第53話:五人の天才と一人の暗殺者
アルスが転移の光と共に消えた後、地下通路には、カイエンとルナが、互いに得物を構えたまま、睨み合っていた。
だが、彼らの間にあった、張り詰めた空気は、もはや霧散していた。
「……行ったか」
カイエンが、炎の剣を収めながら、小さく呟いた。
「ええ。あなたのおかげでね」
ルナもまた、小太刀を鞘に納める。
彼らは、最初から、戦うつもりなどなかった。
カイエンがアルスの前に立ちはだかったのは、第一王子アウグストゥスに「アルスを捕らえた」と偽りの報告をするための、芝居だったのだ。
「……それにしても、驚いたわ。あなたが、アルス側につくなんてね。てっきり、権力に尻尾を振るタイプだと思っていたけれど」
ルナが、皮肉っぽく言う。
カイエンは、気まずそうに、頭を掻いた。
「……うるせえ。俺は、ただ、あのアルスって変人に、借りがあるだけだ。あいつには、空を飛ぶっていう、ガキの頃からの夢を、見させてもらったからな。その借りを、返すだけだ」
その時、通路の奥から、騒がしい足音が近づいてきた。
リズ、ガルム、シルフィ、そしてファントムが、息を切らしながら駆けつけてきたのだ。
「カイエン! 大丈夫!?」
「……お前ら、なぜここに?」
「当たり前でしょ! あんたが、一人でアウグストゥス王子に呼び出されたって聞いて、嫌な予感がしたから、後をつけてきたのよ!」
リズが、頬を膨らませて言う。
彼らは、カイエンが裏切ったとは、微塵も思っていなかった。
仲間を、信じていたのだ。
その事実に、カイエンは、照れくさそうに、しかし嬉しそうに、口の端を吊り上げた。
だが、感傷に浸っている暇はなかった。
通路の向こう側から、今度は、本物の追っ手――アカデミーの警備魔術師部隊が、殺到してきていた。
「侵入者だ! 取り押さえろ!」
「カイエン様も、ご無事でしたか! そこの女が、首謀者ですな!」
警備兵たちは、カイエンが味方だと信じ込み、ルナ一人に攻撃を集中させようとする。
絶体絶命の状況。
だが、カイエンは、不敵に笑うと、仲間たちの前に立った。
そして、彼は、あろうことか、味方であるはずの警備兵たちに向かって、炎の剣を向けたのだ。
「―――悪いが、通すわけにはいかねえな。こいつらは……いや、俺たちは、アルス先生の、生徒なんでね!」
その言葉を合図に、5人の天才たちが、一斉に動き出す。
「面白くなってきたじゃない!」
「先生に、うまい飯、おごってもらわねえとな!」
『アルケミスト・ウィングス』と、アカデミー警備隊との、壮絶な脱出劇が始まった。
彼らは、自分たちが開発したばかりの、奇想天外な魔導具を惜しみなく使い、警備兵たちを次々と無力化していく。
そして、その乱戦の最中、彼らを導いたのは、暗殺者ルナの、冷静な判断力だった。
「……こっちよ! この先に、古い下水道があるわ! そこからなら、アカデミーの外に脱出できる!」
彼女は、この短時間で、アカデミーの、全ての脱出経路を、完璧に把握していたのだ。
彼らは、ルナの先導に従い、下水道を駆け抜け、ついにアカデミーの外への脱出に成功する。
そして、彼らは、夜の王都を、一路、アルスが向かったであろう街へと、ひた走った。
アルスが王城でアウグストゥスと対峙し、馬で脱出する、その時間差を埋めるために。
彼らが、アルスの故郷の街にたどり着いたのは、ちょうど、王都の正規軍が、街に到着する、半日前のことだった。
彼らの合流は、絶望的な状況にあった、アルスたち反乱軍にとって、何よりも心強い、希望の光となった。
カイエンの強力な攻撃魔法、リズの錬金術による兵器開発、ガルムの圧倒的な突破力、シルフィの防御結界、そしてファントムの諜報能力。
五人の天才の加入は、寄せ集めの義勇兵たちを、正規軍と渡り合えるだけの、強力な精鋭部隊へと、変貌させたのだ。
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