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第57話:新しい国の形

俺の足元で、第一王子アウグストゥスは、敗北を認められずに、ただ荒い息をついていた。


城壁の上からは、アリーシャ王女や、仲間たちが、固唾を飲んで、俺たちの様子を見守っている。


戦場には、奇妙な静寂が訪れていた。


「……交渉、だと……?」


アウグストゥスが、絞り出すような声で、呟いた。


「……この期に及んで、俺に、何をしろと……。殺せばいいだろう。勝者の権利だ」


「あんたを殺しても、一文の得にもならない。俺は商人だ。無駄なことは、しない主義でな」


俺は、彼の喉元に突きつけていた魔剣を、ゆっくりと下ろした。


そして、彼に、手を差し伸べた。


「立てよ、王子様。あんたは、まだ、死ぬべきじゃない。あんたには、あんたにしかできない、『仕事』が残っている」


俺の、その予想外の行動に、アウグストゥスは、困惑の表情を浮かべた。


俺は、彼がその手を取るのを待たずに、話を続けた。


「俺が、あんたに提示する、交渉の条件は、三つだ」


俺は、人差し指を一本、立てる。


「一つ。あんたは、今回の内乱の全ての責任を負い、第一王子としての、王位継承権を、完全に放棄すること」


「……!」


「二つ。あんたは、アカデミーで行っていた、非人道的な実験の全てを、白日の下に晒し、その罪を、法の下で、償うこと。もちろん、グランフェル教授や、あんたに与した貴族たちも、同様だ」


「……それが、俺の『仕事』だと……? それは、ただの、敗者の処罰ではないか……!」


アウグストゥスが、声を荒げる。


「まだ、話は終わっていない」


俺は、三本目の指を立てた。


「そして、三つ目。あんたには、これから、新しく設立される、ある『組織』の、初代長官に、就任してもらう」


「……組織……?」


「ああ。『国防科学技術開発局』だ」


俺の口から出た、この世界の誰もが、聞いたこともない単語。


アウグストゥスは、完全に、思考が追いついていないようだった。


俺は、俺が描く、未来のビジョンを、彼に語って聞かせた。


「あんたが、求めていたものは、何だ? それは、この国を、誰にも脅かされない、強大な国家にすることだったはずだ。その理想は、間違ってはいない。だが、やり方が、古すぎたんだよ」


俺は、城壁の上に立つ、カイエンたち『アルケミスト・ウィングス』を、指さした。


「これからの時代の『力』とは、一人の英雄や、一本の魔剣が生み出すものじゃない。それは、『知識』と、『技術』だ。俺が持つ、異世界の『科学』と、この世界の『魔法』。その二つを融合させれば、この国は、他国が、百年かかっても追いつけないほどの、圧倒的な技術大国になることができる」


「……」


「あんたには、その、先頭に立ってもらう。あんたの、その野心と、行動力は、国を滅ぼすためではなく、国を、未来へと進めるためにこそ、使われるべきなんだ。あんたは、罪を償い、そして、新しい国の、新しい『力』を、その手で、作り上げろ。それが、あんたの、本当の『仕事』だ」


俺の、あまりにも壮大で、そして、常識外れの提案。


アウグストゥスは、ただ、呆然と、俺の顔を見つめていた。


彼の、爬虫類のような冷たい瞳に、ほんのわずかだが、かつて彼が持っていたはずの、国を憂う『理想』の光が、再び灯ったように、俺には見えた。


「……できるのか……? 俺のような、敗者に……。国を裏切った、罪人に……」


「できるさ。あんたを、俺がプロデュースしてやるんだからな」


俺は、ニヤリと笑った。


「ただし、その組織の最高顧問には、俺の生徒である、カイエン・マグナを、据えさせてもらう。あんたが、二度と、道を間違えないように、見張らせるためにな」


城壁の上で、話が聞こえていたのだろう。カイエンが、「マジかよ、先生!」と、頭を抱えているのが見えた。


やがて、アウグストゥスは、天を仰ぎ、長く、深く、息を吐いた。


そして、彼は、初めて、俺が差し伸べた手を、自らの手で、力なく、しかし、確かに、握り返した。


「……分かった……。商人、アルス。……お前の、勝ちだ」


その瞬間、城壁の上から、割れんばかりの、歓声が上がった。


長かった、内乱は、こうして、一滴の血も流れることなく、終結したのだ。


数週間後。


王都では、新しい体制が、着々と、築かれていた。


アウグストゥスは、約束通り、全ての罪を告白し、王位継承権を放棄。名目上の幽閉という形で、罪を償いながら、『国防科学技術開発局』の設立準備に、没頭している。彼の目は、地下牢で見た、アレクサンダーのような、虚無の色ではなく、新たな目標を見つけた者の、力強い光を取り戻していた。


そして、空位となった、第一王位継承者の座。


そこに、就くことになったのは―――。


国民からの、圧倒的な支持を得た、第三王女、アリーシャ・フォン・エルドラドだった。


彼女は、まだ若いが、その聡明さと、民を想う心は、誰よりも強い。


彼女が、女王として、この国を治める未来は、きっと、明るいものになるだろう。


俺は、と言えば。


そんな、国の大きな変化を、少し離れた場所から、眺めていた。


俺は、アリーシャから、貴族の爵位や、大臣の椅子など、望むだけのものをやると言われたが、その全てを、固辞した。


俺は、商人だ。


俺の居場所は、豪華な城の中や、権力闘争の場ではない。


あの、活気と、焼きたてのパンの匂いに満ちた、俺の店だ。


全ての戦いを終え、俺は、仲間たちと共に、俺たちの街へと、帰ることにした。


王都の門まで、見送りに来てくれたのは、新しい国の、未来を担う、二人だった。


「……本当に、行ってしまうのね、アルス」


少し寂しそうな、アリーシャ。


「……世話になったな、商人」


少し照れくさそうな、アウグストゥス。


俺は、そんな彼らに、笑顔で、手を振った。


「ああ。また、いつでも、顔を出すさ。……最高の『商品』を、届けにな」

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