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第55話:異世界の兵器と天才の悪戯

空から降り注ぐ、無数の粘土の壺。


第一王子アウグストゥスが率いる正規軍の兵士たちは、最初、それが何なのか理解できなかった。


だが、壺が地面や鎧に叩きつけられ、中身をぶちまけた瞬間、彼らは自らが置かれた状況の異常さに気づき、恐慌状態に陥った。


「な、なんだ、これは!?」


「ね、粘るぞ! 身体が、地面に張り付いて、動けん!」


「うわああ! 助けてくれ!」


リズが開発した、錬金術のネバネバ液は、想像以上の効果を発揮した。


それは、一度付着すると、魔法を使っても、簡単には剥がれない、特殊な粘着物質だった。


最前線にいた重装歩兵部隊は、面白いように身動きを封じられ、ただの的と化していく。


「……ふん。面白いことを考えるわね、あの先生は」


城壁の上、俺の隣に陣取ったカイエンが、眼下の惨状を見下ろしながら、不敵に笑う。


「だが、これだけじゃ、連中を止めるには足りないぜ。本隊は、まだ無傷だ」


カイエンの言う通り、後方にいた弓兵部隊や、魔法使い部隊が、体勢を立て直し、こちらへの反撃を開始しようとしていた。


無数の矢が、雨のように、城壁に向かって放たれる。


「―――シルフィ!」


カイエンが叫ぶ。


「……ええ!」


城壁の中央で、瞑想していたシルフィが、静かに目を開いた。


彼女の手から、淡い緑色の光が放たれ、街全体を覆う、半透明のドーム状の結界が、その輝きを増す。


古代エルフの秘術、『風のささやき(ウィスパーウィンド)』。


それは、物理的な攻撃の軌道を、風の力でわずかに逸らすという、防御魔法だった。

降り注ぐ矢の雨は、結界に触れた瞬間、まるで意思を持ったかのように、その軌道を変え、城壁を傷つけることなく、あらぬ方向へと逸れていく。


「なっ……! 矢が、当たらないだと!?」


敵の弓兵たちが、信じられないといった表情で目を見開く。


「よし! 今だ、ガルム!」


「応っ!」


カイエンの次の号令に、城門の上で待機していた獣人のガルムが、雄叫びを上げた。

彼の両腕には、リズが作った、巨大な鉄の篭手が装着されている。


彼は、その巨大な腕で、あらかじめ用意しておいた、丸太ほどの大きさもある、巨大な『鉄の矢』を掴むと、まるで槍を投げるかのように、敵陣に向かって、力任せに投げつけた。


常人では、持ち上げることすら不可能な鉄の塊が、唸りを上げて空を飛び、敵の魔法使い部隊の、ど真ん中に着弾する。


凄まじい衝撃音と共に、数名の魔術師が、もろともに吹き飛ばされた。


もはや、投擲というより、砲撃に近い。


「はっはっは! どうだ、見たか!」


ガルムが、満足げに胸を叩く。


「……いい気にならないで、筋肉ゴリラ。あんたは、ただの『発射台』よ」


「なんだと、リズ!」


相変わらず、口の悪い二人だ。だが、その連携は、見事なものだった。


俺と、5人の天才たちの、奇想天外な戦術。


それは、正規軍のセオリーを、完全に無視した、予測不能なものだった。


アウグストゥスの軍は、数で圧倒的に勝っていながら、じりじりと、その戦線を後退させていく。


「……くっ……! 寄せ集めの反乱軍のくせに、何なのだ、この者たちは……!」


後方で指揮を執るアウグストゥスが、苛立ちに歯噛みしているのが、遠目にも分かった。


彼は、ついに、最後の切り札を切ることにしたようだ。


「―――魔導兵団、前へ! あの忌々しい城壁ごと、全てを焼き払ってしまえ!」


彼の号令と共に、軍の後方から、ローブを身にまとった、十数名の魔術師たちが、前に出てきた。


その一人一人が、宮廷魔術師団クラスの、エリート中のエリート。


彼らが、アウグストゥスの、本当の切り札だった。


魔導兵団は、一斉に、杖を構える。


その杖の先に、それぞれ、巨大な火球が、練り上げられていく。


先ほどの弓矢の雨とは、比較にならない。あれだけの数の、上級攻撃魔法が同時に放たれれば、いくらシルフィの結界でも、防ぎきることはできないだろう。


「……まずいな」


カイエンの顔に、初めて、緊張の色が浮かぶ。


「あれを、どう止める……?」


味方の義勇兵たちも、その圧倒的な魔力の奔流を前に、恐怖に顔を引きつらせている。


街の誰もが、絶望に包まれかけた、その時だった。


「―――アルス先生! アレ、使っちゃって、いいんだよな?」


天井の、いや、城壁の、梁の上から、ファントムの、飄々とした声が聞こえてきた。

彼は、いつの間にか、俺が用意しておいた、もう一つの『秘密兵器』の隣に、立っていた。


俺は、ニヤリと笑うと、彼に、親指を立ててみせた。


「ああ! 存分に、ぶちかましてやれ!」


「へいへい、お任せあれっと!」


ファントムは、そう言うと、その秘密兵器の、スイッチを入れた。


それは、俺がトレビュシェットと並行して作らせておいた、巨大な『鉄の筒』だった。


地球の歴史でいうところの、原始的な『大砲』だ。


もちろん、火薬などという、危険なものは使わない。


その動力源は、カイエンの炎魔法でも、リズの錬金術でもない。


もっと、クリーンで、そして、この世界の誰もが、予想だにしないものだった。

大砲の後部に接続された、巨大な皮袋。


その中には、アリア、セレン、シエラの三人が、待機していた。


彼女たちは、俺の合図と共に、息を吸い込むと、その美しい喉から、力強い『歌声』を、皮袋の中へと、吹き込んでいく。


彼女たちの歌声が生み出す、魔力の『振動』。


それを、リズが開発した、特殊な増幅装置で、指向性のある『衝撃波』へと変換する。


そして、その衝撃波で、砲弾代わりの、ネバネバ液が詰まった壺を、撃ち出すのだ。

名付けて、『歌声砲(ソング・キャノン)』。


「―――歌姫たちの、魂の叫びを、聴きやがれ!」


ファントムの叫びと共に、歌声キャノンが、火を噴いた。


いや、音を、噴いた。


目には見えない、凄まじい衝撃波が、砲弾を、音速に近い速度で、射出する。


砲弾は、魔導兵団が、魔法を放つ、まさにその寸前に、彼らの頭上で、炸裂した。


空から、再び、悪夢のネバネバ液が、降り注ぐ。


「なっ……! うわあああ!」


エリート魔術師たちは、詠唱の途中で、その粘着物まみれになり、杖を取り落とし、次々と、その場に張り付いてしまった。


練り上げていた巨大な火球は、コントロールを失い、あらぬ方向へと飛んでいき、味方の軍勢の中で、大爆発を起こした。


もはや、戦場は、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


俺たちの、常識外れの兵器と、天才たちの、悪戯のような連携。


それは、アウグストゥスの、プライドと、彼の軍隊を、内側から、完全に、崩壊させていた。

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