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第51話:王城の攻防

眩い光が収まった時、俺は、見慣れない、しかし豪奢な部屋の中に立っていた。


天蓋付きのベッド、美しい刺繍が施された絨毯、壁には可愛らしい動物の絵画。


間違いなく、アリーシャ王女の私室だ。転移は、成功した。


「―――アルス!」


部屋の奥のバルコニーで、空を眺めていたアリーシャ王女が、俺の姿を認めて駆け寄ってきた。その表情には、安堵と、そして強い緊張の色が浮かんでいる。


「……よく、戻ってきたわね。ルナは?」


「……アカデミーで、足止めを食らっている。カイエン・マグナ……第一王子の手の者に行く手を阻まれた」


俺の言葉に、彼女は悔しそうに唇を噛んだ。


「……そう。兄上も、とうとう本気で、私たちを潰しに来たようね」


俺は、懐から取り出したICレコーダーを、彼女に手渡した。


「これが、証拠だ。第一王子と、グランフェル教授の、会話の録音。彼らが、学生たちを実験台に、『勇者』を人工的に作り出そうとしている、動かぬ証拠だ」


アリーシャ王女は、ICレコーダーの再生方法を教えると、神妙な面持ちで、その音声に耳を傾けた。


そして、全ての録音を聞き終えた時、彼女の顔からは、血の気が引いていた。


「……ひどい……。これが、我が国の、王位を継ぐべき人間の、やることだというの……?」


その声は、怒りと、そして、肉親への深い失望に、震えていた。


俺は、彼女に決断を促した。


「王女様、長居は無用です。この証拠を、我々の手で白日の下に晒すのです。ですが、この城は、もはや敵の庭です」


「……ええ、分かっているわ」


彼女が覚悟を決めた、その時だった。


遠くで、甲高い警鐘の音が、鳴り響き始めた。一つではない、いくつもの鐘が、城全体を揺るがすように、狂ったように鳴り響いている。


アカデミーで、ルナの足止めが破られたか、あるいは、俺の転移が、何らかの魔法的な探知装置に引っかかったのだ。


「……来たわね」


アリーシャ王女の顔から、血の気が引く。


廊下の向こうから、複数の、重い足音が、急速にこちらへ近づいてくるのが聞こえる。


「アルス、もう一度、転移の魔石は使えないの!?」


「ダメです! 一度使うと、魔力が再充填されるまで、丸一日は使えない!」


これは、アリーシャ王女から、事前に説明を受けていた仕様だった。


万事休すか。


俺が、扉に向かって身構えた、その時。


アリーシャ王女は、俺の手を強く握ると、部屋の奥にある、巨大なタペストリーの裏へと、俺を導いた。


「……こっちよ! この部屋には、わたくししか知らない、秘密の通路があるの!」


彼女が壁の一部に触れると、音もなく、壁が回転し、狭い通路が現れた。


王族ならではの、脱出経路。


俺たちは、通路の中へと滑り込み、壁が閉じる寸前、部屋になだれ込んでくる近衛騎士たちの姿を、垣間見た。


「姫様をお探ししろ! ネズミは、袋の中だ!」


第一王子アウグストゥスの、怒声が響き渡る。


ここへの到着が早い。きっとアカデミーとこの王城も転移魔法で繋がれているのだろう。


俺たちは、暗く、埃っぽい通路を、ひたすらに走り続けた。


「この通路は、城の、厩舎の裏手へと繋がっているわ。そこから馬を奪って、城を脱出するのよ!」


息を切らしながら、王女が説明する。


そして、俺たちが通路の出口にたどり着き、厩舎の裏の暗闇に飛び出した、その瞬間だった。


俺たちの目の前に、複数の人影が、立ちはだかった。


それは、アウグストゥス配下の、近衛騎士たちだった。


「……!」


「……さすがは、兄上ね。わたくしの、この通路の存在まで、読んでいたというわけ……」


アリーシャ王女が、絶望に顔を歪める。


俺たちの脱出経路は、完全に塞がれていた。


騎士たちが、じりじりと、俺たちを取り囲んでくる。


俺は、最後の抵抗として、【収納】からスタンガンを取り出そうとした。


だが、それよりも早く、事態は、予想外の方向へと動いた。


俺たちを取り囲んでいた騎士たちが、突如として、背後から、何者かの攻撃を受けたのだ。


炎の鞭がしなり、氷の矢が飛び、巨大な岩の拳が、騎士たちを次々と薙ぎ払っていく。


「な、何奴!?」


混乱する騎士たちの向こう側から、現れたのは。


「―――先生! お待たせしました!」


カイエン、リズ、ガルム、シルフィ、そしてファントム。


『アルケミスト・ウィングス』の、メンバー全員だった。


彼らの手には、それぞれが改良を重ねた、最新の魔導具が握られている。


「……お前たち……! なぜ……?」


俺は、呆然と呟いた。


カイエンは、炎を揺らめかせながら、悪戯っぽく笑ってみせた。


「アウグストゥス殿下に、あんたの監視を命じられたのは、本当だ。だがな、俺たちが、誰の『生徒』なのか、忘れてもらっちゃ困るぜ、先生」


彼らは、アウグストゥスの命令に従うフリをしながら、俺とルナの動向を追い、この最悪のタイミングで、救援に駆けつけてくれたのだ。


アカデミーでルナが稼いでくれた時間が、彼らがここまで来るための、猶予を生んでくれた。


「さあ、行くぜ、お前ら! 俺たちの、本当の『卒業試験』だ!」


カイエンの号令一下、5人の天才たちが、近衛騎士団を相手に、暴れまわる。


彼らが、授業で作り上げた、奇想天外な魔導具や、連携魔法は、王道の訓練しか受けていない騎士たちを、面白いように翻弄していく。


俺は、その援護を受けながら、アリーシャ王女の手を引いた。


「王女様、今です!」


「……え、ええ!」


俺たちは、混乱の隙を突き、厩舎から、二頭の駿馬を奪い取った。


そして、馬に跨り、夜の王都へと、駆け出したのだ。


背後からは、カイエンたちの、威勢のいい声が聞こえてくる。


「先生! 先に行って、美味い『ピザ』でも焼いて、待ってな!」


(……最高の、生徒たちだ)


胸が、熱くなる。


俺は、彼らに、命を救われた。


この借りは、必ず返す。


俺は、アリーシャ王女と共に、夜闇の中を、ひた走った。


目指すは、ただ一つ。


俺の、そして、俺たちの、帰るべき場所。


反撃の狼煙を上げる、拠点。


『異世界商店アルス』へと。

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