第54話:籠城戦、開始
俺たちの決起は、燎原の火のように、瞬く間に街中に広がった。
商業ギルドのバルトロは、セシリアと連携し、ギルドの私兵と資金を、全面的に我々反乱軍――いや、『王国解放軍』と名付けよう――に提供することを約束してくれた。
市場の商人たちは、自分たちの商品を、兵糧として惜しみなく提供してくれる。
冒険者ギルドもまた、第一王子の圧政に反旗を翻し、腕利きの冒険者たちが、義勇兵として、俺たちの元に集まってきてくれた。
「アルス店長! 俺たち、『疾風の槍』も、馳せ参じたぜ!」
かつて、闘技場で『暁の剣』を打ち破った、Aランクパーティのリーダーが、力強く俺の肩を叩く。
街は、今や、一つの巨大な要塞と化していた。
俺は、即席の軍議を開き、これからの防衛計画を立てた。
総司令官は、実戦経験豊富な、冒険者ギルドのマスターが務める。
兵站と物資管理は、商業ギルドのバルトロ。
そして、俺は、俺にしかできない役割を担うことにした。
それは、【収納】スキルを駆使した、特殊兵器の開発と、防衛設備の設営だ。
「……これが、俺たちの秘密兵器だ」
俺は、集まった職人や冒険者たちの前で、一枚の設計図を広げた。
それは、地球の中世ヨーロッパで使われていたという、巨大な投石機『トレビュシェット』の設計図だった。
「こいつを使えば、魔法使いがいなくても、城壁の外まで、巨大な岩を、正確に飛ばすことができる。しかも、飛ばすのは、岩だけじゃない」
俺は、ニヤリと笑うと、試作品の一つを、彼らに見せた。
それは、粘土で作られた、大きな壺だった。
「この中には、リズが開発した、超強力な『ネバネバ液』が詰まっている。これを敵の軍勢に浴びせれば、連中は身動きが取れなくなるはずだ」
俺の、奇想天外なアイデアに、職人たちは目を輝かせ、冒険者たちは歓声を上げた。
俺たちは、街の城壁の上に、急ピッチで、この異世界の投石機を、何台も設置していった。
さらに、城門の前には、ガルムが掘った、深い空堀を作り、そこには、リズの錬金術が生み出した、可燃性の油を流し込む。
シルフィの古代魔法の知識を借りて、街全体を覆う、敵の魔法攻撃を減衰させる、簡易的な『防御結界』も張った。
ミリアとセイレーン三姉妹は、炊き出し部隊として、兵士たちの食事を作り、そして、その歌声で、戦いに向かう人々の心を、癒し、鼓舞してくれた。
街の誰もが、それぞれの持ち場で、自分の役割を果たしている。
俺たちは、一つの、巨大な家族になっていた。
そして、俺たちが決起してから、三日後の朝。
ついに、その時は来た。
地平線の向こうから、黒い軍勢が、地響きを立てながら、こちらへと迫ってくる。
第一王子アウグストゥスが率いる、王都の正規軍。その数、およそ五千。
対する俺たちは、寄せ集めの義勇兵、わずか五百。
戦力差は、十対一。絶望的な状況だった。
城壁の上に立ち、俺は、迫り来る軍勢を、冷静に見据えていた。
隣には、アリーシャ王女が、凛とした表情で立っている。彼女は、もはや怯えていなかった。
「アルス。わたくしたちの街を、守り抜きましょう」
「ええ。必ず」
軍勢が、射程圏内に入った。
先頭に立つのは、禍々しい黒い鎧に身を包んだ、アウグストゥス本人だった。
彼は、拡声の魔道具を使い、街中に、その冷たい声を響かせる。
「―――愚かなる反逆者どもに告ぐ! 今すぐ城門を開け、首謀者である我が妹アリーシャと、商人アルスを差し出せ! さすれば、他の者たちの命だけは、助けてやらんでもない!」
その、傲慢な降伏勧告に、俺たちの仲間たちは、誰一人として、動揺しなかった。
むしろ、怒りの声が、あちこちから上がる。
俺は、アウグストゥスに応えるように、こちらも、拡声の魔道具を手に取った。
そして、街中に、いや、敵の軍勢の、全てに聞こえるように、宣言した。
「―――第一王子アウグストゥス! あんたに告ぐ! あんたこそ、王家と国民を裏切った、真の反逆者だ! 我々は、正統なる王位継承者、アリーシャ姫殿下の下、あんたの暴政を正すために、ここに集った!」
そして、俺は、懐から、あの『ICレコダー』を取り出した。
スイッチを入れる。
スピーカーを、拡声の魔道具に、最大限、近づける。
『―――我がエルドラド王国が、大陸の覇権を握るためには、量産可能な『英雄』は、不可欠な戦力となる。この計画、必ず成功させるのだ』
アウグストゥスと、グランフェル教授の、あの秘密の会話。
その音声が、増幅され、戦場全体に、クリアに響き渡った。
味方だけでなく、敵である、王都の兵士たちの耳にも、それは、確かに、届いていた。
王都の兵士たちの間に、どよめきが走る。
自分たちが、何のために戦わされているのか。その、不都合な真実を、彼らは、今、知ってしまったのだ。
「なっ……! き、貴様……! その音を止めろ!」
アウグストゥスが、狼狽し、叫ぶ。
だが、もう遅い。
俺は、レコーダーを止めると、再び、マイクを握った。
「聞いたか、王都の兵士たち! あんたたちが忠誠を誓うべきは、国民を実験台としか思っていない、こんな男か!? 今ならまだ、間に合う! 武器を捨て、我々に続け! 共に、この腐った国を、正そうではないか!」
俺の、魂からの演説。
それは、敵兵たちの心を、確実に、揺さぶっていた。
軍勢の動きが、明らかに、鈍っている。
アウグストゥスは、顔を真っ赤にさせ、怒りに打ち震えながら、剣を抜き放った。
「……う、うろたえるな! 全軍、突撃! 反逆者どもを、一人残らず、根絶やしにせよ!」
彼の、狂気の号令一下、ついに、敵軍が動き出す。
地響きが、近づいてくる。
俺は、深く、息を吸い込んだ。
そして、城壁の上に立つ、仲間たちに向かって、叫んだ。
「―――皆の者、準備はいいか!」
「「「おおおおおおおっ!!」」」
仲間たちの、雄叫びが、空気を震わせる。
俺は、右手を、高く、天に掲げた。
そして、振り下ろす。
「―――攻撃、開始!」
その合図と共に、城壁の上に設置された、何十台ものトレビュシェットが、一斉に、唸りを上げた。
空を、黒く埋め尽くす、無数の、粘土の壺。
それは、絶望へと向かう敵軍の頭上へと、正確に、降り注いでいった。
商人アルスが仕掛ける、前代未聞の、籠城戦。
その、火蓋が、今、切って落とされた。
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