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第38話:創生の歌

アリアたちの歌声が、嘆きの荒野に響き渡る。


それは、もはや単なる音楽ではなかった。彼女たちの生命力そのもの、魔力の全てが、美しい旋律となって世界に解き放たれていく。


その歌声は、地面に置かれた賢者の石へと、まるで川の流れのように吸い込まれていった。


賢者の石は、歌声の魔力を受けて、その輝きを増していく。


最初は、心臓の鼓動のような、穏やかな明滅だった。だが、歌声が高まり、ハーモニーが複雑に絡み合うにつれて、その光は荒々しい奔流へと変わっていった。


ゴオオオオオッ、と、地鳴りのような音が、石を中心として鳴り響き始める。


「……すごい……!」


俺は、石に手を置いたまま、その圧倒的なエネルギーの奔流に耐えていた。石を通じて、アリアたちの魔力が、そして彼女たちの「大地を癒したい」という純粋な想いが、俺の身体を駆け巡っていく。


隣では、ミリアが固く手を組み、目を閉じて、必死に祈りを捧げてくれていた。その姿が、不思議と俺に力を与えてくれる。


周囲では、ルナが小太刀を抜き放ち、鋭い視線で警戒を続けていた。この尋常ならざる魔力の奔流が、何か予期せぬものを呼び寄せる可能性も、彼女は考慮しているのだ。


歌が、クライマックスに差し掛かる。


アリアたちの顔には、汗が浮かび、その表情には苦悶の色が滲んでいた。膨大な魔力を放出し続けることは、彼女たちの身体に、相当な負担を強いているのだろう。


「……アリア! もう少しだ、頑張れ!」


俺が叫ぶと、アリアはこくりと頷き、最後の力を振り絞るように、さらに声を張り上げた。


三人の歌声が、完全に一つになる。


その瞬間、賢者の石が、太陽が爆発したかのような、凄まじい閃光を放った。


「うわっ!?」


俺たちは、思わず腕で顔を覆う。


世界が、真っ白に染まった。


どれほどの時間が経ったのか。やがて、光が収まり、俺たちはおそるおそる目を開いた。


そして、目の前に広がる光景に、言葉を失った。


「……嘘……でしょ……?」


ミリアが、震える声で呟いた。


俺たちが立っていた、あの赤茶けた、ひび割れた不毛の大地は、そこにはなかった。

代わりに、どこまでも、どこまでも、柔らかな緑の若草が、地平線の彼方まで広がっていたのだ。


乾いていた大地は、生命力に満ちた黒土へと変わり、そよ風が、草の匂いを優しく運んでくる。


呪いは、解けた。


いや、それ以上の奇跡が、起きていた。


俺たちの足元で、小さな花の蕾が、ゆっくりと、しかし確実に、その花弁を開こうとしている。


「……やった……! やったんだ……!」


俺は、膝から崩れ落ちそうになるのを、必死にこらえた。


アリアたちは、魔力を使い果たし、その場にへたり込んでいたが、その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。


彼女たちは、自分たちの力で、奇跡を起こしたのだ。


俺は、ふらふらと立ち上がると、新しく生まれた黒土を、一掴み、手に取った。

土壌分析キットで、改めて調べてみる。


結果は、言うまでもない。


土壌は理想的な中性に保たれ、あらゆる栄養素が、完璧なバランスで含まれていた。未知の重金属も、完全に分解され、無害な物質へと変わっている。


賢者の石は、この荒野を、世界で最も肥沃な大地へと、『変換』させたのだ。


「……アルス様……! 見てください!」


シエラが、歓声を上げる。


彼女が指さす先を見ると、なんと、乾ききっていたはずの川床に、清らかな水が、こんこんと湧き出しているではないか。


大地が、生き返った。


その圧倒的な事実を前に、俺たちは、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


だが、その感動の瞬間に、水を差すように、ルナの鋭い声が響いた。


「……アルス! 何か来るわ!」


彼女が指さすのは、荒野の向こう側――隣国グレンデルとの国境線の方角だった。


地平線の彼方から、砂塵が巻き上がっている。


それは、明らかに、こちらに向かってくる、大規模な騎馬隊の影だった。


その数、およそ百騎。


先頭に翻っている旗印は、グレンデル王国の『黒鷲』の紋章。


「……まずいな。この奇跡を、奴らに見られたか」


俺は、舌打ちをした。


この肥沃な大地は、もはや不毛の緩衝地帯ではない。両国が、喉から手が出るほど欲しがる、黄金の土地へと変わってしまったのだ。


「アリアたちを連れて、先に退避するわ!」


ルナが、的確に判断を下す。


「アルスも、早く!」


「いや、俺はここに残る」


「……正気!?」


「ああ。ここで俺が逃げれば、この土地は、そのままグレンデルの連中に奪われるだろう。そうなれば、アリーシャ王女との約束も、果たせないことになる」


俺は、まっすぐに、迫り来る騎馬隊を見据えた。


彼らは、敵だ。だが、今はまだ、交渉の余地があるはずだ。


俺は、商人だ。


戦場であろうと、俺のやることは変わらない。


対話し、交渉し、そして、俺にとって、最も有利な『取引』を成立させる。


「ルナ、みんなを頼む。ここは、俺に任せろ」


俺の、その覚悟に満ちた眼差しを見て、ルナは一瞬ためらったが、やがて小さく頷いた。


「……無茶はしないで。必ず、帰ってきなさい」


彼女は、アリアたちを抱えると、風のような速さで、その場を離脱していった。


一人、緑の草原に残された俺は、ゆっくりと息を吐く。


そして、懐から、クリムゾン商会の紋章が入った、セシリアから貰った特別通行許可証と、もう一つ、王家の紋章が入った、アリーシャ王女からの手紙を取り出した。


これらが、俺の『武器』だ。


商人アルスの、次なる交渉相手は、隣国の騎士団。


奇跡の後の大地で、新たな戦いの火蓋が、今、切られようとしていた。

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