第40話:凱旋と、未来への種蒔き
グレンデル王国騎士団長ギルベルトとの交渉を終え、俺は英雄としてエルドラド王国に凱旋した。
嘆きの荒野が『恵みの大地』へと生まれ変わったというニュースと、俺がグレンデル王国との間に歴史的な和平協定の礎を築いたという功績は、瞬く間に王国全土を駆け巡った。
王城では、国王陛下直々の謁見が許され、俺はこれ以上ないほどの賛辞と、莫大な報奨金を賜った。
アリーシャ王女は、俺の報告を聞くと、子供のようにはしゃぎ回って喜んでいた。
「すごいわ、アルス! 本当にやってしまうなんて! あなたは、わたくしの、最高の自慢の商人よ!」
彼女は、今回の功績で、王位継承権を持つ兄たちからも、一目置かれる存在となったらしい。
俺は、彼女の『宿題』に、満点以上の回答を提出することができたのだ。
クリムゾン商会のセシリアも、俺の快挙に舌を巻いていた。
「……あなた、本当に恐ろしい男ね。一つの土地を再生させるだけでなく、隣国との外交問題まで解決してしまうなんて。あなたの商才は、もはや国を動かすレベルだわ」
彼女はそう言うと、俺に新たな契約書を提示した。
それは、『恵みの大地』における大規模農地開発プロジェクトを、クリムゾン商会と俺の『異世界商店』が、共同で主導するという内容だった。もちろん、俺に不利な点は一つもない、破格の条件だ。
俺は、一介の商人から、国家プロジェクトを動かすほどの、重要人物へと、否応なく押し上げられていた。
だが、そんな華々しい成功の裏で、俺の心は、むしろ穏やかだった。
王都での栄誉も、莫大な富も、もちろん嬉しい。
だが、俺が本当に帰りたかったのは、あの賑やかで、温かい、俺の店だった。
数日後、俺は全ての式典や会合を終え、ようやく自分の街へと戻ってきた。
店の扉を開けると、いつものように、ミリアが満面の笑みで出迎えてくれた。
「店長! お帰りなさい! 王都でのご活躍、瓦版で読みました! すごいです、店長!」
「ああ、ただいま。ミリア。留守の間、ありがとうな」
厨房では、アリアたちが、俺の帰還を祝うための、特別なケーキを焼いてくれていた。
店の隅では、ルナが、何食わぬ顔で本を読みながらも、その耳が、俺たちの会話に集中しているのが分かった。
変わらない、日常。
これこそが、俺が守りたかったものであり、俺の力の源泉なのだと、改めて実感した。
その夜、俺は店の屋根裏部屋で、一人、これからのことを考えていた。
恵みの大地プロジェクトは、これから本格的に始動する。俺は、その総責任者として、王都と街、そして大地を行き来する、忙しい日々を送ることになるだろう。
それは、大きなやりがいのある仕事だ。
だが、俺にはもう一つ、やらなければならないことがあった。
俺は【収納】スキルを開き、セイレーンの里から持ち帰ってきた、あるものを取り出した。
それは、病で命を落としたセイレーンたちの遺した、『歌石』と呼ばれる、魔力が込められた小さな石だった。
そして、もう一つ。
アレクサンダーたちが、セイレーンの若者から奪い、里に捨て置かれていた、一冊の古い手帳。そこには、薬草『月光花』を探す旅の、苦難の記録が記されていた。
俺は、この世界から、理不尽な死や、悲しみを、一つでもなくしたい。
追放され、全てを失った俺だからこそ、できることがあるはずだ。
俺は、新しい計画を立て始めた。
それは、『異世界商店』の、次なる事業展開。
一つは、セイレーンたちの歌声を、この『歌石』のような媒体に記録し、いつでもどこでも、誰もが聴けるようにする、『音楽産業』の創設。
そして、もう一つは、俺が持つ地球の医療知識と、この世界の薬草学を組み合わせ、あらゆる病に苦しむ人々を救うための、『製薬事業』の立ち上げだ。
それは、これまでのどんな商売よりも、困難で、壮大な挑戦になるだろう。
だが、俺には、最高の仲間たちがいる。
俺の無茶な計画を、信じて支えてくれる、ミリアとルナがいる。
その美しい歌声で、人々の心を癒す、アリアたちがいる。
そして、王都には、俺の力を信じ、後ろ盾となってくれる、アリーシャとセシリアがいる。
俺は、一人じゃない。
だから、きっと大丈夫だ。
俺は、窓の外に広がる、満点の星空を見上げた。
追放されたあの夜、同じ星空を、俺は絶望の中で見上げていた。
だが、今、俺の心を満たしているのは、未来への、無限の希望だった。
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