第61話:決戦
俺の宣戦布告を合図に、人類史上、誰も経験したことのない、異次元の戦いが始まった。
「全軍、突撃! 臆するな! 我らの後ろには、家族と、未来がある!」
ギルベルトとアウグストゥスの号令一下、両国の騎士団が、雄叫びを上げて機械兵団へと突撃する。剣と槍が、硬質な金属の装甲とぶつかり合い、激しい火花を散らした。
「魔導飛行機部隊、行くぜ! 先生に教わった、『一撃離脱戦法』だ!」
カイエンが率いる『アルケミスト・ウィングス』は、空から、ゲリラ的な攻撃を仕掛ける。彼らの魔導飛行機は、もはや単なる移動手段ではない。リズが開発した小型の『錬金爆弾』を搭載し、敵陣の只中に正確に投下していく、恐るべき爆撃機へと進化していた。
「歌姫部隊、詠唱開始! 私たちの歌で、みんなに力を!」
アリア、セレン、シエラの三人は、城壁の上から、今度は『鼓舞の歌』を歌い始めた。その歌声は、魔力を介して味方の兵士たちの身体能力と士気を極限まで高め、傷ついた者を癒していく、強力な支援魔法となっていた。
そして、俺は。
その戦場の、司令塔となっていた。
俺の頭の中には、【収納】スキルを通じて、地球の、古今東西、ありとあらゆる『戦術』と『兵器』のデータが、流れ込んできていた。
孫子の兵法、ランチェスターの法則、電撃戦、そして、近代のゲリラコマンド戦術。
俺は、それらの知識を、この世界の魔法や、仲間たちの能力と、リアルタイムで組み合わせ、最適な『解』を、導き出していく。
「ミリア! 炊き出し部隊に、高カロリーのレーション(戦闘糧食)の支給を急がせろ! 兵士たちのスタミナが、勝敗を分ける!」
「はい、店長!」
「カイエン! 敵の大型兵器は、一点集中攻撃で、関節部を狙え! 装甲が厚いなら、その内側を破壊すればいい!」
「了解だ、先生!」
「ギルベルト団長! 重装歩兵は、無理に突撃させず、密集方陣を組んで、防御に徹してください! 敵を、我々のキルゾーンへと、誘い込むんです!」
「うむ! 商人殿の策、信じよう!」
俺の指示は、拡声の魔道具と、ファントムの幽体離脱能力による、高速伝令によって、戦場の隅々まで、瞬時に行き渡っていく。
戦況は、十対一という、絶望的な兵力差にもかかわらず、奇跡的に、拮抗していた。
いや、むしろ、俺たちが、じりじりと、優勢に立ち始めていた。
観測者たちは、個々の兵士の性能は高いが、その動きは、プログラムされた、極めて単調なものだった。
対して、俺たちの軍は、一人一人が、自分の意志で考え、仲間と連携し、そして、何よりも、『故郷を守りたい』という、強い想いを持っていた。
その、人間ならではの『柔軟性』と『想いの力』が、機械の軍隊の、予測能力を、上回っていたのだ。
「……アルス。空の、アレが、動き出すわ」
俺の隣で、戦況を見つめていたルナが、鋭い声で言った。
彼女が指さすのは、上空に浮かぶ、巨大な宇宙船。
地上の戦いが、自分たちの想定通りに進まないことに、業を煮やしたのだろう。
宇宙船の、中央部分が、ゆっくりと開き、そこから、巨大な、黒い砲門が、姿を現した。
その砲門の先に、莫大なエネルギーが、凝縮されていくのが、魔力を持たない俺にも、肌で感じられた。
あれは、まずい。
あれを、撃たれたら、この街ごと、跡形もなく、消し飛ばされる。
「……カイエン! シルフィ! 全魔力を、一点に集中させろ! アカデミーで開発した、対消滅防御結界を展開だ!」
「無茶言うな、先生! まだ、理論上の魔法だぞ!」
「やるしかない! 急げ!」
カイエンたちが、必死に、詠唱を始める。
だが、間に合わない。
宇宙船の主砲から、絶望的なまでの、光の奔流が、放たれた。
それは、全てを、無に帰す、裁きの光。
誰もが、死を、覚悟した。
その、瞬間だった。
俺たちの、頭上。
何もないはずの空間が、突如として、ぐにゃりと、歪んだ。
そして、その歪みの中から、一つの、巨大な『影』が、出現した。
それは、鋼鉄でできた、巨大な『盾』だった。
いや、違う。あれは、盾などではない。
俺の、【収納】スキルが、勝手に、暴走していた。
俺が、命令してもいないのに、俺の、心の奥底にある、『守りたい』という、強い想いに、スキルが、勝手に、反応したのだ。
そして、取り寄せたのは、地球の、あるいは、それ以外の、どこかの世界の、ありとあらゆる『防御』の概念そのもの。
それは、宇宙戦艦の、主装甲であり、古代遺跡の、魔法障壁であり、そして、かつてゴブリンから俺を守ってくれた、アレクサンダーの、あの時の、盾の記憶ですらあった。
それら全てが、融合し、具現化した、究極の、『概念防御障壁』。
裁きの光が、その、黒い盾に、直撃する。
世界が、音を、失った。
凄まじい衝撃波が、全てを、薙ぎ払う。
だが、俺たちの街は、無傷だった。
その、ありえない防御障壁が、宇宙船の主砲の、全エネルギーを、完全に、相殺し、消滅させていたのだ。
「……うそ……」
誰かが、呆然と、呟いた。
そして、光が収まった後、空を見上げた俺たちは、さらに、信じられないものを、目にすることになる。
俺たちの、頭上に、あったはずの、あの巨大な宇宙船が。
その、中央部分に、巨大な、風穴が、空いていた。
俺の、概念防御障割は、ただ、防いだだけではなかった。
受けたエネルギーを、そのまま、寸分の狂いもなく、『反射』していたのだ。
観測者たちは、自らが放った、最強の矛によって、自らの、最強の盾を、貫かれたのだ。
空に浮かぶ、巨大な宇宙船が、きりきりと、悲鳴のような、軋む音を立て始める。
そして、ゆっくりと、その巨体を、地上へと、傾けていった。
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