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第45話:一枚のピザ

工房に広がる、焼きたてのチーズとトマトソースの、食欲をそそる香り。


つい先ほどまで険悪な空気に満ちていた空間が、その香ばしい匂いによって、少しだけ和らいだように感じられた。


学生たちは、まだ戸惑いの表情を浮かべたまま、テーブルの上のピザを遠巻きに見つめている。


無理もない。彼らのような、育ちの良い天才たちが、大皿の料理を皆で分け合って食べるなどという経験は、おそらく一度もないのだろう。


「……何なんだ、これは?」


カイエンが、訝しげに尋ねる。


「『ピザ』だ。俺の故郷では、仲間たちと集まって、わいわい言いながら食う、定番の料理でな」


俺は、ピザの一切れを手に取ると、豪快にかぶりついてみせた。


とろりとしたチーズが、糸を引く。


「うまい!」


俺のその屈託のない様子を見て、最初に動いたのは、意外にも、獣人のガルムだった。


彼は、ぐぅ、と腹の虫を鳴らすと、無言でピザの一切れを手に取り、大きな口で、がつがつと食べ始めた。


「……! うめえな、これ!」


その素直な反応が、突破口となった。


「ちょ、ちょっとガルム! あんた、遠慮ってものを知らないの!?」


リズが文句を言いながらも、自分も小さな手で、一切れつまんでいる。


「……もぐ……。まあ、味は、悪くないわね……」


天井から降りてきたファントムが、ひょいと一切れかすめ取っていく。


人見知りのシルフィも、おずおずと、しかし興味深そうに、ピザの匂いを嗅いでいた。


やがて、カイエンも、観念したように、最後の一切れを手に取った。


彼らは、生まれて初めて、同じテーブルで、同じものを、一緒に食べたのだ。


ほんの些細なこと。だが、それは、彼らの間にあった、見えない壁を、少しだけ溶かす、確かなきっかけだった。


俺は、彼らがピザを食べ終えるのを見計らって、静かに口を開いた。


「……さて、腹も膨れたところで、少し話をしようか」


俺は、黒板の前に立つと、一つの、簡単な図形を描いた。


それは、一本の『矢』の絵だった。


「一本の矢は、簡単に折れる。だが……」


俺は、その横に、矢を三本、束ねた絵を描いた。


「三本の矢が束になれば、それは、容易には折れない。……有名な、古い話だ」


「……何が言いたいんだ?」


カイエンが、ぶっきらぼうに尋ねる。


「お前たちは、一人一人が、強力な『矢』だ。それは間違いない。だが、今のままでは、それぞれがバラバラな方向を向いている、ただの一本の矢に過ぎない。だから、簡単に折れる。現に、この三日間、お前たちは、何も成し遂げられなかった」


俺の率直な指摘に、誰も反論できなかった。


「お前たちに足りないのは、才能じゃない。知識でも、魔力でもない。それは、『役割分担』と、『互いへの敬意』だ」


俺は、彼ら一人一人を見ながら、続けた。


「カイエン。お前は、確かに強力な動力理論を持っている。リーダーとしての素質もあるだろう。だが、お前は、人の上に立つには、あまりにも人の話を聞かなさすぎる」


「……っ!」


「リズ。君の錬金術の知識は、素晴らしい。だが、理想ばかりを追い求めて、現実的なコストや、実現可能性を無視する癖がある」


「う……」


「ガルム。君の腕力と、動物的な勘は、他の誰も持っていない武器だ。だが、君は、それをどう活かすかという『思考』を、放棄している」


「……」


「シルフィ。君の古代魔法の知識は、このプロジェクトの鍵になるかもしれない。だが、その知識を、他者に伝えようとしなければ、宝の持ち腐れだ」


「……」


「ファントム。お前は、全てを面白がって、高みの見物をしているだけだ。だが、その俯瞰的な視点は、時に、誰も気づかなかった問題点を見つけ出すことができる。お前は、批評家ではなく、当事者になれ」


「……へいへい」


俺は、彼らの長所と短所を、容赦なく、しかし的確に、指摘していった。


そして、最後に、こう締めくくった。


「俺が、お前たちに本当に教えたいのは、飛行理論なんかじゃない。それは、ただの題材だ。俺が教えたいのは、『チーム』で、何かを成し遂げるということの、本当の意味だ」


俺は、黒板に、大きく、一つの単語を書いた。


『ブレインストーミング』。


「これから、もう一度、設計会議を始める。ただし、ルールがある。一つ、他人の意見を、絶対に否定しないこと。どんな馬鹿げたアイデアでも、まずは『いいね、面白い!』と受け入れること。二つ、質より量を重視すること。三つ、それらのアイデアを、自由に結合させ、発展させること。……さあ、始めようか」


最初は、戸惑っていた彼らだった。


だが、俺がファシリテーターとなり、彼らのアイデアを一つ一つ引き出していくうちに、講義室の空気は、劇的に変わっていった。


「……えっと、じゃあ……ガルムさんの、その馬鹿力を使って、巨大なゴムパチンコみたいなので、機体を射出するのは、どうかな……?」


シルフィが、おずおずとアイデアを出す。


「いいね、面白い! それなら、初速は稼げるな!」


俺が相槌を打つと、リズが目を輝かせた。


「だったら、そのゴムは、私の錬金術で作った、超伸縮性のスライムゴムを使うといいわ! びよーんって、すごい伸びるのよ!」


「なるほど。じゃあ、射出された後は、カイエンの魔導エンジンで加速する、と。だが、それだと、着陸はどうするんだ?」


ファントムが、鋭い指摘を入れる。


「……それなら、私が研究していた、風の精霊の力を借りる、『減速の魔法陣』を、機体の底に刻み込むのは、どうだろう……。着陸時にだけ、発動させるの……」


シルフィが、再び小さな声で提案する。


「……!」


カイエンが、はっとしたように、シルフィの顔を見た。


「……風の精霊……? そうか、その手があったか……! 俺の炎魔法の推進力と、エルフの風魔法を組み合わせれば、出力と安定性を、両立できるかもしれない……!」

アイデアが、繋がった。


魔法と、錬金術と、古代知識と、腕力と、そして、俺がもたらした『科学』の基礎理論。


バラバラだった天才たちの知識が、互いを否定せず、尊重し合うことで、一つの、全く新しい形へと、融合し始めたのだ。


その日の会議は、深夜まで続いた。


工房には、かつての険悪な空気はなく、代わりに、創造の喜びに満ちた、熱気が渦巻いていた。


彼らの目には、もう、互いへの不信感はない。


あるのは、同じ目標に向かって走る、『仲間』としての、強い信頼の光だけだった。


俺は、そんな彼らの姿を、満足げに眺めていた。


俺の、二度目の授業。


それは、彼らに、空を飛ぶ方法ではなく、仲間と共に『夢を見る』方法を、教える授業となった。


飛行機械の完成は、もはや、時間の問題だろう。

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