一週間も経つ頃には、俺の手元には金貨が10枚以上も貯まっていた。これは、並の冒険者パーティが半年かけても稼げない大金だ。


資金に余裕ができた俺は、新たな商品の投入を決めた。


カップラーメンだけでは、いずれ客に飽きられる可能性がある。それに、食事時以外にも売れるものが欲しかった。


俺が次に目をつけたのは、『ペットボトル飲料』だった。


この世界で飲み物といえば、水か、エールのような酒、あるいは一部の貴族が飲む果実水くらいしかない。甘くて、冷たくて、様々な味がある清涼飲料水という概念そのものが、ここには存在しなかった。


俺はスキルを使い、『コーラ』『オレンジジュース』『緑茶』といった、地球ではごく一般的な飲み物を仕入れた。冷たいまま提供できるように、魔法のアイテムである『氷冷石』も市場で手に入れておく。


「さあさあ、新しい飲み物だよ! シュワっと弾ける黒い水、『こーら』はいかがかね!」


「こっちは甘くて美味しい『おれんじじゅーす』! お子様にも大人気!」


ラーメンを食べ終えた客に試飲させると、その反応は想像以上だった。


特に、炭酸飲料であるコーラを初めて飲んだ人々の驚きようは凄まじかった。


「な、なんだこの飲み物は!? 口の中で泡が弾けるぞ!」


「甘いのに、喉越しが爽やかだ! こんなの初めてだ!」


「この黒い水、クセになる……!」


ペットボトル飲料は一杯銅貨2枚で販売したが、飛ぶように売れていった。ラーメンとセットで買っていく客も多く、店の売り上げはさらに跳ね上がる。


ライター、カップラーメン、そしてペットボトル飲料。俺の店は、次々と革新的な商品を打ち出す『謎多き新進気鋭の店』として、市場の名物になりつつあった。


そんなある日の夕方。


店じまいを終え、いつものように宿へ帰ろうと市場を歩いていた時だった。


背後から、複数の足音と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「おい、そこのお前。ちょっと待て」


ぞくり、と背筋が凍る。


その横柄な声の主は、戦士ゴードンだった。


振り返ると、そこには案の定、『暁の剣』のメンバー全員が揃っていた。リーダーのアレクサンダーが腕を組み、俺を値踏みするように見下ろしている。リリアナとセラも、冷ややかな表情でこちらを見ていた。


(……ついに、見つかったか)


逃げることはできない。俺は観念して立ち止まり、彼らと向き合った。


「……何か用ですか」


できるだけ平静を装い、低い声で応じる。俺がフードを目深にかぶっていたため、彼らはまだ俺が誰なのか確信を持てていないようだった。


アレクサンダーが一歩前に出る。その顔には、傲慢な笑みが浮かんでいた。


「お前が、最近市場で変な食い物と道具を売って儲けているという商人か。なかなか面白い商才を持っているじゃないか」


「……お褒めにいただき、光栄です」


「褒めているんだ。だから、話がある」


アレクサンダーは、まるで決定事項を告げるかのように言った。


「我々『暁の剣』が、お前の後ろ盾になってやろう。お前が売っているその『らーめん』とやらと、火がつく道具の権利を我々に譲渡しろ。そうすれば、売り上げの1割を、お前に分けてやらんでもない」


俺は耳を疑った。


権利を譲渡し、売り上げの9割を彼らが奪い、俺にはたったの1割。それは、後ろ盾などという生易しいものではない。ただの、一方的な搾取の提案だ。


ゴードンが、威圧するように拳を鳴らす。


「おい、聞いてんのか? アレク様が、てめぇみてぇなチンケな商人に、直々に声をかけてやってるんだ。ありがたく受けろよ」


リリアナが、作り物めいた優しい声で言葉を継ぐ。


「あなた一人で商売を続けるのは、大変でしょう? 私たちがついていれば、面倒なゴロツキに絡まれることもなくなるわ。あなたのためを思って言っているのよ?」


彼らは、俺が誰だか気づいていない。ただの、運良く儲かっている新米商人をカモにしようとしているだけだ。


その事実が、俺の中で燻っていた怒りの炎に、油を注いだ。


こいつらは、何も変わっていない。


自分たちが強者であることを疑わず、弱者から奪うことを当然の権利だと思っている。かつて俺にしたように、今また別の誰かから、平然と搾取しようとしている。


許せない。


俺はゆっくりと、かぶっていたフードを外した。


「……お久しぶりです、皆さん」


俺の顔が露わになった瞬間、その場の空気が凍りついた。


アレクサンダーたちの顔が、驚愕に、そして次の瞬間には信じられないといった侮蔑の色に染まっていく。


「アルス!? なぜお前がここに……!?」


「いや、その汚い荷物持ちのはずが……まさか、お前があの店の……?」


ゴードンが目を剥き、リリアナは驚きのあまり口元を手で覆っている。セラだけは、僅かに眉をひそめたものの、表情を変えなかった。


アレクサンダーは、数秒間の混乱の後、すぐに状況を理解したのだろう。その顔に、怒りと屈辱が渦巻くのが見て取れた。


「……なるほどな。追放された腹いせに、どこかで汚い手でも使って、くだらん商売を始めたというわけか。見損なったぞ、アルス」


まだ、俺を見下している。


自分たちが切り捨てた『無能な荷物持ち』が、自分たちの知らないところで成功している。その事実が、彼のプライドを酷く傷つけたのだろう。


俺は彼らを真っ直ぐに見据え、はっきりと告げた。


「お断りします。俺の店は、俺のものです。あなたたちに指一本触れさせるつもりはありません」


「……何だと?」


アレクサンダーの眉が、ぴくりと動いた。


「俺はもう、あなたたちの知っている無能な荷物持ちじゃない。」


俺の毅然とした態度に、アレクサンダーの顔が怒りで赤く染まっていく。


「……貴様、少し稼いだくらいで、調子に乗っているようだな。誰のおかげで、お前が今日まで生きてこられたと思っている?」


「誰のおかげでもない。俺自身の力です」


一触即発の空気が、俺と彼らの間に流れる。


市場の喧騒が、嘘のように遠くに聞こえた。


この再会は、もはや避けられない運命だったのかもしれない。だが、俺はもう逃げない。自分の手で掴んだこの成功を、誰にも奪わせはしない。


商人アルスと、Sランクパーティ『暁の剣』。


二つの道が、最悪の形で再び交差してしまった。

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