第46話:初飛行
あの一枚のピザから始まった設計会議を境に、5人の天才たちは、まるで生まれ変わったかのように、一つのチームとして機能し始めた。
俺が教えた『ブレインストーミング』の手法は、彼らの創造性を爆発させ、設計図は、日を追うごとに、驚くべき速度で洗練されていった。
カイエンの魔導エンジンは、シルフィが提案した風の精霊魔法を取り込むことで、推進力と安定性を両立した、ハイブリッドな動力源へと進化した。
リズの錬金術は、機体の軽量化と強度確保に大きく貢献し、ガルムの腕力は、特殊合金の加工や、巨大な部品の組み立てにおいて、誰にも真似できない役割を果たした。
そして、ファントムの神出鬼没な能力は、高所の作業や、複雑な内部構造の配線チェックといった、トリッキーな場面で、予想以上の活躍を見せた。
俺は、もはや何も口出しする必要はなかった。
ただ、彼らの求めに応じて、地球の『工学』の基礎知識――例えば、重心の計算方法や、応力分散のためのトラス構造といった――を、ヒントとして与えるだけだ。
そして、課題提出期限である、七日目の朝。
アカデミーの広大な中庭に、ついに、その機体は姿を現した。
「……これが……俺たちが作った……」
カイエンが、感無量といった様子で、完成した機体を見上げている。
それは、俺が最初に見せたオーニソプターの設計図とは、似ても似つかない、独創的なフォルムをしていた。
鳥の翼のような、しなやかな主翼。
機体の後部には、カイエンが設計した、小型ながらも強力な魔導エンジンが搭載されている。
そして、機体の底面には、シルフィが古代エルフ文字で描いた、複雑な魔法陣が、淡い光を放っていた。
それは、魔法と科学、そして錬金術が、完璧なバランスで融合した、まさに『魔導飛行機』と呼ぶにふさわしい、美しい機体だった。
「……すごい……! 本当に、できちゃった……!」
リズが、目を潤ませている。
他のメンバーも、疲労困憊の表情の中にも、達成感に満ちた、晴れやかな笑みを浮かべていた。
やがて、この歴史的な瞬間を見届けようと、グランフェル教授をはじめとする、アカデミーの教師や、多くの学生たちが、中庭に集まってきた。
その中には、なぜか、アリーシャ王女と、セシリア会頭の姿まであった。
「アルス! 面白いことをしていると聞いたから、見に来てあげたわよ!」
「ふふ、アルス君の『授業』の成果、お手並み拝見といきましょうか」
とんでもない、VIPまで来てしまった。
カイエンたちは、王女の登場に一瞬緊張したが、もはや、彼らの集中を乱すものは何もなかった。
「……パイロットは、俺がやる」
カイエンが、決意を秘めた目で、仲間たちを見渡した。
「異論は、ないな?」
誰も、反対しなかった。このプロジェクトのリーダーは、間違いなく彼だったからだ。
カイエンが、機体の操縦席に乗り込む。
ガルムが作った、特製のスライムゴムを使った巨大パチンコに、機体がセットされる。
中庭に、緊張した沈黙が流れる。
俺は、カイエンに向かって、一つだけ、声をかけた。
「―――カイエン! 楽しんでこいよ!」
俺のその言葉に、カイエンは、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに、最高の笑顔で、親指を立ててみせた。
「……ああ! 行ってくるぜ、先生!」
ガルムの合図で、ゴムが解き放たれる。
機体は、凄まじい勢いで射出され、滑走路を疾走し、そして―――。
ふわり、と。
その機体は、確かに、大地を離れた。
「「「おおおおおおおっ!!」」」
観衆から、割れんばかりの歓声が上がる。
機体は、最初は少し不安定だったものの、すぐにカイエンが巧みな操縦で体勢を立て直し、ぐんぐんと高度を上げていく。
後部の魔導エンジンが、青白い光を放ち、機体は、美しい軌跡を描きながら、アカデミーの上空を旋回し始めた。
「……飛んだ……!」
「本当に、空を、飛んでやがる……!」
リズとガルムが、肩を抱き合って、涙ながらに叫んでいる。
シルフィも、ファントムも、空を見上げ、その目に、深い感動の色を浮かべていた。
俺は、そんな彼らの姿を、ただ、静かに、そして誇らしい気持ちで見守っていた。
俺は、彼らに、何も特別なものは与えていない。
ただ、彼らが元々持っていた才能を、一つに束ねるための、きっかけを与えただけだ。
この奇跡は、紛れもなく、彼ら自身が、その手で掴み取ったものだった。
やがて、機体は、着陸態勢に入る。
機体の底の魔法陣が、緑色の光を放ち、機体は、まるで羽毛のように、ゆっくりと、そして完璧に、中庭へと着陸した。
操縦席から降りてきたカイエンは、少しふらつきながらも、駆け寄ってきた仲間たちに、力強く支えられた。
彼らは、互いの顔を見合わせ、そして、誰からともなく、雄叫びを上げた。
それは、勝利の、そして、友情の、雄叫びだった。
その日の夕方。
俺は、グランフェル教授の部屋に、呼び出されていた。
「……見事だったよ、アルス君。君は、たった一週間で、あのバラバラだった天才たちを、一つのチームに変え、そして、歴史的な偉業を成し遂げさせた。……君は、一体何者なんだね?」
グランフェル教授の、その問いに、俺は笑顔で答えた。
「言ったでしょう、教授。俺は、ただの『商人』ですよ」
だが、俺は、もう一つ、新しい肩書きを手に入れていた。
アカデミーの学生たちは、尊敬と、親しみを込めて、俺のことを、こう呼ぶようになっていた。
―――『空飛ぶ教授』、と。
俺のアカデミーでの、波乱に満ちた講師生活は、最高の形で、その幕を開けた。
そして、この日、生まれたばかりの『魔導飛行機』が、やがて、この世界の物流、軍事、そして文化そのものを、根底から変えていくことになる。
その、壮大な物語の始まりに、俺が立ち会っていたことを、この時の俺は、まだ知る由もなかった。