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第42話:魔窟への赴任

王都魔法アカデミーの臨時講師に就任するという話は、あっという間に仲間たちの間に広まった。


当然ながら、ミリアとアリアたちは、猛反対だった。


「講師なんて、とんでもないです! 店長は、この店の店長なんですから!」


「そうですわ、アルス様! アカデミーなんていう堅苦しい場所より、私たちと一緒にお店にいた方が、ずっと楽しいですわ!」


彼女たちの可愛らしい抗議に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


だが、俺の決意が固いことを知ると、彼女たちはしぶしぶながらも納得してくれた。


その代わり、「必ず一週間に一度は手紙を書くこと」「危険なことには絶対に首を突っ込まないこと」という、山のような約束をさせられたが。


店の運営は、完全に軌道に乗っている。ミリアと、セイレーン三姉妹、そして護衛兼経理担当(いつの間にかそうなっていた)のルナに任せれば、何も心配はいらない。


俺は、後ろ髪を引かれる思いで、しかし新たな決意を胸に、再び王都へと旅立った。


王都魔法アカデミーは、王城に隣接する広大な敷地に、まるでそれ自体が一つの街のように存在していた。


歴史を感じさせる石造りの校舎、天を突くような巨大な図書館、錬金術の奇妙な匂いが漂う研究棟。その全てが、知の最高府としての威厳を放っている。


行き交う学生たちも、皆一様に、育ちの良さと、自らの才能に対する自信に満ち溢れているように見えた。


俺は、グランフェル教授の研究室へと案内された。


そこは、天井まで届く本棚と、床に散らばる難解な数式が書かれた羊皮紙、そして正体不明のガラクタで埋め尽くされた、典型的な「学者の巣」だった。


「よく来たな、アルス君。君を、心から歓迎するよ」


グランフェル教授は、白衣の袖をまくりながら、マッドサイエンティストのような笑みを浮かべた。


「君には、早速明日から、講義を行ってもらう。テーマは、君が最も得意とする分野で構わん。『異世界の技術と、それがもたらす経済効果について』……といったところかな?」


「はあ……。それで、俺が教える学生というのは……?」


「うむ。アカデミーの中でも、特に将来を嘱望されている、選りすぐりの天才たちだ。まあ、少しばかり、性格に難がある者も多いがね」


その言葉通り、俺がアカデミーで最初に受け持つことになったクラスは、とんでもない問題児たちの集まりだった。


講義の初日。


広い講義室には、わずか5人の学生しかいなかった。だが、その一人一人が、尋常ではないオーラを放っている。


最前列で、腕を組み、俺を値踏みするように見つめている、炎のような赤い髪の男。


彼は、現役の宮廷魔術師団の次期エースと目される、天才魔術師『カイエン・マグナ』。プライドが高く、平民である俺のことを見下しているのが、ひしひしと伝わってくる。


その隣で、クスクスと意地の悪い笑みを浮かべている、小柄な少女。彼女は、アカデミー史上最年少で入学した、錬金術の天才『リズ・アインハルト』。その可愛らしい見た目とは裏腹に、危険な実験を繰り返すトラブルメーカーとして有名らしい。


後方の席では、巨大な体躯を持つ、獣人の青年が、退屈そうに欠伸をしている。彼は、北方の獣人族の族長の息子で、生まれつき膨大な魔力をその身に宿す、『ガルム・ブラッドファング』。頭を使うことよりも、体を動かす方が好きで、座学の成績は常に最悪だという。


そして、窓際の席で、一人静かに本を読んでいる、エルフの少女。彼女は、森の奥深くから来たという留学生で、古代魔法の知識にかけては、教授陣すら舌を巻くほどの天才、『シルフィ・ルーンウィンド』。だが、極度の人見知りで、誰とも口を利こうとしないらしい。


……もう一人いるはずだが、姿が見えない。


俺がキョロキョロしていると、天井から、のんびりとした声が降ってきた。


「……やあ、先生。俺は、ここだぜ」


見上げると、なんと、天井の梁の上で、一人の青年が寝転がっていた。彼は、幽霊族の末裔で、実体と霊体を自在に行き来できるという、特異体質の持ち主、『ファントム』。神出鬼没で、授業をサボる常習犯だという。


(……なるほど。これは、骨が折れそうだ)


グランフェル教授が言っていた、「性格に難がある」という言葉の意味を、俺は嫌というほど理解した。


彼らは皆、間違いなく天才なのだろう。だが、その有り余る才能故に、他者を見下し、協調性というものを、どこかに置き忘れてきてしまった連中なのだ。


俺が教壇に立ち、自己紹介を始めようとした、その時だった。


最前列のカイエンが、立ち上がった。


「……待った。あんたが、俺たちの新しい講師か? 冗談だろう」


彼は、あからさまな侮蔑の視線を、俺に向ける。


「どこの馬の骨とも知れない、一介の商人に、俺たちが何を学ぶというんだ? 俺たちは、あんたが路傍の石ころを眺めている間に、古代魔法の真理を解き明かしてきたんだ。時間の無駄だ。俺は帰らせてもらう」


彼がそう言って、踵を返そうとする。他の学生たちも、面白そうにニヤニヤとその様子を見ているだけで、誰も止めようとはしない。


これが、アカデミーの洗礼か。


舐められたものだ。


だが、俺はもう、こんなことで動揺するほど、初心うぶではない。


俺は、静かに、しかし、講義室の全員に聞こえるように、言った。


「―――そうか。残念だな。俺は、今日、皆に『空を飛ぶ方法』を、教えてやろうと思っていたんだが」


「……は?」


カイエンの足が、ぴたりと止まる。


講義室にいた、全ての学生の視線が、一斉に俺に突き刺さった。


空を飛ぶ。それは、大魔導師クラスの風魔法の使い手か、あるいは伝説の竜のような、ごく一部の存在にしか許されない、究極の魔法の一つだった。


俺は、そんな彼らに向かって、不敵な笑みを浮かべた。


「魔法じゃない。俺が教えるのは、『科学』という力を使った、全く新しい飛行理論だ。まあ、興味がないなら、別に構わんが?」


俺は、おもむろに【収納】スキルから、一つの設計図を取り出した。


それは、地球の偉人、レオナルド・ダ・ヴィンチが考案したという、『オーニソプター(羽ばたき機)』の、簡易的な設計図だった。


「……なんだ、その図面は……?」


カイエンが、訝しげに呟く。


「これか? これは、ほんの入口だ。俺の講義を受ければ、いずれ君たちは、鉄の鳥に乗って、大陸を横断することすら、可能になるだろう」


俺の、あまりにも壮大で、荒唐無稽な言葉。


だが、その言葉には、不思議な説得力があった。


学生たちは、侮蔑の表情を消し、代わりに、未知への好奇心と、ほんの少しの疑念が混じった、複雑な眼差しを俺に向けていた。


「さあ、どうする? まだ、帰るか? それとも……俺と、世界の常識を、ひっくり返してみるか?」


俺の、アカデミーでの、最初の授業。


それは、この世界の天才たちに対する、異世界からの、壮大な『挑戦状』だった。

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