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第43話:天才たちの鼻を明かせ

「―――世界の常識を、ひっくり返してみるか?」


俺のその挑発的な言葉に、講義室にいた5人の天才たちは、それぞれ異なる反応を見せた。


宮廷魔術師のカイエンは、侮蔑と好奇心が半々に混じったような顔で俺を睨みつけている。


錬金術師のリズは、目をキラキラさせ、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のようだ。


獣人のガルムは、面倒くさそうにしていた表情を消し、初めて身を乗り出してきている。


エルフのシルフィは、本から顔を上げ、その美しい瞳で、俺と俺が持つ設計図を、じっと見つめている。


天井のファントムは、寝転がったまま、面白そうに口笛を吹いた。


誰一人、この講義室から出ていこうとはしなかった。


俺の、最初の「掴み」は、成功したようだ。


「……面白い。そこまで言うのなら、見せてもらおうじゃないか。あんたの言う、その『科学』とやらが、一体どれほどのものなのかをな」


カイエンが、挑戦的に言い放つ。まるで、クラスの代表者のように。


「ああ、いいだろう。だが、その前に、一つだけ言っておく」


俺は、教壇にドン、と両手をつき、彼らを一人一人、見渡した。


「俺は、あんたたちのことを、まだ生徒だとは認めていない。あんたたちが、どれほどの天才だろうが、神童だろうが、俺にとっては、ただの『生意気なガキ』だ」


「……なっ!?」


カイエンの顔が、怒りに染まる。


「俺の講義は、実践主義だ。口先だけの議論や、教科書に書いてある知識の暗唱なんざ、クソの役にも立たん。これから俺が出す『課題』をクリアできた者だけを、俺は、俺の生徒として認めよう。クリアできなければ、落第だ。未来永劫、俺の講義を受ける資格はない。それで、いいな?」


俺の、あまりにも横暴な宣言。


だが、プライドの高い天才たちにとって、それは、最高の燃料だった。


「……望むところだ! やってやろうじゃないか!」


カイエンが叫ぶと、他の学生たちも、それぞれのやり方で、闘志を燃やしているのが分かった。


「よし。じゃあ、最初の課題だ」


俺は、オーニソプターの設計図を、黒板に大きく貼り付けた。


「この設計図を見て、どう思う? これが、本当に空を飛ぶと思うか?」


学生たちが、設計図の前に集まってくる。


最初に口を開いたのは、やはりカイエンだった。


「……馬鹿げている。こんな、コウモリの翼を模しただけの骨組みで、人が飛べるはずがない。必要なのは、飛ぶための、強力な風の魔法だ。こんなものは、ただのガラクタだ」


錬金術師のリズも、鼻を鳴らす。


「素材がダメね。木の骨組みに、布を張っただけ? こんなんじゃ、上空の気圧変化に耐えられないわ。最低でも、ミスリル銀を骨格に、風竜ウィンドドラゴンの革を使わないと」


彼らの意見は、全て、この世界の常識――『魔法』や『ファンタジー素材』を基準としたものだった。


それは、間違いではない。だが、正解でもない。


俺は、そんな彼らに向かって、問いかけた。


「―――なぜ、鳥は空を飛べる?」


「……は?」


あまりに基本的な質問に、学生たちは呆気にとられた。


「翼があるからだろ? そんなことも分からないのか、あんたは」


カイエンが、馬鹿にしたように言う。


「じゃあ、なぜ翼があれば飛べるんだ? そこには、どんな『法則』が働いている?」


「法則……?」


「そうだ。風の抵抗、揚力、推力、重力。俺たちの世界には、魔法とは別に、万物に作用する、絶対的な『物理法則』というものが存在する。君たちは、その基本すら、理解しようとしていない」


俺は、黒板に、翼の断面図を描き、そこに空気が流れることで、なぜ揚力が生まれるのかを、地球の『航空力学』の基礎理論を用いて、簡潔に説明した。


ベルヌーイの定理。流体力学。


学生たちは、初めて聞く概念の数々に、最初は半信半疑だったが、俺の説明が、極めて論理的で、体系的なものであることに気づくと、次第にその表情を真剣なものへと変えていった。


「……なるほど……。翼の上面と下面で、空気の流れの速さが違うから、そこに圧力の差が生まれる……。それが、物体を浮かび上がらせる力に……?」


エルフのシルフィが、小さな声で、しかし的確に、俺の理論の核心を呟いた。


「その通りだ。そして、この設計図は、その法則を、動力――つまり、人間が羽ばたかせる力――で、実現しようという試みだ。もちろん、このままでは、人間の筋力では推力が足りないだろう。素材の強度も、リズの言う通り、問題があるかもしれない」


俺は、そこで一度言葉を切ると、彼らに、最初の『課題』を告げた。


「―――この『オーニソプター』の設計図を、君たちの知識……魔法や、錬金術の力を使って、『改良』し、実際に飛行可能な、一人乗りの飛行機械を、一週間以内に完成させろ。チームで協力してもいい。材料は、アカデミーの倉庫にあるものを、自由に使って構わん。グランフェル教授には、許可を取ってある」


「……!」


学生たちの顔に、緊張と、そして何よりも強い、知的な興奮の色が浮かんだ。


机上の空論ではない。実際に、自分たちの手で、未知の機械を作り上げ、空を飛ぶ。


その挑戦は、彼らの眠っていた、本当の探究心を、激しく揺さぶっていた。


「どうだ? できるか、天才諸君?」


俺の問いに、最初に答えたのは、カイエンだった。


彼は、それまでの侮蔑の表情を消し去り、好敵手を見つけたかのような、獰猛な笑みを浮かべていた。


「……面白い。やってやろうじゃないか、アルス先生。あんたのその鼻っ柱を、俺たちの手でへし折ってやる。俺たちが作り上げた『魔導飛行機』で、あんたの頭上を飛び越えて、高笑いしてやるぜ」


「ああ、楽しみにしている」


俺もまた、不敵に笑い返した。


こうして、俺と、5人の問題児な天才たちとの、奇妙な授業が始まった。


それは、この世界の常識を、そして、彼ら自身の限界を、打ち破るための、壮大な実験の始まりだった。

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